
グスマンに判定勝ちし、右手を突き上げて歓声に応える那須川天心【写真:荒川祐史】
那須川天心ボクシング転向2戦目
ボクシングの東洋太平洋スーパーバンタム級8位・那須川天心(帝拳)が18日、東京・有明アリーナでの123ポンド(55.79キロ以下)契約8回戦でメキシコバンタム級王者ルイス・グスマンに3-0で判定勝ちした。4月に判定勝ちでボクシングデビューし、今回が転向2戦目。初のKO勝ちはお預けとなったが、ジャッジ3者とも80-70をつける完勝だった。
4月のデビュー戦も完勝ながら判定決着。自身はもちろん、ファンにも物足りない結果に否定的な声が聞こえたが、自分の意志を貫いてきた。ボクシングを本格的に始めて1年にも満たない新人。高すぎる期待を受けながら邁進する姿には、また一つの楽しみがある。戦績は25歳の那須川が2勝、27歳のグスマンが10勝(6KO)3敗。(文=THE ANSWER編集部・浜田 洋平)
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確かな違いを見せるには、1分あれば十分だった。初回だ。那須川から左カウンターが炸裂。早くもダウンを先取し、拳を突き上げた。2回以降も打ち下ろしの左やボディーでぐらつかせる展開。フックも織り交ぜ、6回にはロープ際でラッシュ。7回に2つ目のダウンを奪い、最終8回の終了間際にも左を決め、後ろ向きにぶっ飛ばした。
KOはできなかった。ボクシングは難しい。ポジティブ思考の那須川も悔しさを滲ませた。
「ダウンで進化した姿は見せられたと思うけど、最後の最後がうまくいかない。人生うまくいかないもんだなって。お客さんがいる以上、KOでスカッと勝ちたかった。相手が何もしてこない時に『どうやって攻めよう』と迷いました。打ってきた相手に合わせることを練習してきたけど、それだけになってしまった。前回より強くなっているけど、まだまだ」
4回に左拳を痛めたが、「そういうのも含めて試合。左が打てないなら右を使うべき」と猛省。KO勝ちを豪語していただけに、物足りなく映る結末だったかもしれない。だが、まだ2戦目。課題を多く抱えつつ、成長はあった。
4月。キックボクシングから殴り込みをかけ、ボクサーデビューした。抜群のスピードを武器にほとんどパンチをもらわず、大差判定で圧勝。しかし、SNSなどから「倒せなかった」「KOできていない」と小石が飛んできた。揚げ足取りは否が応でも目に入ってくる。
「そこしか言うところがないのかな」と生来のポジティブ人間には効かない。そもそも、「ネットの声は意識していない。フィクションです」と言い切る。誹謗中傷が社会問題になり、悩みを告白するアスリートも多い時代。ブレない心の強さを持つ。
「何も気にならないですよ、マジで。『じゃあやってみろ』『面と向かって言ってみろ』って話じゃないですか。俺は人が書いているものじゃないと思っています。全部、AIか何かがやっているんだなぁって。そういう人たちのことを心から馬鹿にしています。だから、何も思わないです。
自分のスタイルを見せていくだけ。その人たちに合わせるつもりもないし、自分のやるべきことをしっかりやっていく。今回は自分が倒しに行きたいから倒しに行く。あとはチームです。今の世の中はAIとかSNSで溢れていますけど、会って話すのが一番大事だと思うんです。チームの人たちと毎日会っているし、毎日ちゃんと話をしている」
課題や短所を指摘してくれる人は近くにいる。顔の見える彼らも本気。だから、心から信頼できる。
デビュー戦からレベル上げの日々「人生を懸ける価値のある競技に出会えた。だから…」
ボクサー本格転向からわずか半年で迎えたデビュー戦。ステップワーク、ジャブ、ストレートの練習にほとんどの時間を割いた。課題が山積みなのは当然。「ボクシングで通用するパンチではない」。元世界2階級制覇王者・粟生隆寛トレーナーと映像、写真で試合を見返した。シャドー、ミット打ちで拳の握り方、パンチのフォームを丁寧に確認する日々。強く打ち込む感覚を磨いた。
この間、山中慎介氏、村田諒太氏など帝拳ジムの歴代世界王者たちも経験し、過酷と知られる走り込み合宿に初参加した。しかも2度。打ち上げから4日経っても「足がずっとガクガク」と疲労困憊だったが、それすらも喜びに変えた。
