病を抱えた「おひとりさま」、その深い孤独を誰が和らげてくれる

病を抱えた「おひとりさま」、その深い孤独を誰が和らげてくれる

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  • 更新日:2021/06/11
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「咳をしても一人」。俳人・尾崎放哉は病を抱えた孤独な晩年に、この句を残した。なぜ、おひとりさまで病気を抱えた時、この句にあるような寂寥を感じてしまうのだろうか。不自由なことを助けてくれる人がいないからだろうか。病院から家に帰っても、誰も待っていないからだろうか。

がんに罹患したことを終末期まで誰にも言わなかった54歳のミエコさんは独身で、同居する母は要介護の状態であり、頼る人が身近にいなかった。さらに彼女は最初にがんがわかった頃から友人との交流を断ち、どんどん「おひとりさま」を深めた患者になっていった。つらく寂しい状況だったろうと想像するが、他人事ではないと筆者は思う。

大阪大学人間科学研究科博士課程に社会人学生として在籍する浅井美穂氏は、看護師であり慢性疾患の当事者でもある。「おひとりさま患者」として大病の経験をしたことから、壮年期に“ひとり”(単身、独身、ひとり暮らし、シングルマザー、シングルファザーなど)で闘病する人にインタビューを行い、その語りを「現象学」を用いて明らかにすることを目的とした調査を行っている。浅井氏と共に「おひとりさま患者」の孤独を考えてみた。(聞き手・構成:坂元希美)

参考【第1回】:母親を介護中の50代独身女性が末期がんに、頼られた親戚の苦悩https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/65360

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「ひとりでやらなきゃ・できなきゃ」と思う患者

――日本では単独世帯が2015年の段階で34.5%、2040年には40%に迫ると言われ、「おひとりさま」は増加していきます*。私も浅井さんも「おひとりさま」ですが、病気を抱えながら、ある程度は問題なく生きていける状況ですよね。

浅井美穂(以下、浅井) 地域によっては難しいところもあるでしょうが、便利な都会に暮らしていれば、独身でも衣食住はだいたい何とかなりますね。職場や趣味などで人との繋がりも作れます。「孤独」であっても「孤立」しないでおこうとすることは可能ですね。

――でも、誰かと話したいなあ、会いたいなと思ったときに連絡を取れる相手というのは、だんだん少なくなっていきます。相手に家庭があればその都合はどうか、仕事や育児が忙しいと言っていた、介護が始まって大変なんだという話などを聞いていると、「おひとりさま」の自分はすごく贅沢な身分であるように感じます。

浅井 それに加えて、なにか社会の中で「自分で選んだ人生なのだから、その引き換えとして自分のことは自分でしないといけない」というコンプレックスのようなものもありますね。そのコンプレックスを跳ね返すために、なんでも「ひとりでやらなきゃ・できなきゃ」という張り詰めた気持ちがあります。

*2015年まで総務省統計局「国勢調査」2020年以降は国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(全国推計)2018(平成30)年推計」(2018)http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2018/hprj2018_gaiyo_20180117.pdf

――片木美穂さんのインタビューでも出てきましたが、「おひとりさま」は「自己責任」を余計に意識して生きているような部分がありますよね。その状態で病気を抱えると、SOSを出すやり方も相手も思いつかなくなっていきます。

浅井 「おひとりさま」は、なんでも自分で調べて悩んで、選択していく「おひとりさま患者」になりがちでしょう。今の医療では患者さんの自己決定を重視する流れになっていますし、病も含めて自分の人生を思うように歩んで行くには、家族や親しい友人などがいても、最終的には自分自身ひとりの決断が必要になります。しかし、私はその時に患者が味わうことになる苦難を「ケア」する存在が必要だろうと思うのですね。

「おひとりさま患者」はケアを受ける機会が少ない

――病気になった時、身のまわりの世話など不便や不自由を解消してくれるサービスやツールは増えてきましたが、それだけではなくて、なんとも言えない寂しい気持ちがありますよね。誰かが、ただそばに居てくれたらというような。

浅井 病を持つことは、それぞれ個の体験です。病気そのものの心身の苦痛と、それを誰とも分かち合えないという孤独2つの苦痛を体験することになります。たとえそれが生死にかかわらない病気だとしても、この苦しさをわかってもらえないという孤独は患者にとって大きな苦難となります。

