「“罪”を暴くのが犯人当てだとしたら、“罰”まで描けるのがリーガルミステリー」──「メフィストリーダーズクラブ」薬丸岳×五十嵐律人トークイベント

「“罪”を暴くのが犯人当てだとしたら、“罰”まで描けるのがリーガルミステリー」──「メフィストリーダーズクラブ」薬丸岳×五十嵐律人トークイベント

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  • 更新日:2022/09/23
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五十嵐律人さん(左)と薬丸岳さん

2020年に『法廷遊戯』でメフィスト賞を受賞し、デビューを飾った五十嵐律人さん。現役弁護士でもある五十嵐さんの持ち味と言えば、法律知識を駆使した青春リーガルミステリーだ。5作目にあたる『幻告』(講談社)では、得意のリーガルミステリーに「タイムスリップ」を掛け合わせ、新たな境地を切り開いている。

そんな五十嵐さんと、社会派ミステリーの旗手であり、今年リーガルミステリー『刑事弁護人』(講談社)を上梓した薬丸岳さんの対談が実現。書評家・大矢博子さんを司会に迎え、会員制読書クラブ「メフィストリーダーズクラブ」の会員限定で配信されたトークライブの模様をレポートする。

(文=野本由起)

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「タイムスリップによる事態の変化を、裁判に集約させているのが面白い」(薬丸)

法学部生のころから、『Aではない君と』など薬丸さんの著作を愛読していたという五十嵐さん。今回の対談も、五十嵐さんのリクエストによって実現したという。

最初の話題は、五十嵐さんの新刊『幻告』について。この小説は、裁判所書記官の主人公が、過去にタイムスリップして父親の冤罪を晴らすという異色のリーガルミステリー。まず、五十嵐さんは本書について次のように紹介した。

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『幻告』(五十嵐律人/講談社)

五十嵐律人さん(以下、五十嵐)「デビュー作から一貫して“リーガル×◯◯”という形で、リーガルと別のテーマを組み合わせた小説を書いてきました。5作目の『幻告』では、特殊設定、中でもタイムスリップという飛び道具と組み合わせています。

僕は弁護士になる前、裁判所で働いていた時期があります。自分が見てきたもの、裁判官の働き方、裁判官が抱える苦悩を組み合わせれば、今の自分にしか書けない新しいリーガルミステリーを書けるはず。そこで、タイムスリップによって過去に下した裁判の判決を書き換えていき、現在を変え、最善の未来をたどっていく小説を考えていきました」

弁護士や検察官、裁判官ではなく、裁判所書記官を主人公にした理由についてはこう語る。

五十嵐「最初は裁判官を主人公にしようかと思いましたが、裁判官は公平中立でなければなりません。弁護人にも検察官にも肩入れすることができないため、探偵として事件に介入するのが難しい職業なんです。そこで、思い浮かんだのが裁判所書記官でした。

裁判所書記官は、プレーヤーである弁護人と検察官、判決を下す裁判官の間をつなぐ存在です。事件の真相を探る視点人物として、非常に適していると思いました。しかも僕は、刑事部の裁判所書記官として1年間働いた経験があります。50~60件の刑事裁判に立ち会い、いろいろな被告人、弁護人、検察官を見てきたので、その経験も生かせると考えました」

本書を読んだ薬丸さんに感想を聞くと、「とにかくむちゃくちゃ面白かった」と弾んだ声で返答。

薬丸岳さん(以下、薬丸)「リーガルミステリー×タイムスリップって、一体どんな話になるだろうと想像がつかないまま読み進めたところ、予想外の展開がどんどんつながっていきました。過去に戻った時の行動によって未来が書き変わるというタイムスリップものはよくありますが、『幻告』ではその変化を裁判に集約させているのが面白い。着眼点が秀逸ですし、今までの小説、映画、ドラマでは見たことのない物語でした。最初の5、60ページは情報量が多くて難解に感じるかもしれませんが、そこを突破すると格段に面白くなっていきます」

