「スポーツへの風当たりが強い状況は残っている」。金メダリスト宇山賢が考えるフェンシング界の今後

「スポーツへの風当たりが強い状況は残っている」。金メダリスト宇山賢が考えるフェンシング界の今後

  • Sportiva
  • 更新日:2021/09/15

フェンシング エペ・宇山賢インタビュー(後編)

前編:補欠登録で「僕は、必要なのか?」と苦悩も>>>

◆前編:補欠登録で「僕は、必要なのか?」と苦悩も。宇山賢が振り返るフェンシング男子エペ団体の金メダル

日本男子フェンシング エペ団体チームの金メダル獲得に、「ケタ違いの反響があった」と話す宇山賢は、東京五輪に向けて2年ほど前からプレースタイルの変更に取り組んでいた。その過程、五輪を終えたあとの日々、多くの人に注目を集めることになったフェンシング界の未来について語った。

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東京五輪で金メダルを獲得したフェンシング男子エペ団体。右が宇山賢

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――金メダルを獲得してから、宇山選手の日常生活に変化はありましたか?

「『五輪の金メダル』が持つ重みか、放たれる謎のオーラというのか......。その力の大きさにビックリさせられています。僕としてはいつもどおり試合をやった感覚なのですが、本当に多くの反響がもらえていますね。その状況を不思議に感じることもありますが、それが五輪でメダルを獲ることの難しさを証明しているように感じます」

――ちなみに、フェンシング以外で今やってみたいことはありますか?

「趣味の音楽に没頭したいですね。ひとりでスタジオに行って、ドラムを叩きたいです」

――自身のSNSで、ギターを弾く動画をアップしていましたが、ドラマーでもあるんですか?

「中学2年の時に友人のバンドに誘われて、独学でドラムを始めたんです。でも、実際に文化祭でライブに出演してみると、ステージの前方で演奏しているギタリストやボーカルが羨ましくて。それでギターを始めました。

社会人になってからは、ひとり暮らしのマンションでエレキギターを弾く機会が増えました。最近では、RADWIMPSさん、King Gnuさん、Official髭男dismさんの曲を弾くことが多いですが、さまざまなアーティストの曲を探して演奏を楽しんでいます。コピーしたくても、難しすぎて弾けない曲もたくさんありますが(苦笑)」

――東京五輪の試合前に聴いていた曲はありますか?

「RADWIMPSさんの『会心の一撃』という曲です。冒頭のギターの速弾きを目覚まし

にしていました。団体戦の日は、朝6時くらいに会場に向かうスケジュールだったこともありますし、『やってやるぞ!』みたいな曲のイメージも合うかなと。

フェンシングのフットワークや、アタックをする時もリズム感は重要なんですよ。コーチからも、『ツーテンポでアタックに行く』といった指示があるくらいですから。僕は、拍やリズムで説明されたほうがしっくりきますね」

――宇山選手は、高校時代にインターハイ優勝、同志社大学では全日本学生選手権3連覇や、全日本選手権優勝も経験。早くから輝かしい成績を残してきたようにも感じます。

「いえ、大学の時には海外の試合でなかなか思うように勝てなかったこともあって、競技は大学でやめようと思っていました。実際に就職活動をして、フェンシングは続けながらも仕事がメインになっていた時期もあります」

――しかしその後、2015年と2016年のワールドカップで2位に。そこから東京五輪で活躍するまでに飛躍のきっかけがあったんですか?

「3年前くらいに、当時のコーチ陣から『五輪に向けて、プレースタイルを変えてくれないか?』という提案を受けたんです。当時の僕はディフェンスが中心で、得点のほとんどをカウンターから奪うプレーヤーだったのですが、ちょうど伸び悩んでいた時期と重なっていたこともあって。ディフェンスをしながらも、オフェンスを織り交ぜていくプレースタイルを取り入れることになりました」

――オフェンシブなスタイルへの変更は、どのように始めたのでしょうか。

「きちんとアタックを打ちきった時には成功率が高いというデータがあったので、そういうアタックを増やすことから始まりました。積極的な仕掛けは、カウンターを食らうリスクとの隣り合わせでもあるので、ディフェンスとのバランスを取るのがなかなか難しいんです。それでも東京五輪の代表選考が始まる2019年4月頃にはある程度の形になり、安定したプレーができるようになりました」

――これまでのプレースタイルへのこだわりや、変更への不安はありませんでしたか?