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――病を得ることで孤独との闘いが始まるとなると、「おひとりさま患者」には、「物理的にひとりである孤独」に「病による孤独」が上乗せされるわけですね。

浅井 そう思います。「おひとりさま患者」の苦難を考える時、とてもお世話になっている看護師時代の先輩から、病気を打ち明けられたことを思い出します。彼女は私と同じく独身で、ひとり暮らし。ある日、胸にしこりがあるのに気づいて受診して、ひとりで検査の結果を聞いて手術することになったのです。そのタイミングで、たまたま会って話す機会があったのですが、

「自分の頭の中でね、『何にもない』から『最悪の結果』まで5つのパターンをシミュレーションしていたんだけど、悪い方の3番目だったんだよね」

と淡々というか、さも重要でないというように話すんです。周りに人は少なかったけれど、私は「ええっ、なんで!」と声に出してしまい、涙を止めることができませんでした。知識があるもの同士だから、「何にもない」から「最悪の結果」まで5つのパターンの<3番目>が、どの段階を指しているかを想像できたので・・・。先輩は「あさいちゃんがそんなに泣くから」と言いながら、テーブルの端に置いてある紙ナプキンを取り出し、目頭を押さえていました。私が泣き止むのを待って、先輩はそんなに泣かれるとは思わなかったよと笑いながら、ぽそっと私にこう言いました。

「ありがとう。そうか、あさいちゃんが、私の代わりに泣いてくれたんだね」

その言葉を聞いたとき、私はああ、先輩は泣いてないんだ、泣けなかったんだと、思いました。先輩はひとりで医師からの告知を聞き、その結果を受け止め、その日も変わらず仕事をしていました。もっと言うなら、検査をして結果が出るまでの1週間、そんな状況にあることなど誰にも伝えず、何事もなかったかのように普段と変わらない生活をしていたんです。告知をされた次の日には、自分の上司に入院することになったことを伝え、自分が休んでる間の影響が最小になるように粛々と自分の役割を調整して、入院の準備を進めて。そして私と会った時には頼りない後輩に気を遣わせないように、病を打ち明けたのですね。「おひとりさま患者」はしっかりした人ほど泣くことも取り乱すこともできずに、粛々と病を抱えていかなければならないのだと感じました。

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病で上乗せされる「孤独」

――「おひとりさま」で生きてきた人が病気になった時、この先輩のように粛々と進めていく人はけっこうおられますし、ミエコさんもそうでした。普段から生活のさまざまな場面で「なんでもひとりでできる、やらねば」と、高めの負荷をかけているところに、病という孤独との闘いが上乗せされても、ひとりで生きてきた自分の実績から、闘病も「ひとりでできる、やらねば」と考えがちになるのでしょうか。

浅井 それはあるかもしれません。先輩は、「つらい」という言葉を口にしませんでした。本当は言いたかったのかもしれませんが、年の離れた後輩に自分の苦悩を背負わせたらいけないと思ったのかもしれません。でも、もし「つらい、苦しい、助けて」と言って、それを受け止めてくれる人、たとえば家族やパートナーがいたとしたら、抱き締められて、手を握ったり背中をさすってくれて、涙が止まるまで泣いた後、安心して眠れたんじゃないかと考えてしまいました。それは、誰かに「ケアされる」ことだと思うのです。周囲に家族など支えてくれる環境がある人に比べて、おそらく「おひとりさま」は圧倒的にケアを受ける機会が少ないでしょう。ひとりで闘病するということは、「ケアが受けられない」という寂しさも含めたものなのかもしれません。

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――ミエコさんのように介護を担っていたり、ひとり親だったりするなど「ケアをする側」だと、相手を守りたいがゆえに自分の苦痛を出せなくなるのではないでしょうか。

浅井 私は「誰かをケアすることで、ケアされている」ことはあり得ると考えています。それは、どちらかが一方的に与えたり受けたりするだけの関係性ではなく、重要な誰かがそばにいる、存在していると感じられる相互の関係性があるからだと思うのです。

――「ケアすること」あるいは「ケアされること」によって、お互いがつながりのある関係として存在しているのですね。そこで「ケアをする/される」を一方的にとらえてしまうと、迷惑や負担と考えて孤独な人になってしまうのかもしれません。

