作家・佐藤愛子99歳 スーパーの新しいレジに驚き「断乎、行かない」

作家・佐藤愛子99歳 スーパーの新しいレジに驚き「断乎、行かない」

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  • 更新日:2021/02/22
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佐藤愛子(さとう・あいこ)/1923年、大阪府生まれ。甲南高等女学校卒業。69年、『戦いすんで日が暮れて』で直木賞、79年、『幸福の絵』で女流文学賞、2000年、『血脈』完結で菊池寛賞、15年、『晩鐘』で紫式部文学賞を受賞。著書に『九十歳。何がめでたい』『気がつけば、終着駅』など多数 (撮影/工藤隆太郎)

今年数えで99歳となるベストセラー作家・佐藤愛子さん。目が腫れ、耳は遠くなり、年を取るのはそういうことだと受け止める日々……。と思いきや「威張りながら頼る」新境地をつづったエッセー「片足は棺桶」を前後編で特別寄稿した。

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*  *  *

二〇二〇年の秋あたりから、私は居間の隅のテレビの前、もう何十年も使い古して芥子色が黄土色に焼けて来たソファに座ったまま、毎日を過ごしている。

ソファの前にはテレビがある。だからといって、テレビを見るためにそこにいるわけではない。身体に馴染んだ古いソファがそこにあるから座っているだけのことだ。テレビを見ないのは、つまらないからではない。ただ見ているだけでなぜか涙がにじみ出てくる。拭いても拭いても出てくる。そして赤く腫れる。左目がひどいが、時々、右目もなる。テレビだけでなく、本や新聞を読んでもそうなる。点眼薬と塗り薬も効かない。かと思うとケロリと治っていることがあるが、一日二日でまた始まるから、治ったからといって喜びも安心もしない。年を取るということはこういうことなのだ。これが人間の自然である。「治療」なんてことはもうない。そう心得た方がよいのである。

耳も聞えにくくなっている。その聞えにくさは相手によって違う。補聴器をつけても聞えるとは限らない。声の大小よりも滑舌が問題なのだが、「すみません、もう少し大きな声で」とはいえるが「すみません、滑舌をよくして下さい」とはいいにくい。いわれたほうも困るだろうし。一番厄介なのが総じて二十代と思しき女性の電話である。なぜかどの人も早口で声が腹(臍下丹田)から出ていないから、語尾がスーッと消える。仕方なく何度も聞き返すとやたらに細い声がかん高く大きくなって、さっきは遠くから聞えてくる小鳥の囀りのようであったのが、突然怒った怪鳥という趣になって、耳中にクワーックワーッと響き渡る。

ここに到って私は正確に聞きとることを諦める。そうすると当てずっぽうの返事をするしかなくなる。それによってどうにか会話はつづくのだが、時折ふと沈黙が落ちて、どうやらそれは私の応答がトンチンカンなためのように思われる。向こうは質問しているのに、「ハア……なるほどね」といって澄ましているのかもしれない。

この数か月、私が人と会わず、家から一歩も出ないのは柄にもなくコロナウイルス三密を避けているからだと人は思っているらしいが、コロナとは関係なく、こうしているのがらくであるからしているだけのことなのである。気力体力とみに衰え脳ミソはすり減って、思考力想像力持久力記憶力、その上、物欲さえもすべて薄らいでしまった。退屈を感じることさえなくなっている。それゆえそれに合せた暮し方になっているだけのことである。

私の家から十分もかからないという所にサミットというスーパーマーケットがある。ある日、私は娘に誘われて久しぶりにサミットへ行った。サミットは私の孫が小学校へ上がった頃、およそ二十年ほど前はよく行っていたスーパーである。忙しい仕事の合間を縫って走って行ったものだ。大急ぎでした買物の篭をカウンターの台の上に置くと、待ち構えていたおばさんがさっと篭を引き寄せて、手早く中身を点検して支払い金額を算出してくれる。お互いのリズムはなかなかのものだった。ある時、篭の中に私が入れた胡瓜をとり出したおばさんが、いきなり、

「これはダメ」

といって胡瓜を手にどこかへ走っていった。走りながら「曲ってる、この胡瓜」と叫んでいる。

間もなく彼女は取り替えた真直な胡瓜を持って息せき切って戻って来たのだったが、胡瓜が曲っていようといささかも気にかけない私に比べて、少しの曲りも見逃さないおばさんのこれこそ「主婦魂」というものか、職業意識かと私はひどく感心したのであった。

そんなことを思い出しながらサミットへ何年ぶりかで私は行った。勿論、おばさんの姿はない。カウンターの台の前に立っているのはきれいに化粧した「おねえさん」である。買物を入れた篭を台に乗せるとおねえさんはかつての型通りに篭の中身を点検し会計額を出し、そうして、その篭を受け取ろうとした私の手を無視して、横にある為体の知れないキカイの上に乗せた。

私はじっと立っていた。立っていたのはどうすればよいのかわからないからで、その説明を「おねえさん」がしてくれるのを待っていたのだ。だがおねえさんは私のことなど忘れたように次のお客の篭の中を点検している。してみるとこの頃は何でもキカイ化しているらしいから、今にキカイが勝手に動いて、何をどうしてくれるのかわからないけれど、とにかく私はそれを待つことにしたのである。

そこへ手洗いに行っていた娘の声が聞えた。

「何をボーッとしてるのよ。さっさとお金、入れなさいよ!」

「お金? どこへ入れる……」

というのも口の中。娘は私を押し退けて、目にも止まらぬ早わざ。ハイ、ここを押して、そしてこうして、お金出して下さい。三千四百二十六円ね、小銭はこっち、お札はここ。ハイ、レシート……。あっという間に支払いは完了したのであった。

以後、私はサミットへ行かなくなった。断乎、行かない。何があっても行かぬと決心した。わけのわからぬキカイの前であの早わざで見せられた支払い方法は、一度や二度では覚えられないからである。

かつて私はこの家の大黒柱だった。娘に孫、それに婿どのを加えた家族三人はそれを認め、私に敬意を払ってくれていた。だが年を追ってその雲ゆきは怪しくなって来た。そしてこの頃は「威張りながら頼る」という何とも厄介な事態に立ち到ったのである。

──以下次号

※週刊朝日  2021年2月26日号

佐藤愛子

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