「核シェアリング」妄想に異議あり プーチンを反面教師にすべき習近平【田中×浅田】

「核シェアリング」妄想に異議あり プーチンを反面教師にすべき習近平【田中×浅田】

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2022/05/14
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3回にわけてお届けしてきた「憂国呆談」第1回の最終パートでは、ウクライナ問題に端を発した世界の安全保障を巡る議論に進みます。田中康夫・浅田彰の両氏の比類なき対話をご堪能ください。

この対談は全3パートのうちの3回目です(Part1はこちらから/Part2はこちらから)。

狡猾な安全保障の智慧を学べ

田中 「外交や対話によって平和を維持することはできない」なんて言い出す政治家や学者まで出現しているけど、それって「言葉」で選挙に勝利し、学位論文が評価された面々が自らの存在を否定する話だ。じゃあ平和は軍備によって維持できるのか、と茶々を入れたくもなる。

浅田 「アメリカと核シェアリング」いや「独自の核武装」なんて妄言が聞こえてくるほどだからね。

ウォロディミル・ゼレンスキーが役者としてうまくやってるってPart1で言ったのは、裏を返せば信用できないところがあるってことでもあるけど、少なくとも日本の国会に向けたリモート演説で核(原子力発電を含む)と国連改革の問題をアピールした、それは正しいよ。

NPT(核兵器不拡散条約。核軍縮を目的に、アメリカ、中国、イギリス、フランス、ロシアの5カ国以外の核兵器の保有を禁止する条約)がいいかげんで、核保有国が義務とされる核軍縮を進めるどころか核を使いやすい方向に持って行きつつあるし、イスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮も非合法で核を持ったわけだけど、だからこそ抜本的な国連改革と並んで核軍縮を進めるべきで、唯一の被爆国である日本にはその先頭に立つ歴史的責任がある。

裏を返せば、アメリカ、ロシア、中国、北朝鮮に加え、韓国も核を持ちたいって言ってる東アジアで、日本が核を持ったからって安全が担保されるのか。印パは対称関係にあってそれなりに安定してるようだけど、こっちははるかに複雑だからね。

田中 そもそも54基もの原子力発電所の維持管理すらままならない国ですよ。北朝鮮の弾道ミサイルに備えて防空頭巾の時代と変わらぬ頭隠して尻隠さずの訓練を、安倍晋三政権下の2016年に秋田県で実施して他国のメディアに失笑を買った国ですよ(涙)。

80基の核弾頭を保有する一方で、きな臭い中近東で標的となる蓋然性を踏まえ、敢えて原発は建造しないイスラエルの狡猾な安全保障の智慧を学ぶべきだよ。

浅田 アメリカの学校で銃撃事件が相次ぎ、銃規制が求められたとき、ドナルド・トランプが「教師に武装させればいい」って言った(苦笑)。そりゃ、日本のように侵入者が銃を持ってる確率が低い国では、教師が銃を向けてる間に生徒を逃がすことができるかもしれない。だけど、3~4人の侵入者が銃を持って入ってきたとき、こっちがヘタに銃を出したところで、乱射を引き起こす危険性が大きくなるだけでしょう。

そもそも戦略ぬきの兵器は無意味なんで、その意味で一応論理的に一貫した戦略があるのはアメリカとソ連/ロシアの相互確証破壊(Mutual Assured Destruction)戦略だけ。

相手の第一撃を生き延びた第二撃で十分耐えがたい損害を相手に与えられる確証破壊核戦力をお互いに持てば、どちらも第一撃を自制せざるを得ない。いわば互いの喉元に槍を突きつけあってるから、その状態で安定する、と。まさにMADな(狂った)論理で、だから何千発も核弾頭を持つことになるんだけど、一応一貫はしてるわけ。

それに対し、イギリスやフランスでさえ、最小限抑止、つまり「蜂の最後の一刺しで耐えがたい痛みを与えられる」みたいな漠然とした戦略しか持ってないわけ。

ソ連崩壊後、かつてのような通常戦力を失ったロシアが選択したエスカレーション抑止ってのも、戦争が有利に進まないとき小型核を一発かませば相手がショックで戦意を失うだろうっていうようないいかげんな戦略だと思うね。いまウラジーミル・プーチンがそういうバカなことをしなければいいんだけど……。