「ひと言で『アタックを伸ばす』と言っても、強化ポイントを"潰していく"地道な作業の連続で、さまざまなことに取り組む必要がありました。僕はこれまでの試合の分析、対戦相手の特徴、自分の失点パターンなどのデータと向き合うのが少し苦手なので......。当初は『本当にできるかな』という心配もありましたね」

――さまざまなデータを見て、どのような変化がありましたか?

「一番納得させられたのは、どんな質のアタックをしても、数字上は1回としてカウントされるという点ですかね。たとえば、『相手よりも先に前に出て仕掛ける』というプレーをしたとします。そこで100%の全力で飛び込んだ時も、カウンターを狙ってビビりながら前に出た時も、数字では同じ1回のアタックとしてカウントされるんですよ。

僕は、それがすごく悔しかった。きちんとカウントしてもらうために、しっかりアタックを打ちきる意識が芽生えました」

―――東京五輪での金メダル獲得により、男子エペ団体の主将を務めた見延和靖選手が、所属先のネクサス株式会社から1億円の報奨金を授与されたことも大きな話題になりましたね。

「ふだん、僕は三菱電機のショールーム兼イベント施設を運営する仕事に携わっています。そういった仕事の視点から、あのニュースの反響の大きさを見た時に『宣伝という点でも、すごい効果だな』などと考えてしまって(笑)。もちろんそんな狙いはなかったでしょうけど、思わず現実的な見方をしてしまいました」

――そのニュースだけでなく、フェンシング界は大きな注目を集めていますが、宇山さんが感じている今後の課題は?

「まずは、コロナ禍をどう乗り越えていくかだと思います。東京五輪の開催直前まで、『今回の五輪は、価値や意味すらも持たない』という論調も一部であったように、スポーツへの風当たりが強い状況は残っているように感じます。競技者が、スポーツのあり方や価値と向き合っていく姿勢が、より重要になっていくのかなと思います。

ポジティブな面としては、新しく会長に就任した武井壮さんが、老若男女の誰もが簡単にフェンシングを体験できるような試みを進めてくれています。多くの人に剣を使う楽しさを感じてもらえたらうれしいですね。

今後のフェンシングの普及、強化につなげていくという点では、フェンシング教室がまだまだ少ない。フェンシングは広いスペースが必要なので難しい部分もありますが、競技を体験できる場所を増やし、いい循環を生み出せたらいいなと思います」

――武井壮新会長とは、五輪の前後で何かやりとりがありましたか?

「就任当初のご挨拶や、SNSを通じてやりとりをさせていただいています。『最近、調子はどう?』などと気を遣ってくれるのは、選手としてもありがたいです。東京五輪の団体戦では、試合の途中で白いスーツに黒いTシャツで『目立つ方がいるな』と思ったら会長で(笑)。これからフェンシングを広めていくにあたって、強い発信力がある武井会長の存在は心強いです」

――最後に宇山選手自身の、今後の目標を聞かせてください。

「これまで、東京五輪に向けて全力で走ってきたので、今後のことはまだ何も決められていません。会社や家族と話し合いながら、自分自身の人生と向き合って、どういったことをしていくかをじっくり決めていきたいと思います」

■宇山賢(うやま・さとる)
1991年12月10日生まれ。香川県出身。中学校からフェンシングを始め、高松北高校2年時にインターハイ優勝。同志社大学に進んでからは全日本学生選手権で史上初の3連覇を果たし、4年時には全日本選手権でも優勝した。2015年8月に三菱電機に入社し、2018年のアジア競技大会のエペ団体で優勝。東京五輪ではリザーブでの登録ながら、1回戦から決勝まで出場を続けて金メダル獲得に貢献した。公式ツイッター>>@satofen1210

白鳥純一●取材・文 text by Shiratori Junichi

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