「辞任は当然」か...? “小山田圭吾氏”騒動にみる「過去のいじめ」問題

「辞任は当然」か...? “小山田圭吾氏”騒動にみる「過去のいじめ」問題

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/07/22
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裁かれない加害者と隠れた被害者

東京五輪の開会式の楽曲制作担当に起用された小山田圭吾さんが、過去に雑誌のインタビューで告白していた「いじめ」に関する記事がインターネットで取り上げられたことによって批判が集まっている。

小山田さんは批判を受け止め謝罪し、辞任に至ったが、雑誌に掲載されていた「いじめ」の内容は、障がいのある生徒への性的・身体的虐待を伴うものであり、事実であるならば許し難く、衝撃を受けた人々も多かったであろう。厳しい非難の声が上がる一方で、雑誌は27年前に発行されたものであり、現在、問題とすることに疑問の声も上がっている。

昨今、韓国でも人気バレーボール選手が10年前の学生時代のいじめをSNSで告発され社会的非難が集まったことにより、所属チームからの無期限停止処分に加え、韓国代表資格を剥奪されている。

これだけ過去のいじめに非難が集中するのは、いじめられていた当時、泣き寝入りしなければならなかった経験を持つ人や、時代や空気によって正当化されてきた「いじめ」に不満を抱いてきた人が、SNSで声を上げやすくなったことも大きな要因だと考える。

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[PHOTO]iStock

筆者は、加害者家族支援を通して、いじめの加害生徒及び保護者から相談を受けてきたが、被害者が自殺に至った事件の加害者一家は、SNSで氏名や保護者の勤務先が拡散され、転職や転居を余儀なくされる等、厳しい社会的制裁を受ける傾向にある。一方で、集団の圧力によって被害者が沈黙を余儀なくされ、泣き寝入りせざるを得ないケースも多々存在していると思われる。

トラウマとなったいじめ被害体験

犯罪者の生育歴を見ていく過程で、過去のいじめ被害体験が事件に影響を与えているケースも少なくない。

佐々木明(仮名・20代)は、女性の衣服の中を盗撮し、画像をインターネットのサイトに投稿するなどして逮捕された。

「捕まらなければいいと思ってやってました。昔、僕をいじめていた奴らも捕まってませんから」

中学時代、転校生だった明は同級生から陰湿で精神的屈辱を伴う虐待を受けていた。給食にごみを入れられたり、トイレに行こうとする明を数人の生徒が塞ぎ、授業中、我慢できなくなり失禁してしまうことがあった。生徒たちはゲラゲラと笑い、「臭い」「汚い」と罵った。明は、担任にいじめを訴えると

「誰がそんなことをしたのか?」

と、担任はクラス全員に尋ねたが、名乗り出る者などいなかった。それどころか、

「誰もそんなことしてません」

「証拠はあるんですか?」

「佐々木君は、お漏らししたのが恥ずかしいから人のせいにしてるんです」

などと生徒たちから反論され、担任は明より他の生徒たちの発言を信じたのである。

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その後、いじめはエスカレートし、明は女子生徒の前で全裸にされた。女子生徒は「キャー」と大声で叫び、明を笑い者にした。抵抗できずに辱められ続けた明は、悔しさのあまり学校の屋上から飛び降りようとしたが、どうしてもできなかった。

明は学校でトイレに行くことが怖くなり、家でも食事ができなくなった。病院で拒食症と診断され、カウンセリングも続けたが、いじめの事実だけは親にもカウンセラーにも話せなかったという。

10年以上続く被害

受験生になるといじめはなくなり、入学した高校にいじめは全くなかった。大学生活も順調に過ごしたが、社会人となり、都内勤務になってから問題が起き始めた。通勤電車で、女生徒の笑い声が耳に入ると、いじめられた光景が蘇るようになったのだ。

「裸にされて、女子たちに笑われていた瞬間が蘇るようになりました。また、自分が笑われているように感じるんです…。これまでも若い女の子の集団は苦手でしたが、電車という密室だと、さらにリアルに恐怖を感じるようになっていました」

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明にとって、電車内での盗撮は恐怖から気をそらす手段であり、馬鹿にされた女性への復讐でもあった。

明は、逮捕後、家族から勧められたカウンセリングで初めて、受けてきたいじめの被害体験を全て打ち明けることができたという。心の傷と向き合うことによってようやく、犯した罪と向き合うことができるようになった。

たとえ辛い過去があったからといって、犯罪が許されるわけではない。被害に遭った女性たちは明をいじめた加害者ではないのだ。いじめを主導した男子生徒ではなく、見ず知らずの女性たちが被害を受けるというのもあまりに不条理である。

なぜ、このような不条理な事件を起こしたのかといえば、加害者が不条理な体験をしたからである。いじめがあった後、明が被害者として保護され、加害者に適切な制裁が科されていたならば、見ず知らずの他人を巻き込むほどの事件には発展せずに済んだ可能性はある。せめてひとりで抱え込まず、打ち明けられる相手がひとりでもいたならば、状況は変わったであろう。傷が深ければ深いほど、自らの加害性に鈍感になり、被害を拡大させてしまうのだ。

被害者感情も加害者の反省も受け入れる社会へ

加害者や第三者にとっては「過去のいじめ」でも、被害者にとっては時が止まったまま、被害が生じ続けているケースがあることは忘れるべきではないであろう。被害者がマイノリティ(社会的弱者・少数者)であれば、同じ集団に属する人々にも恐怖や屈辱感を与えているかもしれない。こうした被害者感情を社会が肯定し、共有することが重要である。

一方で、加害者に対し、一方的に糾弾するだけではなく、本人からの説明や更生の機会も封じられてはならず、ネットリンチや行き過ぎた制裁には歯止めがかけられるべきである。過去の行為によって社会的評価が低下し、一定の活動に制限がかかることは致し方ないかもしれない。しかし、社会的地位を剥奪することが正しい解決ではないと考える。

現在、社会に求められているのは誰かを裁くことではなく、加害行為が繰り返されないために何をすべきか、ひとりひとりの問題として考え、事態を冷静に見守る姿勢ではないだろうか。

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