とにかく、東アジアであれどこであれ、少しずつ核兵器をもつ国が増えると、敵の第一撃を生き延びた第二撃では心許ない、つまり第一撃への誘因が生じてしまう。そんなことなら、とくに被爆国日本としては、国連や核不拡散体制の抜本的強化を主張した方がいいに決まってる。

安全保障理事会の常任理事国として拒否権をもつ、いわば警察幹部であるはずのロシアが自ら不法な侵略戦争を行ない、核兵器の使用さえちらつかせてるいまこそ、その好機だと思うよ。

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Photo by Shinya Nishizaki

田中 あなたがた日本は国連安保理の常任理事国になりたいんでしょ、ロシアの軍事侵攻と拒否権の行使は問題ですよね、常任理事国入りが悲願の日本に期待してますよ、そのためにもウクライナにたくさんお金を下さいね、というゼレンスキーのメッセージに拍手喝采している脳天気な日本ということだよ。

浅田 まあ、アメリカには「リメンバー・パール・ハーバー」と言い、日本には核と国連改革を言い、とにかく口八丁手八丁で世界の支持を取り付けるって任務をうまく果たしてはいる。それを無批判に受け入れる日本人がいるとしたら、それがナイーヴすぎるだけ。

田中 アメリカの連邦議会では「リメンバー・パール・ハーバー」と挑発しても、日本の国会議員には「リメンバー・ヒロシマ・ナガサキ」とは決して言わない辺りも“役者”やのぉ。

浅田 日本はせっかく広島選出の岸田文雄が首相なんだから、もうちょっとうまく言うべきことを言わなきゃ。3月26日にラーム・エマニュエル駐日米大使と広島の原爆死没者慰霊碑に献花して「核兵器を含む大量破壊兵器の使用は絶対にあってはならない。国際社会に強いメッセージを発することになると確信している」って声明を出しただけ。

そう言えば、2016年に当時外相だった彼とジョン・ケリー米国務長官が広島を訪問し、1ヶ月ほど後に安部晋三首相とバラク・オバマ米大統領が訪問した、あれ自体は意味のあることだったと思うけど、オバマの牧師の説教みたいな演説はひどかった。「8月6日の朝、死が天から降ってきて、世界が変わった」って、巨大隕石じゃないんだから!

そうじゃない、「アメリカ軍が上空から原子爆弾を投下した」んでしょう。日本が先にアメリカを攻撃したってことはあるし、そもそも時代が違うけれど、広島・長崎のみならず日本の主要な都市を焼き尽くしたアメリカ軍の絨毯爆撃は、ロシア軍のグロズヌイ(チェチェン)やアレッポ(シリア)やマリウポリ(ウクライナ)の爆撃と桁違いの戦争犯罪だからね。

アメリカ、フランス、ドイツのこれから

田中Part2でも述べたように、アメリカのリベラルも劣化しているからね。というか、「戦争は最大の公共事業」というのが民主党も含めたアメリカの政官財全体の共通認識なんだよ。恐ろしい。

浅田 欧米のウェルフェア・ステート(福祉国家)の多くは実際にはウェルフェア=ウォーフェア・ステート(福祉戦争国家)だったからね。

ところで、プーチンは各国の極右を裏から支援してたから、今回のウクライナ戦争のおかげで、アメリカではトランプ、フランスではマリーヌ・ル・ペンが痛手を被ってもおかしくない──と思ってたら案外そうでもないんだな。

共和党員はいまだに「本当はバイデンではなくトランプが20年の大統領選挙に勝っていた」というトランプの嘘に加担しないと選挙に勝てない。二大政党の一方がトランプ党になり果てたんだから無茶苦茶だよ。

ル・ペンは仏大統領選挙の決選投票でエマニュエル・マクロン大統領に敗れたものの、決選投票には残った。3位が社会党からスピン・アウトしたジャン=ジャック・メランションの「不服従のフランス」。かつて仏第5共和制の主流だった共和党も共産党・社会党も泡沫候補並みの惨状で、安定した保革の構造が完全に失われた。

