「コートでは憎い敵のように、でも試合後は......」 ライバルが称えた大坂なおみ“人間力”の成長

「コートでは憎い敵のように、でも試合後は......」 ライバルが称えた大坂なおみ“人間力”の成長

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/09/17

大坂なおみの黒マスクは、今年の全米オープンテニスを象徴するアイテムになった。

【画像】「どこにでもいるティーンエイジャー」だった2016年の大阪

大会は、人種差別に対する抗議活動が盛り上がりを見せる中、コロナ禍をくぐり抜けた米国・ニューヨークで開催された。大坂は毎試合、人種差別が関係した事件の黒人犠牲者の名前を記したマスクを着けてコートに入場した。用意したマスクは全部で7枚。

「(犠牲者の数に比べ)7枚では足りないのが悲しい。決勝に進んで全部見てもらいたい」

「皆さんがどんなメッセージを受け取ったか」

6試合を勝ち抜いて決勝に進出、まずひとつ、目標を達成する。モデルガンで遊んでいて警察官に銃撃された12歳、タミル・ライスさんの名前を記した7枚目のマスクで臨んだ決勝で、元世界ランキング1位のビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)に逆転勝ち。優勝インタビューでマスクについて聞かれると「皆さんがどんなメッセージを受け取ったかに興味があります。多くの人がこのことについて考えるきっかけになればいい」と答えた。

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優勝後のフォトセッションでカップを掲げる大坂なおみ ©getty

その2週間前、全米前哨戦のウエスタン&サザンオープンで準決勝に進出した大坂は、黒人男性が警察官に射殺された事件に抗議するため、大会を棄権する意思を示した。これを受けた大会側とツアーを主催するWTA(女子)、ATP(男子)は、大会を1日順延して人種差別への抗議に賛意を示し、大坂も棄権を撤回した。

大坂が見せたリーダーシップを多くの選手仲間が称え、女子テニス界の先駆者で男女同権運動の推進者でもあったビリー・ジーン・キングさんも絶賛した。

大坂は、コート上だけでなく、コートの外でも女子テニスのリーダー的存在になった。

試合態度の幼さが気になった2016年頃

彼女を誇らしく思う一方で、“それにしても、あの大坂が”と、人の成長の不思議を思わずにいられない。

趣味は日本のマンガやアニメとゲーム。遠征先では自室にこもり、四大大会にデビューした2016年頃は選手仲間と交わることも少なかった。気になったのは試合態度の幼さだった。

コート上でたびたび涙を見せた。18歳で臨んだ16年の全米3回戦では、第8シードの強豪マディソン・キーズ(アメリカ)を第3セット5-1と土俵際に追い詰めながら、逆転で敗れた。挽回を許して5-5になると「追い上げられて、わけがわからなくなってしまった」と涙がこぼれた。記者会見でも「駆けつけてくれた母に勝つところを見せたかった」と、また涙……。その後も何度、悔し涙を見せられたか。

「イライラとの戦い方、抑え方を学んでいます」と語った2017年

テニスのスケールやポテンシャル、成績と釣り合わない幼さだった。しかし、そんな自分を乗り越えなければならないと本人が自覚していたのも確かだ。17年のシーズンオフにはこう語っている。

「重圧やフラストレーションでうまくいかないこともありますが、その都度、イライラとの戦い方、抑え方を学んでいます」

選手にとって成長とは? の質問には「どんな状況でも動揺したりせず、自分がどうすべきかを知っていることだと思います」と答えた。

初の四大大会制覇も、未成熟ぶりが見られた2018年

まさにその点が自分の課題と分かっていながら、成長、成熟のはるか手前でもがく時期が続いた。コーチのサーシャ・バインはその大坂をうまく導き、18年全米で四大大会初優勝を飾る。最初の成功だが、当時の未成熟ぶりを物語る数字もある。

この18年、第1セットを失ってからの逆転勝ちはわずか2試合。ストレート負けが17試合(途中棄権2試合を含む)で、第2セットを奪い返して最終セットで敗れた試合が3。すなわち、第1セットを落とすと、2勝20敗の惨憺たる成績だった。劣勢に動揺し、うまくいかないプレーにフラストレーションを溜める悪癖はそのままだったのだ。