浅井 私は結婚したことがなく、子供も産んだこともないので想像するしかないのですが、きっと家族がいても孤独な人もいるでしょうし、家族がいなくても孤独ではない人もいるでしょう。でも、物理的な「おひとりさま」は、「ケアする」「ケアされる」機会がどちらも圧倒的に少ないと思います。そこに病による孤独が重なるわけですから、苦難の多い状況になるでしょう。どうすれば「おひとりさま」が病気になった時にケアを受けられるか、その機会をつくるかが課題になると思います。

「自助」を深めすぎないで

ミエコさんは最期が近くなってから、親戚にSOSを出してサポートを得ることができ、高齢の母を守ることも可能になったが、その母にも、終末期を支えてくれた従姉たちにも最後まで「つらい」と言わなかったという。浅井氏が話した先輩と同様に「つらい、苦しい、助けて」と言って、それを受け止めてくれる人、抱き締めてよしよしと涙が止まるまで泣かせてくれる人・・・「ケア」をしてくれる人を彼女は求めなかった。

冒頭で紹介した尾崎放哉の「咳をしても一人」には、病で苦しい孤独な時に、そっと背中をさすってくれる存在を求める心情が滲んでいる。「おひとりさま」がケアを得るにはどうしたらいいのか、その方法は筆者にはわからないが、病を得た人には特に「ケア」があってほしいと思う。

菅義偉首相は2020年9月に目指す社会像として「自助、共助、公助、そして『絆』」を掲げ、「まずは、自分でできることは自分でやってみる。そして、地域や家族で助け合う。その上で、政府がセーフティーネットで守る」と述べたが、「ケアをする/される」は共助や公助の中にある。自助を深めすぎると共助を求めることも差し出すことも難しくなっていき、「おひとりさま患者」はどんどん「ケア」を受けにくい状況に陥ってしまうだろう。「まずは自分で」と自助を過大評価して「おひとりさま」に努力や責任を課すのではなく、共助や公助をまっ先に求めたり、差し出したりできることが「おひとりさま患者」になっても、自分らしい人生を生きることができる社会ではないだろうか。

【浅井美穂】
大阪大学人間科学研究科博士課程在学中、看護師。ひとりで闘病する人の語りを「現象学」によって明らかにする調査・研究を行っている。

旅立つ「おひとりさま」と、見送る人へ

5回にわたって頼る人がいない「おひとりさま患者」に死が迫った時にどうすればいいのか、その人に伴走し、傷ついてしまった家族や関係者がその後を生きていくために何ができるのかを専門家たちに聞いてきた。

死が近づくと人はどんな状態になるのか、その時に医療者とどう関わるかを緩和ケア医の新城拓也氏にうかがった。生死のラインに立ち会うことは死にゆく人、そばにいる人たち、医療者それぞれに大きな苦痛をもたらすが、お互いに「気にかけていますよ」という関係性を築くことで、それぞれの罪悪感や後悔を分かち合っていくことができるかもしれない。「『この人が死ぬのはあなたの全責任ではなくて、医師である私も一端を負いますよ』と伝えたい」と新城氏は語ってくれた。

残されゆく人たちがどう生きていくかについては、心理士のつばめきさんにうかがった。ミエコさんを見送った親戚たちが抱える後悔や怒りは、何かを喪失した体験に伴うグリーフ(悲嘆)という反応だ。グリーフには悲しみだけでなく、怒りや無感情な状態もある。つばめきさんは、そういった感情を抱くことは正常なこと、何年も続くことが普通であると教えてくれた。普段の生活で身近な人と過ごしながら「私は安心・安全に生活が送ることができる」と感じられれば、グリーフは次第に落ち着いていく。しかし、そういった場や相手がいない時、グリーフの反応に自分が苦しくなった時には心理士などによる「グリーフケア」を頼ることもできる。また、旅立たなければならない人も、残してゆく人の力になってくれるグリーフケアが存在することを知っておいてもらいたい。