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Photo by Shinya Nishizaki

田中 マクロンは、プーチンが起こした戦争は米英とNATOが引き起こした戦争でもあると認識してはいるものの、自身が仲介役となるだけの押し出しの強さを持ち合わせていない。カナダのジャスティン・トルドー首相に至っては今やジョー・バイデンと「一蓮托生」脳に陥っている。

浅田 2015年のミンスク合意2ではドイツのメルケル首相とフランスのフランソワ・オランド大統領が夜を徹してロシアのプーチン大統領やウクライナのポロシェンコ大統領と膝詰め談判し、ウクライナ東部ドンバス地方の自治の拡大っていうような線で何とか収めた。

むろん妥協と欺瞞の産物──そう言いたければロシアに対する宥和の産物だし、東部では散発的に戦闘が続いたものの、戦争はとりあえず停戦に持ち込めたわけだよ。その合意をポロシェンコやゼレンスキーが尊重しなかったことは確かだからね。

それを棚に上げて、プーチンがヒトラーのような絶対悪であることを見抜けなかったメルケルやオランドが悪いとか言い出すんだから……。

田中 その意味でも今回の「プーチン効果」は、「リベラル」と称する言論人やメディアだけでなく、左右を超えて洞察力のない政治家の底の浅さを全世界的に炙(あぶ)り出したことだと思うよ。

浅田 ドイツも微妙だね。冷戦で二つに引き裂かれてた国だから、社会民主党も、ヘルムート・シュミット西独首相がソ連の中距離核ミサイル配備に対抗してアメリカの中距離核ミサイル配備を受け入れたように、外交面では現実主義的だった。

だけど、アンゲラ・メルケル保守党政権の前のゲアハルト・シュレーダー社民党政権は、ロシアとの宥和を推し進め、シュレーダーは退任してすぐロシアからのパイプライン「ノルド・ストリーム2」を建設する会社の役員、後にはロスネフチ(ロシアの国営石油会社)の重役になり、この2月にはガスプロム(ロシアの国営ガス会社)の重役にもなった。3月11日にはモスクワでプーチンに会ってる。左翼を装う金権政治屋の極端な例でしょう。ちなみに、5人目の妻が韓国人ってこともあるのか、「ナヌムの家」を訪れ慰安婦問題で日本を批判。日本の右翼がいちばん嫌うタイプのインチキ左翼政治家だね。

それがあるもんだから余計、メルケルの後を継いだオラフ・ショルツ社民党政権はウクライナ戦争をきっかけに軍備強化へと大きく舵を切った。

しかし、ヨーロッパは第二次世界大戦のことを忘れてないんで、ドイツが軍事大国になると緊張が高まる可能性がある。

あと、シュレーダー社民党政権は緑の党と連立してたんで脱原発路線を選択、物理学者だったメルケルも保守党であるにもかかわらずそれを引き継いだ。

ところが、他方で地球温暖化対策として化石燃料のシェアも急いで減らしつつあるのに、再生可能エネルギーではまだまだ足りない、そこへ新型コロナウイルス・パンデミックやウクライナ戦争の影響でエネルギーの供給不足が深刻化した。

だから、シュレーダーのみならず、メルケルまで、プーチンと宥和したのはアドルフ・ヒトラーと宥和したイギリスのネヴィル・チェンバレン首相のような誤りでゼレンスキーこそチャーチルだ、脱化石燃料・脱原発という左翼の夢物語にうかうか乗ったのも不用意だったって批判されてる。

プーチンを登場させ、最後に暴発させたのは、冷戦終結後に西側が旧ソ連を支援しなかった結果だ、エネルギー政策や温暖化対策にしても、間違いがあるとすればもっとずっと早くから脱化石燃料・脱原発を推進してこなかったことだってのが分かってない。田中さんの言う通り弁証法が欠けてるんだね。

田中 5月27日で99歳を迎える1923年生まれのヘンリー・キッシンジャー(ドイツのバイエルン州で生まれ、1933年にヒトラーのナチ党が政権を握ると一家で米国に移住)が十数歳若かったなら冷静冷徹にZoom会議を行ってアメリカを多少は軌道修正しただろうに、と無い物ねだりをしたくもなる。

