切るタイミングを逃した栗色の髪は私の弱さを隠す道具だった

切るタイミングを逃した栗色の髪は私の弱さを隠す道具だった

  • かがみよかがみ
  • 更新日:2020/11/22
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社会人になってすぐの頃、半年だけ付き合った恋人がロングヘアが好きだと言ったので、なんとなく伸ばしていた髪。

男性ばかりの職場で、工具片手に、もう片方の手で福祉用具を担ぎ上げ、汗だくで走り回る日々。

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福祉用具を作る会社に入ることを目標に就活をした。理由はふたつ

大学卒業後、私は福祉用具を作る会社で、営業職に就くことを夢見ていました。

理由はふたつ。

ひとつは、父が歳をとったときに、一緒に車椅子を作りたかったから。

私の父は、いまは歩けていますが、左足をうまく動かすことができません。生まれつきです。

もうひとつは、アジア最大規模の福祉機器展に、出展者として立ちたかったから。

学生の時分、ひと目見たその展示会場に並ぶ車椅子たちが、キラキラと輝いて見えて、それはもう恐ろしいほどに、かっこよかったのです。

私もこれを作りたい、そう思いました。

就活では「優しそうで、かつ活発で頼りがいのある雰囲気」を演出できるよう、心がけていました。

スーツは紺地にうっすらとストライプの入った、パンツスタイル。

髪は地毛なのか染めているのか分からない程度のあいまいな栗色。

柔らかい印象を出すために、直毛の髪にパーマをあてて全体的にふんわりとさせ、それをきっちりと後ろでひと括りにして、動きのあるポニーテールに。

眉毛は髪色に合わせたアイブロウで自然なかんじに、頼りがいが出るように眉山はしっかりととって。

でも目元は優しげに見えるようアイラインは若干垂れ目気味に、かつマスカラは優しげなブラウンをのせて。

その後幸いなことに志望していた会社への就職が決まり、そこで営業職として働き始めました。

会社で成し遂げたかったことは、夢のまま終わった

時が経つに連れてみるみる内に同期は欠けてゆき、後から入社してきた後輩も辞め、上司もいなくなり。

入社当初10人弱いた営業が、息つく間もなく自分を入れて3人になったところで、私も体調を崩し、退職を余儀なくされました。

仕事は好きでした。やりがいのある仕事でした。

一緒に働く仲間も好きでした。かわいい後輩に、尊敬できる先輩がいました。

でも私がその会社で成し遂げたかったことは、結局成し得ることはありませんでした。

ひとつは、私の父が歳をとったときに、一緒に車椅子を作ること。

でもこれは、いままで死に物狂いで培ってきた知識と技術が無駄ではないことを自負しているので、きっと叶います。

もうひとつは、アジア最大規模の福祉機器展に、出展者として参加すること。

私が退職した1ヶ月後に、出展を控えていました。

なけなしの「女らしさ」を忘れたくなかった

当時、一応営業の端くれだったこともあり、ある程度は身だしなみには気をかけていたつもりでしたが、忙殺される毎日に休職に入るおよそ3年間、1度も美容院に行っていませんでした。

いや。本当は。

忙しかったからというのは、建前かも知れません。

本当は、昔の恋人に「かわいい」と言われた、なけなしの「女らしさ」を忘れたくなくて。

そして誰とはなしに、忘れられたくなくて。

パーマで傷んだ毛先を労わることもせず、ずるずると髪を伸ばしてきたのです。

それを、久しぶりに顔を出した地元の美容院で半日かけてブリーチをして、ていねいに、ていねいに、トリートメントをしてもらい、金ピカに磨き上げしました。

「退職するから」と、美容師さんには伝えたけれど。

この時はきっとまだ頭のどこかで、職場に復帰ができると期待していたのだと思います。

でもある時、買い物に出た先で福祉用具を使う人を見て、心拍数が急速に上がっていくことに気づきました。

福祉用具を見ることすら嫌になり、テレビでパラリンピックの特集番組が放映される度にチャンネルを変え、近所を出歩くのも恐くなっていきました。

夜中に、あのお客さんはどうなっただろう、後輩はうまくやっているだろうか、私が抜けたことで先輩はさらに無理をしているのではないかと考えを巡らせては、心配になり。仕事をうまくこなせていなかったことへの申し訳なさが、膨れ上がっていきました。

そして私がちっぽけにも夢に見ていた福祉機器展に、あの人たちは出られるのだと思うと。

悔しくて悔しくて。

どうしようもなく、嫉ましくて。

そんなことを思う自分が嫌で嫌で。

やっと地獄から抜け出せるという開放感が半分、悔しさが半分の所在のつかないそのままの足で、退職届をポストに投函しました。

今ある自分を、丸ごと受けとめてやろうと思った

ポストに後ろ髪を引かれつつ、その帰りに、いつもの美容院に足を向けました。

「今日はどうします?」

そう聞かれて。

トリートメントしてもらったばかりでちょっともったいない気もしたけれど、痛みきってまとまらなくなった毛先に、お別れを告げることに決めました。

「バッサリいっちゃってください」

案の定、美容師さんにはもったいない!と言われたけれど。

なんだか昔に戻ったみたいでした。

そういえば学生時代はずっとショートカットで、毎日自分の好きな服を、好きなように着こなしていました。

髪を伸ばして「女らしさ」を、さも美しいもののようにデフォルメしたところで、自分の弱い部分も、誰かを嫉ましく思う醜い気持ちも、身勝手さも、そして辛いことや嫌なことがあると誤魔化すようにヘラヘラと笑ってしまう大嫌いな自分も。

社会人になってからの3年間もずっと、私の中身はまったく変わっていなくて。

でも床に落ちていく自分の一部を見ていると、不思議と期待や諦めの気持ち、ないまぜになったさまざなものが、すとん、すとんと、整っていくような気がしました。

「仕上がり、どうですか?」

そこでようやっと顔を上げた先で、美容師さんの傍に映る自分と、ぴたりと目が合って。

ああ、とりあえず今ある自分を、丸ごと受けとめてやろうと。そう、思ったのでした。

ごろん

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