ただ、構成が凝っている分、五十嵐さんの苦労も大きかったそう。これまで発表した作品の中で、もっとも執筆に時間がかかったという。

五十嵐「リーガルミステリーは、ただでさえとっつきにくいところがあります。そこにタイムスリップの入り乱れた時系列が絡んでくるので、読者の混乱は避けられません。ある程度難しくなるのは仕方ないとしても、できるだけ読者にストレスがないように組み立てていきました。それもあって、今回は初めてプロットをしっかり作り、限られたタイムスリップの回数を1回も無駄にせず、最善の未来にたどりつく道筋を考えていったんです。今振り返ると、新しい挑戦の積み重ねでした」

「法律に関することで嘘をつきたくない」(五十嵐)

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五十嵐さんも薬丸さんも作中で法律や刑事裁判を扱うことが多いが、それぞれアプローチが異なる。五十嵐さんは、エンタメとして楽しめるようタイムスリップなどの要素を取り入れているが、薬丸さんはゲーム性一切なしで真正面から描き切るタイプ。リーガルとエンタメとの兼ね合いについて、五十嵐さんはこう語る。

五十嵐「リーガルミステリーでは、刑事裁判を扱います。人が罪を犯してそれを罰する過程、加害者側の背景を描くのですから、本来的にはリアリズムを追求すべきでしょう。エンタメに振りすぎるとどうしても嘘が強くなりますし、読者にもエンタメのために刑事事件を扱っているように映ってしまう。その点は危惧しています。

その一方で、僕は弁護士として働いているため、ただナマの事実を伝えるだけでは物足りなく感じます。法律に関することで嘘を言いたくないという気持ちは強いのですが、法律と“IF”を組み合わせた“もしも”の世界であれば、法律に嘘をつかなくても自分が書きたいメッセージをエンタメとして届けられるはず。そこで、顔面偏差値を測れるアプリを作中に登場させたり、神経犯罪学という新しい学問を少年法と組み合わせたり、エンタメ性を加えています。法律に興味がない人にも法律の面白さを感じてもらうためには、何を組み合わせるかが大事。できる限り、なかなか思いつかないような新しい飛び道具を取り入れたいと思っています」

タイムスリップのような大掛かりな飛び道具を用いつつも、「法律に関することで嘘を言いたくない」という五十嵐さん。だが、公判の模様をリアルに描くだけではドラマが生まれにくいという問題もある。例えば、ひと昔前のリーガルドラマでは、裁判のさなかに意外な証人や証拠が出てきて、判決が覆されるという展開も見られた。だが、裁判員裁判制度の導入により、こうしたどんでん返しは起こりえなくなってしまった。

五十嵐「裁判員裁判は、法律の専門家ではない一般の方が裁判に関わる制度です。そのため、裁判をできるだけ短期間で集中的に終わらせる必要があります。そこで、裁判に入る前に検察官や弁護人の主張、それを裏付ける証拠を整理し、争点を明確にする公判前整理手続を行うんです。こうなると、意外な証拠が出てくる余地は基本的にありません」

そのため、オーソドックスなリーガルミステリーを作りづらくなってしまったと薬丸さんも嘆じる。

薬丸「僕は17年前にデビューしたころから、弁護士を主人公にした作品を書きたいと思っていました。でも、裁判員裁判制度が導入され、これまで考えていたようなリーガルミステリーを作るのが難しくなって。今回の『刑事弁護人』まで、相当な時間がかかってしまいました」

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『刑事弁護人』(薬丸岳/講談社)

法律知識に詳しいからこそ書けることもあるが、その一方で知りすぎているからこその難しさもあるはず。五十嵐さんに、そんな質問をぶつけると……?