5年間、がんに罹患したことを誰にも話さず、ひとりで闘病してきた独身のミエコさんは要介護の母と共に暮らし、家族はいても頼る人がいない「おひとりさま患者」だった。少子高齢化が進み多死社会となった現在、「おひとりさま患者」は増えていくだろう。がんを患う「おひとりさま患者」になってしまったら、どうやって誰を頼ればいいのか。「卵巣がん体験者の会スマイリー」代表の片木美穂さんは、再発した時、あるいは新たに別のがんになった時が誰かにSOSを出すタイミングだと言う。まだ元気なうちに、いざという時についての相談をしたり、手伝いを頼んでおける「キーマン」を作っておくことを提案してくれた。そのためには自らの死が近いことを受け入れなければならないが、告白するチャンスを逃したまま苦戦になれば、相手の負荷も増していく。頼る相手は身近な親族や友人だけでなく、知人や同僚、患者会、法律の専門家などもアリだ。旅立ちの時に、肩の荷は少しでも軽くしておきたい。

自分のことはひとりで選択して解決し、母にも他人にも迷惑をかけないように生きようとしたミエコさん。しかし、人は誰でも病を得た時に「この苦しさを他の誰にもわかってもらえない」という孤独との闘いが始まる。「おひとりさま患者」の研究をする看護師の浅井美穂さんは、たとえ生死にかかわらない病気であったとしても、病気そのものプラス孤独と闘う患者にはケアが必要だと言う。何をもって「ケア」とするのか、定義づけることは難しいが、そばにいて手を握ってくれるような「存在があること」だとすれば、「おひとりさま患者」は、ケアをする機会もケアされる機会も圧倒的に少ない。しかし、たとえ治らない病でも、死が近くに迫っていても、ケアがあれば「自分らしく生きて死にゆく」助けになるかもしれない。

「おひとりさま」であっても、人生の中で何かしら関わる人がいるだろう。断ち切りたくても、関わってしまう人もあるだろう。その人たちの「する、される」ことを、「いる・ある」ととらえることが死にゆく時、死にゆく人を送る時に大切なのかもしれない。

最後に、がんを得た「おひとりさま患者」が共助・公助を受けるのに役立つであろうリンクを紹介したい。

「がん情報サービス」<がん相談支援センターを探す>
https://hospdb.ganjoho.jp/kyotendb.nsf/fTopSoudan?OpenForm
全国のがん診療連携拠点病院などに設置されているがんに関する相談。その病院に通院していなくても、誰でも無料で利用できる。

国立がん研究センター がん情報サービス<がん情報サービスサポートセンターのご案内>
https://ganjoho.jp/public/consultation/support_center/guide.html
国立がん研究センターがん情報サービスが運営する電話相談。がん相談の研修を受けた医療・福祉・心理の資格のある者が対応している。通話料金はかかるが無料。スマートフォンやパソコンによるチャット相談もある(登録不要)。

国立がん研究センターがん情報サービスのリーフレット「もしも、がんと言われたら」
https://ganjoho.jp/data/public/qa_links/brochure/odjrh3000000purk-att/206.pdf

国立がん研究センター がん情報サービス<『がんになったら手にとるガイド』>
https://ganjoho.jp/public/qa_links/hikkei/hikkei02.html
書籍、電子書籍、PDFで入手できる。

国立がん研究センター がん情報サービス<専門家による心のケア>
https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc05.html
精神腫瘍科、緩和ケアなどがんになった時に受けられる心のケアについて解説したページ。

マギーズ東京
https://maggiestokyo.org/
がんを経験している人、家族、友人など、がんに影響を受ける人が相談できる。現在は来訪前に連絡が必要。無料。電話やメール、オンラインでの相談も可能。

がん相談ホットライン
https://www.jcancer.jp/consultion_and_support/%E3%81%8C%E3%82%93%E7%9B%B8%E8%AB%87%E3%83%9B%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3
(公財)日本対がん協会が運営する電話相談窓口。看護師、社会福祉士など国家資格をもつ相談員が対応する。無料。

がん相談ホットラインリーフレット
https://www.jcancer.jp/wp-content/themes/jcancer-renew/img/hot-line/hotline-leaflet-2019.pdf

がん制度ドックhttp://www.ganseido.com/
がんと診断された人のための公的・民間医療保険制度の検索ウェブサービス。現在の病状、体調、希望に合わせた制度を探すことができる。無料。

坂元 希美

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