
「事業承継」を考えている中小企業経営者にとって特に深刻な問題が、後継者の相続税・贈与税等の負担が重くなるおそれがあることです。そこでぜひ検討したいのが「事業承継税制」の活用です。数多くの中小企業の事業承継税制の認定業務を担当してきた中小企業診断士・CFPの平賀均氏が、著書『まだ間に合う! 最新 事業承継税制—特例承継計画と納税猶予の申請 』(ロギカ書房)より、わかりやすく解説します。
事業承継税制(法人版)の概要
事業承継税制には、
1. 非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税猶予制度(法人版)
2. 個人の事業用資産に係る贈与税・相続税の納税猶予制度(個人版)
の2つがあります。本記事では、このうち1. の法人版の事業承継税制について、解説をしていきます。
中小企業の後継者が、自社の非上場株式等を贈与又は相続により取得した場合、その非上場株式等に係る贈与税・相続税について、一定の要件のもと、その納税が猶予され、免除される制度です。
非上場株式「等」とあるのは、上場されていない株式および上場申請のなされていない株式、さらに、合同会社・合名会社・合資会社の出資の場合なども含めるからです。以下簡略化し、「株式等」ではなく、「株式」と表記します。
事業承継税制は、よく間違えられるのですが、あくまでも納税の猶予・免除であり、非課税制度ではありません。ただ、活用の仕方によっては、課税されない期間が長く続くメリットがあります。
事業承継税制のスタートは、2008(平成20)年10月施行の「経営承継円滑化法」ですが、その後何度か改正を重ねてきました。
しかし、手続きが煩雑で使い勝手が悪く、とりわけ、事業承継後5年間の適用要件が厳しく、所定の要件を満たさなくなった場合は納税猶予が取り消されてしまい、その時点で猶予された納税額と利子税の納付が発生します。このため、なかなか普及しませんでした。
今後10年程度を事業承継の集中実施期間と位置づける国の意向を反映して、2018(平成30)年度の税制改正では、これまでの措置(以下、「一般措置」)に加えて、10年間の時限措置として従来の制約を大幅に緩和し、新たな制度を盛り込んだ「特例措置」が創設されました。
特例措置と一般措置の比較
特例措置と一般措置の主な相違点は[図表1]に示したとおりです。異次元の大改正ともいわれる特例措置では、従来の一般措置のデメリットとされていた点がほぼ解消されたところから、事業承継税制の活用が大幅に増加することが期待されています。

[図表1]特例措置と一般措置の比較
特例措置は、2018(平成30)年1月から2027(令和9)年12月までの時限措置です。一般措置は、恒久措置として存続しますので、2027年12月までは、2つの措置が並行して存在することになります。
◆特例は「全株式」が対象に
一般措置では発行済み株式の3分の2までしか対象にならなかったのが、特例措置では全株式が対象になりました。株式の評価額に対する納税猶予割合も、一般措置では、相続税に関しては80%まででしたが、特例措置では、贈与税・相続税とも100%適用されるようになりました。
例えば、相続に関しては、これまで「発行済株株式の3分の2の80%(約53%)まで」の納税猶予しかできなかったものが、発行済株式の全部について100%の納税猶予ができるようになりました。
後継者への贈与についても、一般措置では先代経営者1人からしかできなかったものが、特例措置では代表者以外の複数の株主から贈与を受けられるようになっています(2018年1月からは、一般措置でも複数株主からの贈与が可能)。
◆後継者は3人まで承継可能に
また、一般措置では、後継者は代表者1人に限られていましたが、特例措置では、代表者であれば最大3人の後継者への承継が可能になりました。
◆雇用確保要件の弾力化
一番大きな改正箇所は、雇用確保要件の弾力化でしょう。一般措置では5年間平均で、承継(贈与・相続)時の8割の雇用を維持しないと納税猶予が取り消されます。特例措置では平均8割を下回った場合でも認定取消・納税とはなりません。
一定の報告を行えば納税猶予を継続することが認められるようになりましたので、実質的には撤廃されたといってよいでしょう。
もちろん雇用の確保をしなくてよいということではなく、慢性的な人手不足という経営環境下にあって、万一雇用要件を満たさなくなった場合でも、取り消しリスクを心配しないで済むようになったということです。
事業承継後5年経過後に、会社の解散など事業継続が困難な事態が生じたときは、廃業時の評価額を基に納税額を再計算し、事業承継時の株価を基に計算された納税額との差額を減免するなど、経営環境の変化による将来の不安も軽減されています。
贈与に係る税制として、暦年課税制度と相続時精算課税制度があります([図表2])。

[図表2]暦年課税制度と相続時精算課税制度
相続時精算課税制度は、60歳以上の父母か祖父母から、18歳以上の子または孫(直系卑属)への贈与が2,500万円まで納税猶予され、将来の相続時点で贈与分が相続財産と合算されて、相続税として課税される制度です。
事業承継税制の特例措置では、この相続時精算課税制度が直系親族以外の親族外承継者へも適用が拡大されています。
なお、2017(平成29)年12月31日までに、既に贈与・相続による株式を取得した場合は、特例措置の認定を受ける(あるいは一般措置から特例措置へ認定を変更する)ことはできません。
特例承継計画
このように特例措置の内容は、すべての面で一般措置より有利です。したがって、特例措置が利用できる期間(2018年1月から2027年12月まで)については、特例措置を利用できるように、事業承継の準備を進めておくことが得策です。
特例措置を利用するには、2018(平成30)年4月1日から2024(令和6)年3月31日までに「特例承継計画」を作成し、都道府県庁に提出しておく必要があります。そして知事の確認を受けます(特例承継計画については第3章参照)。
特例承継計画の提出にあたっては、「認定経営革新等支援機関(以下「認定支援機関」)の所見(指導・助言)の記載が必要になります。
認定支援機関とは、一定の基準を満たして国に登録している公認会計士や税理士(法人を含む)、中小企業診断士、商工会議所、商工会、金融機関などのことです。
特例承継計画は2024(令和6)年3月31日までに提出する必要があります。
提出時点では実際の贈与や相続が行われていなくてもかまいません。しかし、2027(令和9)年12月31日までに、贈与や相続(相続の発生は予測不可能ですが)を行い、株式等の承継を済ませておかなければ、特例措置の適用を受けることはできません。
特例承継計画は、当初2023(令和5)年3月31日まででしたが、1年延長されています。しかし、特例措置は、2027(令和9)年12月31日までであり、これについては延長しないとされています。
平賀 均
経済産業大臣認定中小企業診断士・ファイナンシャルプランナー(CFP認定者)・上級相続診断士・事業承継士・知的財産管理技能士
平賀 均