凡庸な暴君、習近平

浅田 今のプーチンはシャープな機械が空回りしておかしくなっちゃった感じ。対して、習近平(シー・チンピン)は一貫して凡庸の極みたいな人でしょう。

江沢民(チャン・ツェーミン)の「三つの代表」理論の形成に関わり、中国共産党中央党校の教授を務めた蔡霞(ツァイ・シャア)が、アメリカに亡命して習近平を批判してるんだけど、彼女自身も含む紅二代(革命を率いた共産党幹部の子弟)のなかで一番冴えない人物が習近平だった、それが素なのか演技なのか、とにかくキング・メーカーの江沢民はこれなら無害そうだと思って胡錦濤(フー・チンタオ)の後継者に指名したって言ってる。

ところが、トップの座についたとたん、習近平は王岐山(ワン・チーシャン)と組んだ汚職摘発キャンペーンで江沢民や胡錦濤の派閥を徹底的に叩き、一強体制を築いた。にもかかわらず、依然として凡庸で、何がやりたいのかわからない(苦笑)。

田中 蔡の指摘は実に鋭いなぁ。

浅田 習近平夫人で歌手の彭麗媛(ポン・リーユアン)が夫の側近を叱ったらしい。「あの人は漢字をまともに読めないんだから、大事な演説の前にはちゃんと読む練習をさせて恥をかかないように準備してくれないとダメじゃないの!」と。どっかの国の元首相みたいに「未曾有」を「ミゾウユウ」と読んじゃったりするんでしょう(笑)。

そもそも、文化大革命で副首相だった父が失脚して地方に追いやられるんだけど、習近平も下放され満足に教育を受けられなかった。その後、無試験で大学に入って化学を学ぶものの、当時は大学にもまともな教師はいなかった。結局、教養を身につける機会はなかったんでしょう。

その点、毛沢東(マオ・ツォードン)は教養があったし書も見事、革命理論なんかの著作は世界中で読まれた。それで、マルクス=レーニン主義、毛沢東思想ときて、鄧小平(トン・シャオピン)や江沢民や胡錦濤の理論が続くわけ。

ところが、最近、習近平思想を毛沢東思想と並ぶ位置に押し上げたんだけど、ゴースト・ライターに書かせたとも言われる『現代農業理論および実践』を除くとエッセーや講話を集めた本ぐらいしかないらしくて、どういう思想なのかわかんないんだよ。

1945年の共産党の歴史決議では、それまでの共産党の歴史を総括しつつソ連に近い諸派を批判して毛沢東が主流派の位置を確保した。1981年の歴史決議では、鄧小平が毛沢東の文化大革命を誤りと認め(毛の業績全体に関しては「功七分、過三分」って評価)、改革開放路線を確認した。

それが、2021年の歴史決議は共産党と習近平の自画自賛に終始してほとんど内容がない。文革批判を踏襲するどころか、鄧小平が文革の反省から決めた個人崇拝禁止・指導者終身制撤廃・集団指導に反して2018年には2期10年の任期制限を撤廃し、今年秋の共産党大会でいよいよ3期目を狙ってる。

だけど、「中華民族の偉大な復興」って言うだけで、具体的に何がやりたいのかわからない。西洋列強だの日本だのに踏みつけにされた「屈辱の世紀」の恨みを晴らすってだけ。

田中 う~む、トランプ、バイデン、習近平、麻生太郎、安倍晋三……。今や世界各国のリーダーは指導者という「Leader」から文章を読むだけの「Reader」へと誤変換されている!

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Photo by Shinya Nishizaki

浅田 トランプは無教養なだけじゃなく、「本なんて読むやつはバカだ」って反知性主義を振りかざし、高学歴マイノリティの活躍を羨望と憎悪の目で見つめてた低学歴マジョリティの支持をつかんだ。

対してバイデンは母がアイルランド系なんでアイルランドの詩に詳しくてよく暗誦する。「歴史は墓のこちら側では希望など持つなと言う。しかし、一生に一度、待ち焦がれた正義の大波が盛り上がり、希望と歴史が韻を踏むことがあるのだ」っていうシェイマス・ヒーニーの『トロイの癒し』の一節を引き、「今こそ希望と歴史に韻を踏ませる時だ」と民主党全国大会の大統領候補指名受諾演説を締めくくったあたりは、なかなか聞かせた。

