誰が「大阪市」を守ったか──組織と個人の戦いだった「都構想」住民投票

誰が「大阪市」を守ったか──組織と個人の戦いだった「都構想」住民投票

  • ハーバービジネスオンライン
  • 更新日:2020/11/25
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都構想否決直後、取材に答える自民党の川嶋広稔・大阪市議。テレビでは、公明党府本部の佐藤代表が敗戦の弁を述べていた

◆市議の実感「自民党が勝ったわけじゃない」

「これは市民のみなさんの勝利。自民党が勝ったわけじゃない。そこを私たちは勘違いしたらあかんと思います」

大阪市廃止・特別区設置の住民投票、いわゆる「大阪都構想」の二度目の否決が決まった直後、自民党の川嶋広稔・大阪市議は言った。11月1日の夜11時過ぎ、同市東成区にある彼の事務所で向き合った時のことだ。

テレビでは、大阪維新の会代表(21日に代表辞任)の松井一郎・大阪市長、代表代行(21日に代表就任)の吉村洋文・大阪府知事、公明党大阪府本部代表の佐藤茂樹・衆院議員が並んで会見し、松井が「敗因は私の力不足」「これほどの問題を提起できたことは、政治家冥利に尽きる」と、前回2015年の橋下徹市長(当時)と寸分違わぬことを述べていた。

10年余り前、府議だった松井が「都構想をやろう。ワン大阪や」と持ち掛け、府知事だった橋下が乗ったところから始まった都構想。それが僅差とはいえ、二度にわたり否決されたことは、市民の多数が大阪市の廃止を望んでいないというシンプルな事実と同時に、この間、大阪を席巻してきた維新の政治手法と、それに追随する在阪マスメディアの報道の限界をも示したと私は考えている。

市民が必要性を感じてもいなかった事柄を政治家や政党が自らの思惑で争点化し、賛成か反対かと迫って分断・対立させる。マスメディアはその問題設定を疑うことなく、推進側である首長の発言や議会の駆け引きなどの政局報道にばかり熱を上げる。こうした「上からの民主主義」に対し、「そんなものはいらない」と市民が拒否した結果ではないか、と。

◆結果が意に沿わねば従わない維新

今回の住民投票は、「組織」対「個人」の戦いだった。

政党の論理と事情で人を動かし、府市で作る「副首都推進局」を使って世論誘導を図る賛成派に対し、反対派には、全体をまとめる組織もなく、前回の柳本顕・元大阪市議のように、先頭に立つ象徴的人物もいなかった。にもかかわらず、個々の市民や小さなグループが自発的に、草の根的な運動や情報発信を行い、さまざまな立場から「反対」の声が積み重なることによって、中盤まで明らかに不利とされた情勢を覆す流れができていった。そうして、大阪市を潰そうとする上からの強権的な動きを止めた。

維新の首長や議員たちは、都構想否決直後こそ、「重く受け止める」と語っていたが、数日と経たないうちに、今度は市の権限と財源を条例で府に移すと言い始めた。しかも、過去の議論で公明党が提唱したものの、とっくに消え去った「総合区」を導入し、現24区を8区にするという。自分たちがあれほど「究極の民主主義」と言ってきた住民投票も、結果が意に沿わなければ、従わない。どうしても「二重行政」の問題にして、強引に制度改変を進めようとする。これは、大阪市という政令指定都市の存続を望んだ市民の選択を踏みにじるものだ。

川嶋議員が述べた「市民の勝利」とは、具体的にどういうことか。誰が、どのようにして大阪市を守ったのか。住民投票から3週間が経つ今、あらためて振り返っておきたい。

◆「負けたら大阪にいられない」という覚悟

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川嶋議員が地元商店街の空き店舗に開設した説明ブース

住民投票の運動が行われた3週間、私は川嶋の動きに注目していた。2007年に初当選して4期目の自民党市議団副幹事長。同党には今や珍しく、世襲議員ではない。大手企業を脱サラ後、家業の印刷業を約10年間手伝い、市議となった。都構想をめぐる論戦では、反対派を代表する論客として法定協議会で中心的役割を果たした──毎日新聞が報じた「基準財政需要額」の試算も、彼が繰り返し求めていたものだ──が、周囲の評では一匹狼的なところがあり、「早口で理屈が勝ち、話がわかりづらい」と言われたりもする。