五十嵐「例えば、自分が一読者として医療ミステリーを読む場合、そこに描かれていることが医療的に正しいかどうかはあまり重視しません。エンターテインメントとしての面白さを優先して、あえて嘘を入れるのもアリだと思っています。

とはいえ、僕がリーガルミステリーを書く場合、実務家という立場を無視することはできません。『五十嵐律人は弁護士作家だから、書いてあることは本当なんだろう』と考える読者もいるかもしれないし、僕自身、できる限り不必要な嘘はつきたくありません。それでも、『ここは本当ならこういう手続きじゃないけれど、こうしたほうが面白くなる』という嘘は許容してもいいように感じます。そういった“許される嘘”と“許されない嘘”の峻別ができるのは、ある程度知識のある法律家の利点だなと思います」

「犯人を特定したあとも、加害者の人生は続くし、被害者も存在する」(五十嵐)

続いて、話題を広げてリーガルミステリーの魅力についてトークを展開。犯人あてのミステリーとは違う、リーガルミステリーならではの面白さについて聞くと、五十嵐さんから興味深い答えが飛び出した。

五十嵐「犯人当てが“罪”を暴く段階だとしたら、その後の“罰”まで描けるのがリーガルミステリーだと思います。犯人を特定したあとも、当然加害者の人生は続いていくし、被害者も存在する。その落としどころを探っていけるのが、リーガルミステリーの特徴ではないでしょうか」

そのうえで“裁く”という行為を描くことについて、こんな持論も述べた。

五十嵐「刑事裁判は、人に刑罰を与えるという根源的な問いがたくさんある手続きです。裁判官の視点で言うと、人が人を裁いていいのかという問いもあります。人を殺したとはいえ、加害者の命を奪う死刑判決を下していいのか。そこに対する形式的な答えはたくさんありますが、それでも裁判官が人として向き合わなければならない問題は多いと感じます。

また、弁護士をしていると、『なぜ悪いことをした人の味方をするんですか?』とよく聞かれます。その問いに対しても、『被告人が本当に罪を犯したかわからないから弁護するんだ』『弁護人がいなかったら検察官だけで一方的に罪を立証してしまう。弁護人が反対側からスポットライトを当てるからこそ、裁判官は両面から判決を下せるんだ』という答えは確かにあります。でも、その答えでは補えない部分もたくさんあります。

そんな中、薬丸さんの『刑事弁護人』では、刑事弁護に携わっていてもなかなかたどりつけないような答えを提示しています。しかも、そこに説得力があるんですよね。事件の犯人を突き止めるだけでなく、なぜ罪を犯したのか、ただ厳罰に処すればいいのか、“裁く”とは何かを考えさせてくれる。こうしたテーマは、小説という媒体だからこそ伝えられるものだと思います」

「今後もずっとリーガルミステリーを書いていきたい」(五十嵐)

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薬丸さんの新刊『刑事弁護人』について、「法律的な手続きにここまで深く踏み込んだ小説はない」と熱く語る五十嵐さん。弁護士などの実務家が読んでも、感動するほどのリアリティだと絶賛した。

対談の終盤には、そんな薬丸さんに向けて五十嵐さんがインタビューを行うひと幕も。圧倒的な取材量で小説にリアリティを与える薬丸さんに対し、取材の秘訣、準備しておくべきことなどを聞き取っていた。五十嵐さんも、現在取材をしながら新作の準備を進めているようで、薬丸さんの回答に興味津々の様子だった。

最後に読者から、今後挑戦したいジャンルについて聞かれると、五十嵐さんは「今後もずっとリーガルミステリーを書いていきたい」と即答。その真意について「書きたいものはたくさんありますが、基本的にそれらはリーガルミステリーと組み合わせることで新しくなりそうなテーマです。逆に、『これはリーガルと組み合わせると鮮度が下がってしまうな』というテーマが思い浮かんだら、その時は新たなジャンルにも挑戦したいです」と語った。こうして約1時間の対談は、幕を閉じた。

「メフィストリーダーズクラブ」では、会員限定小説誌『メフィスト』を年4回郵送するほか、今回のような作家トークライブを月1回ペースで開催。ほかにも、オリジナルグッズの販売、AI選書サービスをはじめ、さまざまなお楽しみが待っている。ぜひこの機会に入会を検討してはいかがだろうか。

ダ・ヴィンチWeb

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