「尖閣は日米安保の適用範囲」に胸をなでおろす“誇りなき日本”

「尖閣は日米安保の適用範囲」に胸をなでおろす“誇りなき日本”

  • JBpress
  • 更新日:2021/10/15
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第205臨時国会で所信表明演説する岸田首相(資料写真、2021年10月8日、写真:Motoo Naka/アフロ)

(北村 淳:軍事社会学者)

岸田文雄首相が就任早々実施したアメリカのバイデン大統領との電話会談で「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象である」との明言を得たことを日本政府は公表した。

日本で新政権が発足した際に、ならびにアメリカにおいて政権が交代した際に、日本の首相をはじめとする政府首脳がアメリカ大統領や高官たちに口にしてもらう“儀式”がまたもや繰り返されたのである。

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外交儀礼としての対日防衛コミットメント

これまで、オバマ政権もトランプ政権も、上記のような尖閣諸島と日米安保第5条に関するアメリカ政府の立場を公言してきた。オバマ政権下ではクリントン国務長官、パネッタ国防長官、ヘーゲル国防長官、ケリー国務長官、そしてオバマ大統領自身が安倍首相に対して、トランプ政権下ではティラーソン国務長官、マティス国防長官、そしてトランプ大統領自身が安倍首相に対して言明した。バイデン氏は大統領就任前に菅首相に対して、さらに大統領として菅首相に、ならびに岸田首相に対して同様に言明した。

日本政府そして日本の主要メディアは、「アメリカによる日本の“防衛義務”を定めた日米安保条約第5条が尖閣諸島に適用されることを、アメリカ政府が日本政府に対して確認した」といった趣旨の報道をすることによって、「尖閣諸島において中国が何らかの形で武力を行使した場合には、アメリカ軍が出動して中国軍を撃退し日本を救援してくれる」といった認識を国民に流布させようとしている。

中国海洋戦力が自衛隊はもとより米軍(厳密には、東アジア戦域に出動可能な米海洋戦力)を圧倒しつつある状況となりつつあるのに比例して、安倍政権は日本の防衛を日米同盟に頼り切る姿勢を露骨に強化した。安倍政権以降、新政権が上記のように米国の対日防衛コミットメントを引き出す流れは、まさに外交儀礼のようなものとして日米間に定着してしまったと言えよう。

怠慢を覆い隠そうとしている日本政府

しかしながら、本コラムでも度々指摘しているように、アメリカ側の「コミットメント」なる表現を“防衛義務”と手前勝手に解釈して、あたかも尖閣有事に際してアメリカの援軍が姿を見せることが保証されているかのごとき表現を日本国内に向かって発信し続けるのは、日本政府の姑息な手段とみなさざるを得ない。つまり日本政府は、尖閣諸島を自らの手で守るための戦略立案、予算投入、そして人員展開などの責任を放棄している怠慢を覆い隠そうとしているのである。

そして、批判精神を失い軍事的素養も欠落している日本のメディアの多くは、「尖閣に対するアメリカの防衛義務」なる“プロパガンダ”を、政府発表のとおりにお題目のように繰り返すのみである。

日本政府そして日本の主要メディアと違って日米同盟の本質を熟知している米軍関係者たちは、大統領をはじめとするアメリカ政府高官が「尖閣有事の際には“防衛義務”を果たす」といったリップサービスを繰り出すと、「また(米政府高官が)大ぼらを吹いている、困ったものだ」と危惧の念をあらわにしている(リップサービスといっても実際には「尖閣周辺に軍隊を派遣して侵略軍を追い払う」などという空手形を振りだすことは絶対に避けて、「条約上のコミットメントを果たす」という表現を用いるのが常であるが)。

それだけではない。安倍政権以降、日本側が自国の防衛を日米同盟(というよりはアメリカの軍事的庇護)に頼る姿勢が病理的に激しくなっている状況そのものも危惧されている。

日本政府は口先では「日米同盟の強化」というスローガンを繰り返しているものの、国防予算を飛躍的に増額させようとせず、日本周辺の軍事環境に対応して自衛隊組織の抜本的変革を試みようともしない。それでいながら「尖閣は安保条約の適用範囲内」などという戯言をアメリカ高官に言わせて胸をなでおろしている。それはまさに自国の国防を同盟国とはいえ他国に任せようとしている姿勢そのものであり、「国の誇り」というものを忘れてしまっているとしか思えない、という苦言すら耳にするようになっている。

最近、皮肉なことに中国は、西洋の覇王であるアメリカとの対決を「東洋対西洋」というかつての大日本帝国の大東亜共栄圏的構図に当てはめることにより、東洋の盟主として自らの対外政策に大義を与えようとしている。その中国において、アメリカに自国の国防を頼り切っている日本の惨状に対して、「日本は自らの尊厳をアメリカに売り渡して平気なのか」という論調さえ目にするようになってしまった。

残念ながら日本の主要メディアからは、自主防衛の気概を失いアメリカに縋(すが)り付こうとしている情けない日本政府に対して、「それでも独立国家の政府と言えるのか」といった批判は聞こえてこない。

日本政府や日本の主要メディアには「国家としての誇り」といった意識が残存しているのであろうか?

北村 淳

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