私は以前の取材で「住民投票に負けたら、もう大阪にいられない。離れようと思う」と彼が漏らすのを聞いていた。背水の覚悟で臨む戦いを見届けようと、動きを追ったのである。

以前、当サイトにも書いたが、自民党の大阪府連は個人商店の集まりのようなもので、組織としてのまとまりが弱い。今回も、府議の一部が都構想に賛成を表明し、足並みは乱れた。党本部の支援もなく、運動費用は維新が4億円と言われたのに対し、自民は議員のカンパや党員の寄付も合わせて5000万円集めるのがやっとだった。

「府連からもらう分以外に、自分でもチラシを刷ったり、看板を作ったり。本も出版したけど(『とことん真面目に大阪都構想の「真実」を語る!』公人の友社)、500部は自分で買い取ったから、持ち出しも多いですよ。スタッフを雇うお金なんかないから、一人で軽自動車を運転して、これでしゃべりながら市内を回ってね」と、川嶋はヘッドセットマイクを指し示した。

◆市民が自分で情報を取り、考え抜いた

運動期間中、そんな彼の姿を私は何度も見ている。だが、市民の関心を集めていたとは言い難い。告示の10月12日、心斎橋で柳本と並んだ街頭演説では、足を止める者はほとんどいなかった。2週目の同19日には、地元の東成区大今里の商店街で支援者から空き店舗を借り受け、説明ブースを開設した。ある日の午後、しばらく見ていたが、1時間余りの間に訪れたのは3人。川嶋は解説動画を流しながら、特別区になれば住民サービス低下の恐れが大きいことや防災体制の懸念などを熱心に説いていたが、とても効率的とは言えない。

投開票当日の夕方には、最後の街宣をする彼の車に同乗し、区内を回った。

「都構想の投票締め切りまで、あと1時間半です。大阪市を廃止する大きなリスクを負うかどうか、よーく考えて大切な一票を行使してください。不安な方、少しでも反対の気持ちがある方は、ちゃんと投票に行ってくださいね。後悔することだけはないように……」と抑えたトーンで語りながら、暗くなった住宅街や商店街の狭い道を走る。道順や地域事情が頭に入っているから、他人に任せるより、自分で運転する方がよいのだという。

だが、「手ごたえはさっぱり」というのが、川嶋の実感だった。期間中、顔を合わせるたびに聞いてみたが、答えはいつも同じだった。こうした経緯があるだけに、「自民党が勝ったわけじゃない」という否決直後の言葉には実感がこもり、よく理解できた。市の存続決定にとりあえず安堵しているものの、喜びに沸き立つ言葉や表情は一切なかった。

「自民党が運動の柱になれない中で、市民のみなさんが自分で情報を取り、考え抜いた。私のブースにも、知り合いに配るからとチラシを何十枚も取りに来た方がいました。それぞれが大阪市への思いを持って動いてくれはったおかげやと思います」

◆政党の縛りか、市民の自発的行動か

では、反対運動を担う「市民」はどこにいたか──。

朝夕の路上でのチラシ配りや街頭演説。自治会や市民団体が開く勉強会や講演会。新型コロナ対応で逼迫する保健医療関係者の運動。大学研究者たち132人の声明と記者会見。市民や学生のグループが企画した討論会はネット中継され、SNSでも多くの声が上がった。そして投票当日、投票所前で看板を掲げて立つスタンディング宣伝……。

前回のように党派を越えた連携は見られず、コロナ禍もあって、大勢が集まる機会こそなかったが、さまざまな場所で個々ばらばらに散らばって、いわばゲリラ的に運動が展開された。今里の商店街を歩いていると、「昼休みの1時間だけ仕事を抜けてきた」と看板を掲げる女性2人組がおり、梅田では「昨日、市民団体の事務所でチラシをもらってきた。こんなことするの初めてです」と、たった一人、慣れない様子で配る若い男性に出会った。

マスメディアを通じた松井や吉村の知名度を強みに、要所要所で大規模な街頭演説を行い、形勢が悪いと見るや、公明党の山口那津男代表を呼んで、支持者で路上を埋め尽くした賛成派の動きとは、大きく異なっていた。政党の縛りによる上からの動員か、市民が自発的に行動した下からの運動か、という点においてだ。