リモート形式を主とする大会で、バイデンの演説の少し前に13歳の少年が登場し、「地元の選挙集会でぼくが吃音者だと知ったジョー・バイデンは、自分も吃音に悩み、W.B.イエイツの詩集を朗読して練習した、演説の原稿にもこういう印をつけてるんだが参考になるかな、と親身に相談してくれた」とつっかえつっかえ話すあたりも、うまい演出だったな。まあ、文学的に過ぎるって言えばそれまでだけど……。

とにかく、プーチンみたいにシャープすぎておかしくなる暴君も困るけど、習近平みたいに何かやりたいのかわからない凡庸な暴君も困りもの。少なくとも、無理して台湾に軍事侵攻なんてするとろくなことはないって教訓だけは、ウクライナ戦争から学んでほしいね。

繰り返せば、理論的には台湾は独立する権利があると思うよ。だけど、地政学的条件からしても、歴史的経緯──とくに1972年のリチャード・ニクソン米大統領訪中時の「上海コミュニケ」(アメリカが台湾を中国の一部として認めた)からしても、台湾が正面から独立を求めることは難しい。

だからこそ蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は「台湾は実質的に独立しているから独立宣言は求めない」と言い、「友好的な意思表示」として現状維持の方針を打ち出すことでむしろ中国を牽制した。賢いよ。

いまにして思えば「上海コミュニケ」は中国に譲りすぎじゃないかと思うけど、台湾は中国で共産党に敗れて逃げてきた国民党の蒋介石(チァン・シエシー)が中華民国総統として独裁体制を布き、なんと1987年まで戒厳令下にあった国だからね。

ニクソンの国家安全保障担当補佐官だったキッシンジャーは共産圏との対決っていうイデオロギー政治を現実政治に転換し、共産圏内でも中ソが対立してるなら、主要敵であるソ連の敵の中国と組めばいい、反共独裁の台湾なんかにこだわることはないって割り切ったんだね(言い換えれば、1988年に台湾で生まれた本省人として初めて李登輝[リー・テンホイ]が総統になった頃から現在にいたるまでの台湾の急速な民主化は、1987年の民主化宣言以後の韓国の急速な民主化とともに、驚嘆に値する──またITを初めとする科学技術や文化の発展も。日本では1945年の敗戦から現在まで連続してるけど、台湾や韓国ではそこでもうひとつ大きな断層があるってことは意識しとかないと)。

台湾への軍事介入はあるのか

浅田 それに比べて習近平はどうもやることが荒っぽい。香港の民主化運動を弾圧して国家安全維持法を制定、さらに選挙制度を「改革」して「愛国心」をもつ(つまり中国共産党を支持する)候補しか選挙に出られなくした。

結果、次の行政長官を選ぶ選挙は、警察出身で民主派の弾圧を指揮してきた李家超(ジョン・リー)が選挙委員の99%の支持で当選したっていうけど、そりゃ彼以外に候補がいないんだから(苦笑)。

こうして1997年の香港返還後50年間維持されるはずだった「一国二制度」の下での「高度な自治」は完全に骨抜きにされた。結果、優秀な才能がどんどん香港から流出してる。金の卵を産むガチョウの首を絞めてるようなもんだよ。

そんな強引なことをしなくても、50年待てば自然に掌中に落ちるはずだったのに。やっぱり習近平がトップでいるうちに台湾も含めた統一を成し遂げようと急いでるんじゃないか。そもそも「一国二制度」は台湾に関して出されたアイディアなんだけど、香港の現状を見てそれに乗ろうって台湾人はいないでしょう。

田中 「香港返還」に関しては「ソトコト」2020年2月号で語った「イギリスの製造物責任」の内容を一応、押さえておくと、アヘン戦争に勝利して1842年の南京条約で香港島、1860年の北京条約で九龍半島南部を殖民地にした英国は、1898年の展拓香港界址専条(てんたくほんこんかいしせんじょう)で深圳(シェンチェン)以南の新界(ニューテリトリー)を99年の期限付きで租借する。

