中日・丸山、アンダースロー転向の裏側 同い年の盟友のように そして下から上へ這い上がる日を

中日・丸山、アンダースロー転向の裏側 同い年の盟友のように そして下から上へ這い上がる日を

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  • 更新日:2020/10/18

ナゴヤ球場で見慣れない投げ方でキャッチボールをする選手がいた。丸山泰資投手(25)だ。大きく振りかぶってから体を折り曲げ、地面と平行するように腕を振る。サイドスローに近いアンダースローに転向した。

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アンダースローに転向した丸山

丸山は東邦、東海大を経て16年ドラフト6位で中日に入団。柳や京田と同期のプロ4年目右腕である。元々はオーバースローから最速150キロ超の速球を繰り出し、1年目の17年は1軍で8試合に登板。だが、翌18年に肘を痛め、オフにトミー・ジョン手術を受け、今季は育成選手となった。

アンダースローに転向したのは9月頃。元来のオーバースローでは右肘に痛みが出たため、門倉2軍投手コーチから薦められた。キャッチボールを見守った門倉コーチは「予想以上に良い。球が速い」とハマり具合に目を細める。

それもそのはずだ。実は丸山は東邦入学時点ではサイドスローだった。先を見据え、在学中にオーバースローにした。

オーバースローの投手がサイドやアンダーに投げ方を変えると、慣れない動きから脇腹などを痛めるケースがあるという。ただ、門倉コーチは「サイドの下地があるから、体の使い方を分かっている」と丸山のスムーズな投球フォームを分析する。16日の練習ではナゴヤ球場のマウンドから打者に立ってもらい投球練習を行うほど、フォームは染みついてきた。

丸山が元々、背負っていた「69」は数々の故障を乗り越え、今季から支配下に復帰した浜田達が付けている。同学年の2人は東邦のエース・丸山、愛工大名電のエース・浜田達として3年夏の愛知大会決勝で戦った過去を持つ。

けがからの復活を果たした盟友のように、そしてアンダースローのごとく下から上へ這い上がる日を心待ちにしている。(記者コラム・徳原 麗奈)

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