「やっぱ強くなってるんですよ。1回目は全然ついていけなかったりもしたけど、2回目は走れるようになっている」。趣味のゲームと同様、自分のレベル上げは大好き。名門ジムでは求められるハードルが高く、「お前ならできるっしょ」という空気感。「できますよ。当たり前じゃないですか」。毎日が挑戦。「日々、自分のベストを出してきた」。しんどいことも望むところだ。
最も近くで見てきた粟生トレーナーは「生き方を変えられる。だから習得が早い。普段の生活を変えるだけでボクシングに生きるなら、何とも思わない子」と表現する。実際、ボクサーになって歩き方を変えた。かかとを地面に付けないのはステップワークに生かされている。
短ければ1か月半ほどで試合をしてきたキック時代と違い、今回の空白は5か月。濃密な時間に伝えたいことが詰まっていた。外野の声には目もくれない。
「5か月、普通に生活をしたらあっという間だと思う。けど、毎日本気でやれば変われる。人は本当に本気を出せば、これだけ成長できるというところを見せたい。僕は人生を懸けてやっています。人生を懸ける価値のある競技に出会えた。だから毎日楽しいし、成長も早い。楽しい時間に勝るものはない」
全身全霊だったから、2戦目を前に「このために生きてきた」と繰り返した。だが、KOできなかっただけに、今回もそこを突く声が出るのは必至。高い期待の裏返しだが、早期のタイトル獲得を望む声もある。
多くの世界王者を輩出し、プロモーターとして60年以上ボクシング界を見てきた帝拳ジムの本田明彦会長は、プロ転向後すぐに世界王者になったワシル・ロマチェンコ、井上尚弥を引き合いに「彼らが異常なだけ。普通は時間がかかるもの」と慮る。
「天心はボクシングファンとの闘い。アンチが多い。でも、若い層のファンが増えているのはデータにも出ています。その中で10戦目までの世界挑戦は絶対にさせません。というか(実力的に)できません。途中で壊した方が恥です。メイウェザー、デラホーヤなど有名な選手の戦績を見てほしいです。大事に行かないといけません。ボクシングはそう甘くない」
那須川が明かした境遇への本音「僕は格闘技デビューしてからずっと……」
話題を求めて実力に合わない相手との試合を組み、選手をダメにしてしまっては本末転倒。ましてや命の危険がある競技。そうやって消えていった選手だっている。今後のマッチメークは本人の成長に合わせて決める方針は変わらない。3戦目は来年1月か2月頃だという。
「次も経験を積めて、課題を残すような相手。スピード、反応、身体能力、頭脳、私が60年以上やってきて見たことがないものがあるのは確か。だから、大事に育てています。ボクシングを知らない、チケットを買って試合を見ない方々の意見は気にしません。その代わり絶対に世界王者にします。期待していてください。時間はかかります。それでも、世界王者になることは私が保証します」
那須川自身、日々試されることについて「正直、何とも思わない」と意に介さない。試合後の会見で境遇に対する本音を明かした。
「いろんなことを言われるのはわかります。僕は格闘技デビューしてからずっと言われている。でも、何か言われたからどうこうするとかではなく、自分がただ強くなりたい。『最強になりたい』と思ってずっとやっている。それに付いて来てくれる方は付いて来てもらえれば嬉しいですし、そう思わない人はもうそれでいいのかなと。僕は強くなることだけを目指してやるだけです。
いろんな情報があって何が本当か嘘かあまりわからない世の中だけど、僕は応援してくれる人とチームを信じて、最強の道を突き進んでいこうと思う。僕を信じてくれれば間違いないと言えるような選手になりたいと思っているので、努力を続けたい」
WBC世界バンタム級王座を12戦連続防衛した山中氏が、かつて語っていた言葉を思い出す。「周りの評価なんて1試合で変わりますから。ほんまに」。那須川は厳しい目を向けられ、高い期待と向き合い、試される日々が続く。
「そういうストーリーをみんなで見守ってくれればいいなと思います」
時間をかけ、人の成長を追えることもまた一興だ。
(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)
THE ANSWER編集部・浜田 洋平