「もはや社会なんてものは存在しない。自分で自分の面倒を見るのが国民の義務だ」と身も蓋もない経済的新自由主義の「自己責任論」を掲げて1979年に首相となっていたマーガレット・サッチャーは当初、「中国は共産主義。香港は資本主義で体制が異なる」と新界の租借の継続を求めた。

すると鄧小平は資本主義システムを50年間は変えないと言葉巧みに約束して、無論、殖民地は忌むべき制度だけど国際法上は返還しなくとも問題は無かった香港島と九龍半島南部までサッチャーは差し出した。つまり1997年7月1日の香港「返還」は英国から中国に「主権」を戻す意味だった。

蒋介石が率いる「外省人」の国民党が逃げ込んだ台湾は現在も14ヵ国と国交関係を維持し、北京とは異なる独自の政権を台北に構えているから、習近平が台湾に持ち掛ける「一国二制度」は「返還」でなく「統一」。全然違う。

今や有名無実と化した香港の「一国二制度」は法律論的に言えば、「主権」を有する中国の「内政問題」としての一種の裁量行政なんだよ。

無論、香港での中国政府の振る舞いは断じて認められるものではないが、鄧小平に屈したサッチャーの判断ミスは記録しておく必要がある。その「鉄の女」がショックの余り、人民大会堂の石段で転んでしまうお宝映像も残っている。

少し脱線したので、話を戻そう。

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Photo by Shinya Nishizaki

浅田 そういえば、バイデンはNATO加盟国じゃないウクライナに直接加勢はしないって言いながら「プーチンは去るべきだ」って言っちゃったように、中国の軍事侵攻を念頭において「われわれは台湾を防衛する義務を負っている」って言っちゃった。

「戦略的曖昧性」を維持するのがアメリカの公式の立場なんで、周囲が慌てて火消しに走ってたけど。

でもまあ、現時点での主要なライヴァルはロシアじゃなく中国なんで、けっこう本気なんだろうとは思うね。

田中 習近平は幅120kmを超える台湾海峡に世界最長の海上大橋と海底トンネルを建設する台湾海峡大橋プロジェクトなんて大風呂敷を広げてる。

これが実現するかどうかはさておき、仮に中国が台湾に攻めこんだとしても、アメリカは今回のウクライナと同じように半身でしか介入できないと僕は思う。万が一にも介入したら完璧に戦争になっちゃう。その意味でも「中華民族の偉大な復興という歴史的偉業」を声高に語る習近平に諫言(かんげん)する必要がある。

まあ、「相方が歩むべき道を見失っている時には臆せず助言・諫言・提言してこそ真の友人」という公理を同盟国アメリカにも言えないでいる「従米一本足打法」のニッポンは、逆立ちしても担えないけどね。

浅田 中国本土と台湾を橋でつないでひとつにするプロジェクトは、広東省9都市(広州、深圳[セン]、珠海など)と香港や澳門(マカオ)を結んでひとつにする粤港澳大湾区プロジェクトを思わせるね。後者は実現に向かうだろうし、そうなると香港の独立性はますます薄まっちゃう。

それと同じく、台湾も名実ともに中国の一部なんで、内政干渉するなってのが、中国の言い分でしょう。ただ、ロシアと地続きで平原の多いウクライナと比べても、台湾は島だし、中国の人民解放軍は陸軍主体だったから、そう簡単には勝てないと思うよ。

カジノにすると称してウクライナから買った空母を「遼寧」として改装し、新しい空母を含む軍艦もどんどん建造して、海軍力増強に努めてはいるけど。

他方、台湾の軍隊は練度が高いし、軍備も一応整ってる。今回のウクライナみたいな援助を受ければ、かなり戦えるでしょう。

それは中国もわかってるし、国際的孤立は政治的にも経済的にもまずいから、まさか軍事介入まではしないと思うけど、鄧小平の「韜光養晦(とうこうようかい)」の教えを忘れ「戦狼外交」で世界から警戒されちゃった習近平を見てると安心はできない。だからこそ、習近平にはプーチンを反面教師として学習してほしいよ。