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維新の松井、吉村両氏と並んで梅田で演説する公明党の山口代表。周辺の歩道は支持者でごった返した

組織命令の限界を思い知らされたのが、公明党だろう。前回の反対から、今回は創価学会総本部の指示で賛成に転じたが、票をまとめきれず、出口調査によれば、支持者は真っ二つに割れた。理由の一つに、公明の大阪市議OBたちの反対運動がある。市議を32年務め、市議団団長や副議長も務めた重鎮の中西建策氏を中心に、十数人が大阪市存続を訴えて動いた。

中西氏はYou Tubeチャンネルを開設し、自ら書き下ろした冊子を作成。戦後の大阪市政を振り返り、政令指定都市だからこそ発展してきた都市の歴史を「孫たちに語る」というスタンスで語った。創価学会員のある女性は、「最初は上から賛成するように言われ、従わなあかんのかとモヤモヤしていましたが、あれを見て、ああ反対してもええんやと思った」という。

◆在阪メディア「維新政局報道」の限界

川嶋を取材していた中では、10月21日に淀川区の十三で開かれた公開討論会が印象に残る。住民投票に詳しいジャーナリストの今井一氏が企画したものだが、賛成派は維新の府議と市議が出たのに対し、反対派は川嶋ともう一人、市民代表として國本依伸弁護士が登壇した。議員同士だと、法定協やテレビ討論のように、制度の詳細をめぐって互いの主張を言い合うだけで終わるところを、國本氏は市民の目線から根本的な疑問を投げかけた。

たとえば、維新が主張する「二重行政」とは何か。國本氏が「定義がどこにも示されていない。府市の調整ロスがある前提で話をされるが、それによって事業や投資が停滞した具体例を挙げてほしい」と問うと、維新府議は万博の開催地を例に挙げ、「もしも府だけで誘致すれば、会場は大阪市内にならない。府と市の間で感情的に調整がつかない」と口にした。二重行政とは制度の問題ではなく、両自治体の首長や職員間の「感情的対立」であることを吐露してしまったわけだ。対立があるのなら話し合いで解決するのが政治家の本来の仕事であり、「面倒だから片方を潰してしまえ」というのは、ただの暴論である。

ほかにも、市をなくせば、大阪市民が広域行政について選挙で民意を示す機会が半分に減ること、都構想で経済成長するという宣伝に何ら根拠がないことなどを國本氏は質疑で明らかにし、「そんな曖昧な根拠で130年続いてきた都市を潰すのはあり得ない」と主張した。いずれも制度設計や財政シミュレーションといったテクニカルな問題以前の、基本的だが、きわめて重要な論点である。

こうした市民個々の動きや情報発信が前回以上に活発だったにもかかわらず、マスメディアで報じられる機会は少なかった。私の知るミニコミ紙記者は「反対派の市民運動の現場で、新聞やテレビの記者に会うことはほとんどないですね」と話していた。

これを聞いて思い出したのが、5年前に『誰が「橋下徹」をつくったか』を書いた当時に取材した在阪テレビ局ディレクターの言葉だ。住民投票の報道を、彼はこう評していた。

「橋下氏をヒーローのように扱う一方で、反対派は、自民から共産までが手を組んだ顔の見えない既成政党の集団みたいな見せ方になっているでしょう。ほんとうは、学者や地域のさまざまな団体もこぞって反対し、若い子たちがボランティアでビラを配ったりしていた。そういうことが全部なかったことになっている」

これは、在阪メディア記者たちに根強くある維新や都構想へのシンパシーを指摘する言葉でもあった。日々、役所を足場に、首長にぶら下がって話を聞くことが最重要の仕事になっているがゆえに、「市民」のいる「現場」が見えていない。見ようとしない。言い換えれば、維新のメディア政治と政局報道の限界ではないだろうか。

<取材・文・写真/松本創>

【松本創】

まつもとはじむ●神戸新聞記者を経てフリー。関西を中心に、ルポやインタビュー、コラムを執筆している。著書に『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』(東洋経済新報社)、『誰が「橋下徹」をつくったか 大阪都構想とメディアの迷走』(140b)など。Twitter IDは@MatsumotohaJimu

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