取り組みテーマに「アイデンティティ」はあるか

取り組みテーマに「アイデンティティ」はあるか

  • JBpress
  • 更新日:2021/10/15
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イノベーション実現に終わりはない

先日、管理部門の方から相談があった。現場の研究者から「新しいものの提案はよいが、提案したら製品になるのか」という疑問の声があがっているという。それに対してどう返すべきか、と悩んでいるのだ。

まず結論からいうと、提案が必ず製品になるわけはない。会社の限られたリソースを使うのだから、新しい提案の製品化にリソースを割くということは、既存の事業にかけるリソースを少なくするということだ。現事業に関わっているメンバーからすれば、売れるか確証のない新製品にリソースを割く方が、リスクが高く感じる。そのリスクを理解してもなお魅力的に感じる提案でないと、リソースを割いてもらえないのが現状だ。

また、仮に社内で優先順位が上がり、上市できても必ず売れるかどうかは分からない。開発者は顧客や社内の反応を見ながら絶えずテーマを変更し、「製品になるまでやり続ける」のが正解だと思う。

最近、ある企業でイノベーター養成講座という場があり、私はそのファシリテーションを行っている。講座メンバーやその講座の関係で知り合った方々と議論をする中で、私は「イノベーションや新事業の実現に向けては、テーマ(コンセプト)を常に変化し続ける」のが当然である、ということを確信した。

そして、半年や1年という短い期間でテーマへの確信を得られるわけでもない、ということも。もし、本当に新価値という観点で世の中にインパクトのある貢献をしたいと考えるのであれば、その道のりは10年スパンと考えていいだろう。

イノベーションテーマに必要な信頼のもとは実績ではなくアイデンティティ

長い道のりを歩くのだと分かったとき、そこに必要なのは、何かを切り捨てる覚悟というよりも、追い続けられる「自分だけの理由、アイデンティティ」ではないかというのが私の仮説だ。自分自身が体験したことや自分が初めて発見した(と思う)こと、自分自身の特性や価値観とフィットすることなど、さまざまな視点がある。

イノベーションテーマを検討する中では「なぜ自社が取り組むのか」ということは当たり前に問われるのだが「なぜ『あなたが』それに取り組むのか」ということは聞かれない。その理由が他人には共感されなくても、自分にとってのテーマとの“へその緒”と感じられるのであればまずは十分である。

文章表現のインストラクターである山田ズーニー氏は著書の中で、自分自身というメディアの信頼性について触れている。「過去の自分とまったく切り離した今の自分や未来の自分を発信しても信頼されない」というのである。テーマアップをする際にはテーマの中身そのものに加えて「この人に任せてみたい」という信頼感や期待を持ってもらうことも重要である。

これまで多くは、その人の業務における実績が信頼の礎になるといわれていた。ただ、変化の早い時代においては、過去の成果が必ずしも未来に生きない。そうすると、なぜこれを私がやるべきか、という「アイデンティティ」が説得力を持つようになるのである。

人間軸×技術軸で自律性を発揮する「イノベーション人材開発」

2020年度、新型コロナウイルスによって日本は初めての緊急事態宣言を経験し、企業活動においてもお客さまとの接触が断たれ、実施していた多くのプロジェクトをストップせざるを得なくなった。

そんな中で、私はかねてよりトライアルしてみたいと構想を温めていた、「人間軸×技術軸で自律性を発揮させる人材開発プログラム」を自分の所属するチームメンバーに半年間トライアル実践してもらった。研究・開発テーマ、新事業企画テーマ、組織変革テーマを自らあげてもらい実践につなげる支援はこれまで数多く行ってきた。

その中で上述の「アイデンティティ」の存在について私は課題を感じていたため、テーマアップの考え方だけではなく自分自身の理解を深める考え方も掛け合わせてプログラム化した。

トライアルメンバーの中には、ちょうど大きな昇格を約1年後に控えていたOさんがいた。Oさんは、経験は長くお客さまに対する理解力の高さにおいては定評があったが、昇格というイベントに向けた準備やライフスタイルの変化のまっただ中で、キャリアについての悩みを抱えていた。悩みや迷いが出てくると仕事がつらく感じてくるものだ。

そこで、自分の過去を振り返り、今の自分の価値観や貢献したいと思えることなどを見つめ直す機会をもった。また、今の業務やテーマとはいったん切り離し、「自分はどうなっていきたいのか」「誰にどのように貢献したいのか」というビジョンをできるだけ具体的に描いてもらった。

その際に「自分がどのような事業でどのような役割を果たしているのか」ということを想像するのである。それを実現していくことをいったん目標として掲げ、今の環境でやるべきこと・できることを取り組みテーマとして設定するのである。もちろん、目標やテーマは変わっていってもよい。

Oさんはその過程の中で、改めて自分自身の強みや望みを振り返ったうえで、昇格イベントをどうクリアしたらいいのかということを考えていた。そしてそれが大変なことに思えていた。しかし、昇格は自分が取り組みたいテーマを実現する過程の一つにすぎないと気付いた。そうすると「昇格でもどうするべきなのかがおのずと見えてきた」と憑き物が落ちたように晴れやかに話してくれた。

至近な例からではあるが、今、Oさんは昇格を前に相変わらず多くの課題に向き合っているものの、それでもキャリアに対する悩みや躊躇は感じられず、前向きに取り組んでいる。

環境変化が激しい昨今、価値創出や変化対応に継続的に自律的に取り組んでいくための一つの要素として「アイデンティティ」ということに触れた。おそらく企業のマネジメントの中でも、変革テーマやイノベーションテーマにおいて、担当者の「アイデンティティ」について重視されているケースは少なく、読者の皆さんにとって新しい視点になるのではないだろうか。

なぜ、自分自身はこのテーマ・業務に取り組むのか、自分自身の人生の中でこの業務やテーマはどのような位置付けになるのか、見つめ直してみてほしい。

次回は「認知バイアス」についてお話しする。
知らず知らずのうちに自分にかけてしまっている呪縛をどう解きほぐすのか。イノベーション人材への最後の砦について語っていこう。

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コンサルタント 大﨑真奈美(おおさき まなみ)

R&Dコンサルティング事業本部
R&D組織革新・KI推進センター
チーフ・コンサルタント

技術者・研究者の企画力向上や、R&D組織革新の支援に従事している。最近は、技術者・研究者の心に火をともすことをミッションとしており「火おこし」役として日々実践・研究をしている。2児の母。カウンセラー資格を持っている。

JMAC編集部

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