田中 来年の退任を明言した首相の李克強(リー・クーチアン)を上回る実質No.2で国家副主席の王岐山が身を挺して諫言(かんげん)すべきだけど、期待できないね。

今日食べたい料理が人それぞれ違うように、夫婦でも親子でも友人でも100%判り合えないからこそ会話が必要で、外交や政治はもっとそうでしょ。なのに、大胆に変えてくれ、直截(ちょくせつ)に決めてくれ、まだるっこくって辛気臭いのは飽き飽きだと一刀両断を求める風潮が、多極化する世界の中で席捲しているのも否定出来ない哀しい現実だ。

「中道」が「右側」へと引きずられていく日本

浅田 日本は被爆国であり、第二次世界大戦以降、攻撃的な軍事力の行使をしてないってことが大きな財産なんで、緊張緩和や軍縮──とくに核軍縮に関してメディエーター(仲介役)となる資格があり義務がある。

ところが、アメリカの「核の傘」に依存している以上、核兵器禁止条約には参加できないって言うありさま。

政治や外交ではホンネとタテマエの使い分けが当たり前なんだから、二枚舌でいきゃいいんだよ。唯一の被爆国が核兵器禁止条約を調印・批准したって誰も文句は言えないし、アメリカは良かれ悪しかれそんなの気にしてないんだから。ところが、今回のウクライナ戦争を見て「核シェアリングを」とまで言い出すんだから、まったく……。

先日入った店で、たまたま隣のテーブルで大手出版社の編集者らしき連中が話してるのが聞こえてきてさ。

「北朝鮮のミサイルが落ちてきたら怖いよね」とか言ってて、3月24日に青森県沖の日本の排他的経済水域の内側に落下したってニュースを受けて喋ってたんだろうけど、どうも弾頭がついてるかついてないかの区別がわかってないみたいなんだね。

発射実験で弾頭のついてないミサイルが落ちてきたって、巨大なドラム缶が落ちてくるようなもんで、そりゃ万一直接当たったら死ぬけど、その確率はゼロに近いでしょう。それを核爆発で都市が壊滅するみたいにマスメディアの連中が喋ってるわけ。

もちろん金正恩の核武装計画は許しがたい。しかし、日本はそういう問題を客観的に論ずる用意ができてない感じなんだな。

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Photo by Shinya Nishizaki

田中 口を酸っぱくして言い続けねばならないのもイヤハヤだけど、政治や外交の至らなさを本来は指摘すべき存在の「メディア」の劣化は深刻。

朝日新聞も「プーチン巨悪、ゼレンスキー賞賛、バイデン追従」だ。これまでネトウヨが朝日を潰せと騒いでいたのとは全然違う文脈において、もう朝日は有楽町マリオンや中之島フェスティバルタワーの不動産管理会社に集中すべきかもよ。

新聞を残したいなら、月刊誌「ル・モンド・ディプロマティーク」のデジタル日本語版も存在するフランスの日刊紙「ル・モンド」くらいの規模にして、時々刻々の国内ニュースは共同通信と時事通信からの配信記事に集約して、残りで署名記事を堂々と書けばいい。でもそうならないのが宅配制度に安住する日本の新聞社の悪しき構造なんだよ。量の拡大どころか量の維持も難しいんだから、質の充実こそ選択肢なのにね。

浅田 現状があまりにひどいんで、珍しくBSフジのプライム・ニュースに出てウクライナ戦争を語ったんだけど、櫻井よしこを筆頭とする右翼のプロパガンダが主流とはいえ、ぼくを呼んだり、あるいはたまたまぼくの住む選挙区の伊吹文明(自由民主党・元衆議院議長)と穀田恵二(共産党・衆議院議員)を呼んだり、そういうセンスがあるわけね。中道がどんどん中道右派から右翼へと引きずられつつある中で結果的にそれに追随する他のメディアよりまだいいんじゃないかな。

自民党内には安部晋三元首相の言い出した核シェアリング論に同調する連中もいるけど、党内の安全保障調査会で一応議論したものの「日本にはそぐわない」とした。「大阪維新の会」の大阪都構想をめぐる住民投票も自民党と共産党の事実上の共闘で否決した。最低限のリアリスティックな常識が残ってるのがこの両党とは!

