【球界ここだけの話(2205)】桑田真澄氏 尻が腫れ上がって自転車に乗れなかった小学校時代

【球界ここだけの話(2205)】桑田真澄氏 尻が腫れ上がって自転車に乗れなかった小学校時代

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  • 更新日:2021/01/15

巨人の1軍投手チーフコーチ補佐に就任した桑田真澄氏(52)。これまでアマ球界で指導するにあたって、持論としていたのが「指導者と選手が服従で結ぶつく時代は終わった」。その原体験は小学時代の“ケツバット”にさかのぼる。

現役引退から半年が経過した2008年9月。当時、神奈川県川崎市のボーイズリーグ「麻生ジャイアンツ」の会長を務め、毎週土、日曜日は指導に汗を流していた桑田氏との雑談の一コマだ。

「基本的には褒めて育てる。人間誰しも褒められたらうれしいからね。でも、時には叱るよ。プレーでの失敗はいいんですよ。ただ、あいさつや練習態度が悪かったら許さない。そういう子供たちには1、2回目までは注意で済ませるけど、3回目は『チームを辞めるか、僕に殴られるか、どっちか選べ!』って言います。もちろん、本当に殴ったりはしませんけどね」

そこには自身の少年野球時代の苦い記憶があるという。全体ノックで他の部員がエラーするたびに、主将を務めていた桑田少年も指導者から“ケツバット”を受けた。「殴られるたびに、『ありがとうございます』ってね。そういう時代でしたから。帰宅するときは尻が腫れ上がって自転車のシートに座れなかった。だから、いつも立ち漕ぎ(笑い)」。ただ、少年は一度たりともそれを愛情だと受け取ったことはなかった。「叱ると怒るは違う。叱るのはそこに愛情がある。ある意味、怒るのは一番楽な指導法なんですよね。PL学園時代は叱られたけど一度も体罰はなかったし、野球人として一番成長できた」と振り返った。

翌09年に早大大学院に合格し、東京六大学リーグの選手たちにアンケートを実施。「時として体罰は必要」との回答が80%以上にのぼったことに大きな衝撃を受けたという。それから十数年…。アマ球界の悪しき伝統は完全に払拭されたとは言い難い。

さて、今度はプロ球界での初指導。50歳を過ぎた頃から講演会などで「野球で言うと、そろそろ七回に入ろうという年。勉強はもういいかなと。プロの指導者として早くユニホームが着たい。どの球団でもお話をいただけたら、いこうかなと思っています」と語ってきた。その実績や経験はもちろん、早大大学院や東大大学院で学んだ野球理論の還元が期待される。リーグ3連覇に向けて、今季巨人の“最大の補強”が桑田コーチとなるかもしれない。(東山貴実)

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リモート会見を行う巨人・桑田真澄コーチ(球団提供)

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