19年1月の全豪で四大大会連覇。大会後に世界ランキング1位に上りつめたが、課題解決はまだ遠かった。

同年のウィンブルドン選手権で不本意な1回戦敗退を喫した大坂は、試合後の記者会見の途中で進行役に「泣いてしまいそう」と訴え、中途で退席した。目標だった頂点に立ったものの、立場の急な変化に戸惑い、重圧に押しつぶされていたのがその頃の大坂だった。

優しくて面倒見のいい“兄貴分”からの自立

成長のカギの一つは、同年の初春、すなわち全豪で四大大会連覇を果たしたあと、バインコーチのもとを離れたことではないか。契約解消の詳しい理由を両者は明かしていないが、大坂の自立心が強くなったことが一因と思われる。

バインは献身的で、辛抱強く、洞察力のあるコーチだった。大坂の未熟さによく付き合いながら、同時に、自分で問題を解決する大切さを説いた。コーチに頼りきりの一流選手はいない。大坂もそのことを理解していた。そして、バインコーチの想定よりかなり早く、優しくて面倒見のいい“兄貴分”からの自立を望んだのではないか。

こうして大坂は、一つ一つ課題を解決し、ゆっくりではあったが、成熟への階段を上った。

昨年の全米で、人間的な成長を披露するシーンがあった。15歳の新星コリ・ガウフ(アメリカ)との一戦での出来事だ。大坂にたたきのめされたガウフは、試合終了と同時に涙を溢れさせた。それを見た大坂は、一緒に勝利者インタビューを受けようと呼びかけた。

「シャワーに入って一人で泣くより、今の気持ちを話したほうがいいよ」

社会参加への意識、黒人の人権に対する意識の芽生え

自身が何度も経験した、つらい思いをさせたくなかったのだ。ガウフは涙をこらえてインタビューに答えた。そして、大坂への感謝とリスペクトをこんな言葉に込めた。

「彼女が本物のアスリートであることが分かりました。コートでは相手を憎い敵(かたき)のように扱い、試合が終われば最高の友だちとして接する、それが私のアスリートの定義です」

スポーツ界のセレブの一員となってからの交友関係も大坂の視野を広げただろう。その中で、社会参加への意識、黒人の人権に対する意識も芽生えたようだ。この1月に事故で亡くなった元バスケットボール選手、コービー・ブライアントとも親交があった。2度目の全米優勝を決めたあとの記者会見で、大坂はこの恩人に感謝した。

「彼に誇りに思ってもらえるようなことができればいい。彼のレガシーを受け継いで。一人の人間がこれほど多くの人に影響を与えるなんて素晴らしいことです。彼は私が立派な人になれると思ってくれていたし、私もそうありたいのです」

大坂はスポーツを志す若者たちの目標、ロールモデルに

今年、コロナ禍でプロツアーは3月から約5カ月間も中断した。この間の隔離生活も人間性を深める機会になったようだ。大坂が振り返る。

「重要な数カ月間でした。全米で初優勝したあと、私のテニス人生は常に前に進むだけでした。隔離生活は、自分が何を成し遂げたいのか、自分の何を人々に記憶してほしいのか、いろいろ考える機会になりました」

選手としての成熟が結果につながり、同時に、実績が人をつくるのか。見逃せないのは、大坂には常に人としての成長、選手としての成熟を求める強い意志と、学ぶ姿勢があったことだ。18年の全米初優勝の頃からの変化について大坂は「考え方がだいぶ変わったような気がします。普段のツアーでも浮き沈みを繰り返し、多くのことを学んできました。精神的に強くなったと思います」という。もともとシャイな性格だが、ブライアントのような尊敬する先達のふところには、みずから飛び込んだ。

「私は成長しようと努めました。そのためにどのようなプロセスを踏むべきか、確信はなかったけれど。でも、人生で学んだレッスンは、間違いなく私を人として成長させてくれたと感じます」

16年頃の彼女は、話し方もふるまいも、どこにでもいるアメリカのティーンエイジャーそのものだった。しかし今、大坂は、スポーツを志す若者たちの目標、ロールモデルとして、ここにいる。

(秋山 英宏)

秋山 英宏

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