成人映画レーベルが50周年に真正面から描く“恋愛” 性別問わず没頭できる理由とは

成人映画レーベルが50周年に真正面から描く“恋愛” 性別問わず没頭できる理由とは

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  • 更新日:2022/09/23
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(c)2022日活

“多様な経験により物事の道理を理解した年代”を指す「大人のための」というフレーズ。映画ならどのような作品が当てはまるのでしょうか。昭和の時代に日活が立ち上げた成人映画レーベル「日活ロマンポルノ」が、若手クリエイターを育成する貴重な現場になったという流れは、今では多くが認める事実です。そんなレーベルが50周年を記念して製作した『手』は、恋愛という要素を深くシンプルに掘り下げ、かつてのイメージを大きく変換させる一本になりました。映画ジャーナリストの関口裕子さんは、山崎ナオコーラさんの同名小説を原作にした本作が「大人のための“恋愛”映画」ではないかと語ります。詳しく解説していただきました。(注:本作は18歳未満の鑑賞を禁止する「18+」指定です)

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恋愛のプロセスが丁寧に描かれた久々の作品

手を握ったり、肩を抱いたり、ハグをすることで落ち着かせることができる不安や緊張感。それは親しい人とのスキンシップが、オキシトシンというホルモンの分泌を促すからなのだそう。オキシトシンの主な作用は抗ストレスと、摂食抑制、記憶学習、分娩・射乳促進など。それゆえ「幸せホルモン」と呼ばれるのだという。

そんなスキンシップの最たるものといわれるのが“性行為”。性行為は多くの生物が行い、これからも行っていくもの。であるにもかかわらず、人間においては、特に日本では、なぜかやましいものというイメージが強い。不思議なことだ。

なぜ性行為にやましいものというイメージがついたのかと考えていた時、松居大悟監督、山崎ナオコーラ原作、福永朱梨主演の“ロマンポルノ”『手』を観た。驚いたのは、この作品の性行為にはやましさが一切感じられなかったこと。味わったのは、求め合う恋人たちに寄り添うという不思議な感覚だった。

おじさんをこよなく愛し、写真を撮ってはコレクションするのが趣味のさわ子(福永朱梨)。年上とばかり付き合ってきたさわ子だが、同年代の同僚・森(金子大地)が少しずつ距離を詰めてきたことによって、心に変化が訪れる。

父親との不仲への反動なのか年上好みだったさわ子の同世代の青年との恋。その“曖昧な愛”を描く本作は、ロマンポルノではあるが、好意を持ち始めた頃のドキドキ、初めて手をつなぐときめき、そして肌を重ね吐息を身近に感じる幸福感など、“恋愛”のプロセスが丁寧に描かれていた。

「日活ロマンポルノ」が多くの監督を輩出した理由とは

この作品は、「日活ロマンポルノ50周年記念プロジェクト『ROMAN PORNO NOW (ロマンポルノ・ナウ)』第1弾」という仰々しい冠を戴いている。数々の名作を生み出してきた日活ロマンポルノの誕生50年を記念し、その多様性、エンターテインメント性、芸術性をさらに訴求する目的で立ち上げられたプロジェクトだ。

その一環として、現代のさまざまな個性や生き方を応援し、時代の「今」を切り取った新作3本を製作。『手』はその中の1作品となる。とはいえ、『手』はこれまでロマンポルノに抱いていたイメージの作品とは少し違う。

確かに2人が待ち切れないように体を重ね合う描写は、例えば『くれなずめ』(2021)、『ちょっと思い出しただけ』(2022)など他の松居作品より格段に多い。だが、作品の根幹をなすのは主人公の気持ちの変化。それが何よりも丁寧に描かれるところが、これまでのロマンポルノと明らかに異なるのだ。

