東大の成績上位層が「自分は頭が悪い」と公言する合理的な理由

東大の成績上位層が「自分は頭が悪い」と公言する合理的な理由

  • 日刊SPA!
  • 更新日:2020/10/18

―[貧困東大生・布施川天馬]―

現役東大生の布施川天馬と申します。学生生活の傍ら、ライターとして受験に関する情報発信などをしています。

◆「自分は頭が悪い」と自信を持って言える人こそ…

突然ですが、みなさんは「頭がいい人」って、どんな人だと思いますか? どんな計算でも瞬時にやってしまう人でしょうか? それとも、どんなことでも知っている人でしょうか?

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僕が考える「頭がいい人」は、「自分は頭が悪いよ」と胸を張って言える人です。元々の知識量などはまったく関係ありません。「頭が悪い」ということを公言して、何事も聞いてくる人ほど、「あぁ、彼/彼女は頭がいいのだな」と感じさせられます。

むしろ「自分は頭がいいです」という顔をして歩いている人ほど愚かな人はいないと考えています。

今回は「頭が悪い人」ほど頭がよくなるチャンスに恵まれているかもしれない理由を解説していきたいと思います。

◆「頭が悪い」というのはどういう状態なのか?

そもそも「頭が悪い」というのはどういう人を指すでしょうか? これはわりと多くの人で共通した答えが出ると思います。たとえば、「何も知らない人、知識がない人」などは「頭が悪い」と感じられがちなのではないでしょうか?

しかし、この「頭が悪い」という経験は別に誰かに限った話ではありません。むしろ、全人類等しく共通して体験しているでしょう。なぜなら生まれたときから何事かを知っている人などいるはずもないからです。

極端な話をすれば、生まれたときはみな同じく「頭が悪い」のです。

◆思考は「ジグソーパズル」と似ている

「いやいや、そんなこと言っても、頭の良し悪しというものは知識の量なんかでは決まらないよ!」と考えられる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、そんなことはありません。本当は知識量だけでも頭の良し悪しがほぼ決まります。

それは何かを考えるためにはベースとなる「知識」が必要になるからです。

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「考える」という作業はジグソーパズルの組み立て作業に似ていると僕は考えています。

すでに手元にあるピースをああでもないこうでもないと組み合わせていって、最終的にきれいな絵を完成させるという作業は「あらかじめ持っている知識を活用して、知らないことや、今までになかったような発想ができるようにする」という作業とそっくりではありませんか?

◆「知識の詰め込み」も実は大切な理由

逆にいえば、「ピースがなければパズルは作れない」ということでもあります。

知識の詰め込みよりも「本当に大事なのは考えることだ!」という意識が濃くなっている現代、「考える」という行為が万能に捉えられがちであるように思いますが、実は「考える時こそ、知識が必要」なのです。

「知識がない状態での考える行為」は悲惨です。何も知らないからこそ、何かを考えるための手掛かりがなく、「考えること」すらもできない。さらに何を質問していいのかさえわからないから聞くこともできない。このような「負のスパイラル」に陥ってしまうからです。

◆「今、知らないこと」は大した問題ではないが…

それではなぜ「頭が悪い」と公言できる人は頭がよくなるのでしょうか? それは自分に何が必要か、何が足りないかを常に考えているからです。

仮に「自分は無敵である。自分の知らないことは何もない」なんて思っている人がいたとしたら、その人は絶対に「自分は頭が悪い」とは言わないですよね。

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むしろ「自分は頭が悪い」と言える人は、自分に足りないものがあるとしっかりと認識できている人です。「自分はものを知らない」と公言するには大変な覚悟がいりますが、そうすることによって、知っている人に質問がしやすくなりますし、調べやすくもなります。

また、ものを知らないことを公言することで、恥をかかないためにも常に何かを知ろうとする姿勢が身につくこともあるでしょう。彼らは「今、知らないこと」自体は対して問題ではなく、「今、自分が知らないことに気づかないこと」こそが一番危険であると知っているのです。

◆なぜ東大生が「頭が悪い」と公言するのか?

たとえば、僕の周りの東大生は、ほとんどの人が「自分はそこまで頭がよくない」もしくは「自分はそこまで物事に詳しくない」といいます。

これはもちろん自分の上位互換が溢れる知の殿堂で学びを深めているからこそ出る謙遜でもあるのですが、それ以前に「彼らは本当に自分がそこまで頭がいい」と思っていないのです。

なぜならば、彼らは必ず何かに対して「これってどういうことなのだろう?」という質問ポイントを見つけだしてしまうからです。現時点では自分にまだ欠けている点に気づき、自らの知識を深める機会を見出しているのにもかかわらず、「自分は頭がいい」などと公言する人はいません。

だからこそ、彼らは絶対に知ったかぶりをしません。むしろ、会話の最中に知らないことが出てきたら、必ず質問をして、それが何なのかを確かめようとします。

◆東大の成績上位層に共通する行動パターン

僕が東大に通って驚いたのは、ほとんどの学生が授業後に先生に質問をしにいくということでした。

さらにいえば、そのようにして質問をしにいく学生の多くが東大の中でもトップクラスに成績がよく、優秀だとして尊敬を集める学生なのです。これまで「質問=自分の無知をさらけだす行為」として若干の後ろめたさを感じていた僕としては大変ショックを受け、まさに目からうろこの光景でした。

しかし、よくよく考えれば、質問をして自分の見識が深められれば、それは自分にとっても、教える側にとってもプラスなのですから、質問を恥ずかしがる必要などなかったのです。

◆年を重ねて「頭が悪い人」にならないためには…

「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」といいますが、彼らはこれを地で実践していたのでした。

考えるためにも知識が必要であるからこそ、「自分は何も知らない、詳しくない」という態度を崩さずに、常に新しい情報を仕入れる態度を持つことができる人は、とても頭がよい人なのであるということでした。

これは年を経ていくにつれ、段々と質問などしにくくなってくるものと思いますが、願わくば、年老いても知らないことを知らないと言い切れるような姿勢を持ち続けたいものですね。

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布施川天馬

―[貧困東大生・布施川天馬]―

【布施川天馬】

1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。最小限のコストで最大の成果を出すためのノウハウを体系化した著書『東大式節約勉強法』が発売中

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