田中 その共産党が「野党共闘」と称して立憲民主党と昨夏の横浜市長選で擁立した山中竹春「コロナ専門家」市政の迷走を最も的確に指弾しているのは横浜市会の自民党。実に天晴れだよ。

他方で共産党は、公約に掲げた主要課題を一つとして予算化せず、彼の職場だった横浜市立大学の現役教授らから「パワハラ」等の不当圧力疑惑で2度も告発され、いずれも横浜地検が正式受理して捜査中なのに忠言もせず、逆に市政の停滞は市会多数派の自公が協力しないからだと居直り、ウルトラ無党派層の市民から呆れられている。

思うに共産党は「不確かな与党」にアグラをかかずに「たしかな野党」の原理原則を貫くべきだと思うけど、「負けて兜の緒を締める」べき僕がこれ以上言うのもなんだから(苦笑)、「アベクロ(安倍晋三・黒田東彦)」経済政策のツケが危機的段階に陥っている日本、5月10日に尹錫悦(ユン・ソンニョル)新大統領が就任した韓国を始めとする話題も含めて次回以降に「呆談」するとして、ここまで意を尽くして「ウクライナ問題」を2人で話しても、「憂国呆談」は親ロシア、反アメリカの「非国民・反日対談」だとSNS上で騒いでいる自称・自笑・自傷「意識高い系」の皆さんに、以下のアメリカの現実をお伝えしておくよ。

世界20ヵ国に拠点を置く「ブランド・ファイナンス」というコンサルティング会社が3月半ばに調査した「Who Is To Blame For The Conflict In Ukraine?」では、ロシアに非が有ると日本の8割が回答し、英独仏でも6割台だったのに対し、意外にも4割に留まったアメリカでは、逆にアメリカに非が有りと2割が答えている。

経済的新自由主義者が集う世界経済フォーラム「ダヴォス会議」で世界中の各業界のブランドイメージを発表することで知られる調査会社のデータというのが興味深い。

実際問題、同時期にロイター通信が調査会社イプソスと合同で実施したアメリカでの世論調査ではジョー・バイデン大統領の支持率は40%と就任以来最低の数値を記録している。

支持率が共和党員10%、民主党員77%と対極なのは予想通りとして、無党派層の支持率が27%という低スコアなのは象徴的だ。

一般的に戦争が始まると大統領の支持率は急上昇する。1991年の湾岸戦争開始直後にジョージ・H・W・ブッシュ大統領の支持率は89%、2001年の9・11テロ事件直後には息子のジョージ・W・ブッシュが91%だった。

「ウクライナの民主主義を守るための武器貸与法(レンドリース法)」に基づき、年間の軍事費が60億ドルだったウクライナへ、なんと400億ドル≒5兆2千億円も注ぎ込む予算案が(しかもバイデンが当初求めた330億ドルを70億ドルも増額して)賛成368・反対57の翼賛体制で5月10日に下院で可決したけど、当のアメリカ国民はウクライナ問題に無関心、無反応なんだよ。

「No War」と唱えずに「ウクライナ頑張れ」と叫び続ける日本メディアの報道とは異なり、11月の中間選挙に向けて一発逆転を狙うバイデン政権は前途多難だ。

そうしてフォーリン・アフェアーズのチーフ・コラムニストのギデオン・ラックマンが「ザ・フィナンシャル・タイムズ」に寄稿した「『ロシア弱体化』掲げる危険」の最後で、「「ナチスとの戦い」とか武器貸与法といった言葉が目立つが、この戦争は第2次大戦よりも、侵攻・占領を続けるソ連軍と戦うアフガニスタンを米国とその同盟諸国が10年近く支援し続けたアフガン戦争に近い」、「塹壕(ざんごう)を互いに掘り、広範囲に及ぶ前線で両陣営が何年も消耗戦を繰り広げた1914~18年の第1次世界大戦にむしろ近いとさえ見る人もいる」と述べているのに尽きるかも知れないね。

哀しいかな21世紀に入っても、「戦争は最大の公共事業」というOSの儘なんだよ、考える葦たる人間は。

(了/次回は6月掲載予定です)

この対談は全3パートのうちの3回目です(Part1はこちらから/Part2はこちらから)。

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