日活ロマンポルノとは、日本映画が斜陽した1971年、日活がスタートさせた成人映画のレーベルのこと。当時の映倫規定に則った上で、「10分に1回絡みのシーン」「上映時間は70分程度」などのルールや予算や製作日数などの製作条件を満たせば、比較的自由な作品作りが許された。そのため若手の登竜門となり、神代辰巳、森田芳光、金子修介など多くの監督を輩出した。

もう一つ、ロマンポルノ・ナウの作品と、ロマンポルノには明らかな違いがある。それは観客層の設定だ。ロマンポルノを劇場に観に行っていたのはほぼ男性。「10分に1回絡みのシーン」と「上映時間は70分程度」という設定は、そんな彼らの需要を満たすためのもので、多くの作品は男性目線で作られた。

そこから飛躍した監督たちは欲求を満たしにきた彼らの意表を突き、それ以上のものを提供した作家たちということになる。当時、ロマンポルノの旗手となり、のちに『南極物語』(1983)などをプロデュースした蔵原惟二監督(蔵原惟繕監督の実弟)は、「万人が興味を示すセックスを取り上げて、安上がりな映画を作るのが現状なら、それを逆手に取るのさ」と語っている。

出演した2人にとってラブシーンは“アクションシーン”

『手』を観にヒューマントラストシネマ渋谷を訪れると、夜遅い回にもかかわらず、席は8割方埋まっていた。多いのは男女のカップル。女性1人、男性1人の観客もいるが、総じて若い。終映後は手をつないで出てくるカップルも。何となく皆、体の中に火を灯したかのように上気している。まるで幸せホルモンが分泌されたかのように。

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(c)2022日活

主人公のさわ子を演じた福永朱梨は、『本気のしるし』(2020)、『LOVE LIFE』(2022)など深田晃司監督作品や『君の膵臓をたべたい』(2017)など月川翔監督作品でよく見かける。『本気のしるし』で演じた弱そうで強いみーちゃんは特に印象深い。

そんな福永はこの映画のオーディションを受けた理由を、山崎オコーラの小説のさわ子に自身との共通点を見つけ、演じてみたいと思ったと語っている。

相手役の森を演じたのは金子大地。「おっさんずラブ」(2018・テレビ朝日)、「魔法のリノベ」(2022・関西テレビ/フジテレビ)などドラマや、『バイプレイヤーズ ~もしも100人の名脇役が映画を作ったら~』(2021)、『猿楽町で会いましょう』(2021)など映画で活躍中だ。

そんな2人は、一番体力を使ったのはいわゆる“絡み”ではないという。2人がピックアップしたのは関係性がもやもやし始めた時の一場面。毅然としているさわ子の横で、森が泣き出すシーンだ。鑑賞後、じれったいほど強く求めあう様子が印象に残るにもかかわらず、彼らの体力を奪ったのは感情描写の演技だった。

「女性の心情をきちんと丁寧に描く中でロマンが生み出される」

絡みのシーンは“濡れ場”というより、念入りに段取りを行った“アクションシーン”だったと彼らは語る。確かにアクションシーンにおける俳優の仕事とは、段取りを詰めた上で、それをいかに自然に見せられるかということ。絡みのシーンにおいても同様。彼らのラブシーンが印象的であるのは、演技に長けていることに他ならず、2人の感情がリアルに伝わるからこそもたらされたものとなる。

明確には謳っていないが、ロマンポルノ・ナウの想定観客は女性なのだろう。松居監督は言う。「女性の心情をきちんと丁寧に描く中でロマンが生み出される」ように描いたと。これによって変わったのは劇場内の雰囲気だ。だからこそ女性も男性も安心して作品に没頭し、幸せホルモンとともに帰路に就くことができるプロジェクトとなった。

どちらかの熱が上がっただけでは恋愛は成立しない。未来は、お互いが好意という熱を体内に宿してこそ展開するもの。『手』は、長いこと勘違いされてきたそれを説得力のある形で変えて見せた。大人が楽しめる恋愛映画の新たなジャンル誕生と言いたい。

『手』 ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開中 企画製作・配給:日活

関口 裕子

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