災害時つながりやすい「頼みの綱」 公衆電話、27年で6分の1に減 「残すため」積極利用の呼び掛けも

災害時つながりやすい「頼みの綱」 公衆電話、27年で6分の1に減 「残すため」積極利用の呼び掛けも

  • 神戸新聞NEXT
  • 更新日:2022/01/15

1995年の阪神・淡路大震災時、安否などを伝えるために活用された公衆電話が、全国で当時の約6分の1に減った。27年前、固定電話の不通が相次ぎ、順番待ちの列が見られたが、携帯電話の普及に伴い撤去が続く。一方で、災害時に回線が混んでもつながりやすいため、大切な人と連絡を取り合う「最後のとりで」を守ろうと、積極利用を呼び掛ける動きもある。

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阪神・淡路大震災時、公衆電話に安否を伝える人が列を作った=1995年1月17日、神戸市灘区のJR六甲道駅付近

「『やっと連絡取れたわ』と喜ぶ声を聞くとうれしかった」

阪神・淡路大震災の火災で、営んでいた神戸市須磨区の喫茶店が全焼し、数カ月後、焼け野原に建てた仮設店舗に公衆電話を設置した岡本美治さん(79)は懐かしんだ。今も店外に緑色の公衆電話を1台置く。

NTT西日本によると、震災直後の95年3月、県内に3万3319台あった公衆電話は、2021年3月に83%減の5798台になった。利用が少ない電話の撤去が進んでいるという。

公衆電話は災害に強く、大地震などが起きるたびに注目されてきた。

電話が混み合っても通信規制の対象外となり、優先的に取り扱われる上、電話回線を通じて代替電源を持つNTT局舎から給電しているため、停電時も通話は可能。東日本大震災が発生した2011年3月11日も東日本全域で前日に比べ約10倍の利用があった。

岡本さんは「携帯は電源がないと使えない。公衆電話は、災害時に家族に安否を伝えるために必要な連絡手段。残すために普段から利用を」と呼び掛ける。

自らも発信する際、必ず緑の電話を使う。使い方を知らない若者も多いため、電話を置く自営業者らでつくる「日本公衆電話会」兵庫支部長として小学校などで広める活動も続ける。

そうした中、政府は避難所などに設置される災害時用の「特設公衆電話」について、費用を支援する方針を示した。兵庫県内では、同電話が小学校や公民館などに4005台(21年3月時点)あり、NTT西は通常の公衆電話と合わせ、設置場所を自社サイトで公開している。

同社は「大規模災害発生時などに公衆電話はつながりやすく頼りになる。最寄りの設置場所や使用方法を確認してほしい」とする。

(大島光貴)

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