地球から夏を消失させた巨大噴火...インドネシアに巨大火山が生まれる理由

地球から夏を消失させた巨大噴火...インドネシアに巨大火山が生まれる理由

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/10/14
No image

日本列島で、私たちがしばしば経験する自然現象や災害が、インド洋(特にその北東側)に面する国々でも、同じように起こっていることにお気づきでしょうか。

その共通項とは、火山噴火と地震、そして津波です。インドネシアのスマトラ島からジャワ島に沿って、きれいな弧を描いて延びているスンダ海溝(「ジャワ海溝」ともよぶ)。ここで、年間数センチメートルずつ、北向きに沈み込んでいるオーストラリアプレートが、時として大地震や巨大噴火を引き起こします。

ちょうど日本列島の東方海域、千島・カムチャツカ海溝や日本海溝に太平洋プレートが沈み込むことによって、日本列島がしばしば地震や火山噴火に襲われる状況と酷似しています。

本稿では3回の連載で、日本にとって決して他人事ではない、インド洋周辺で起こる巨大地震と火山噴火に焦点を当てます。そこから日本を見つめなおすこともできるかもしれません。

(本記事は『インド洋 日本の気候を支配する謎の大海』の内容を再構成したものです)

前回の記事「過去10万年で最大の火山噴火とは?その規模、鬼界カルデラの5倍超」はこちら

「恐るべき火山」を形成するしくみ

インドネシアにはなぜ、たくさんの火山があり、大規模な火山噴火がひんぱんに起こるのでしょうか?

その答えを探るために、インド洋の深海底に注目してみましょう。

インド洋の北東部に、インドネシアの島々を外側からくるむように延びている弧状の深淵、スンダ海溝があります(図4–1a)。スンダ海溝は、インド洋唯一の海溝で、全長4500キロメートルという長さは、海溝のなかでは世界最長といわれます(『理科年表』による)。

No image

このスンダ海溝からインドネシアの島々へと続く地球深部に、恐るべき火山を形成するしくみがひそんでいました。

インドネシアと日本列島の共通項

北上するオーストラリアプレートは、スンダ海溝でユーラシアプレートの下側に沈み込んでいます。海のプレートであるオーストラリアプレートは、その内部に豊富な水を含んでいるので、深部へ沈み込むにつれて、大量の水がしみ出してきます。

この水によって、ユーラシアプレートの下側ではマントルの岩石の組成が変化して融点が下がり、溶岩(マグマ)ができやすくなります。発生したマグマは、地表に向かって上昇し、ついには噴火にいたります(図4–3)。

No image

このような火山のことを、「島弧(とうこ)火山」とよんでいます。海溝と合わせた全体を、「島弧-海溝系」とよぶこともあります。図4–1aから明らかなように、たくさんの島弧火山が、湾曲したスンダ海溝の向こう側に、海溝とほぼ平行して点々と生み出されてきました。スマトラ島からジャワ島、さらにその東へ続く島々からなるインドネシアの国土全体が、まさにこの火山列からできています。

お気づきの方も多いと思いますが、このような島弧-海溝系の火山活動は、日本列島とよく似ています。東北日本から伊豆・小笠原諸島へと南北に連なる日本列島の島弧火山群は、その東側に延びる海溝(千島・カムチャツカ海溝、日本海溝、伊豆・小笠原海溝)において、太平洋プレートが西向きに沈み込むことによって形成されたものです。

島弧火山のしくみに興味をお持ちの方は、拙著『太平洋 その深層で起こっていること』の第5章「島弧海底火山が噴火するとき」もご参照ください。そこに掲げた日本列島の島弧火山の生成メカニズム(同書の147ページ図5–1)は、インドネシアの島弧火山にもほぼあてはまります。

ところで、オーストラリアプレートは、インド洋をほぼ北向きに拡大しているので、スマトラ島に接するあたりのスンダ海溝では、図4–1aからわかるように、海溝軸に直角ではなく、斜めの角度で沈み込んでいます。その結果、スマトラ島の地下深部には、図4-1aに白抜きの細い矢印で示したような横ずれ断層(「スマトラ断層」とよぶ)が発達します。

このような断層が、横並びにいくつも並ぶと、隣り合った断層どうしをつなぐように割れ目が形成されやすくなります。こうした割れ目を、「引っ張る力によってできる空間」という意味で「プルアパート部」とよびます。その直下に火山があると、このプルアパート部に大量のマグマが蓄積されていきます。そして満杯になるまで噴火しません。

前回の記事で紹介したトバ火山が、数十万年という非常に長い時間間隔をあけて、超巨大噴火を繰り返してきたのは、大容量のプルアパート空間があるためだろうと考えられています。つまり、大量のマグマが少しずつ溜まっていき、いよいよ満杯になったときに一気に放出され、大噴火にいたるというメカニズムです。

一方、我が国の火山では、地下にこれほど大容量のマグマだまり空間をつくるしくみが存在しないため、トバ火山級の超巨大噴火は起こりにくいと考えられています。

地球から夏を消失させた巨大噴火――1257年、サマラス火山

トバ火山は、驚異的な量の噴出物をばらまき、地球環境に多大な影響を与えたことが、古環境の復元研究によって明らかにされています。萌芽期の人類が甚大な被害を受けたことは容易に想像できますが、なにしろ7万年以上も前の出来事なので、はっきりした証拠に乏しいことは否めません。

もっと現在に近い歴史時代に入ると、文字で書かれた記録をもとに、具体的な状況が再現できるようになっていきます。

そこで以下では、過去1000年間に注目することとしましょう。インドネシアではこの間、少なくとも3回の「破局的」とよぶべき巨大噴火が発生したことがわかっています。サマラス火山(リンジャニ火山)、タンボラ火山、そしてクラカタウ火山です。

これらの火山が引き起こした巨大噴火を、一つずつ見ていくことにしましょう。

サマラス火山とは、かつてロンボク島にあった火山です(図4–1a参照)。じつは、この火山の大噴火の時期が確定したのは、ごく最近の2013年のことでした。

それまでは、「1257年に、世界のどこかで、ものすごい大噴火が起こっている。それは極域の氷床コアに火山噴出物の記録がはっきり残っているから確実なのだが、いったいどこの火山なんだろう?」というように、火山探しが続いていました。最近になってやっとその正体が、サマラス火山だったことが判明したのです。

この巨大噴火によって、噴火前は標高が約4200メートルあったと推定されているサマラス火山の山体はそっくり吹き飛び、現在はリンジャニ山(標高3726メートル)に隣接するカルデラ湖として、その痕跡をとどめています。湖のほぼ中央には火口丘が成長しており、トバ火山と似た状態にあります。

No image

リンジャニ山(手前側)に隣接するカルデラ Photo by iStock

13世紀当時のロンボク島を支配していた王国が、この噴火によって壊滅的な被害を受けたことが、古ジャワ語で書かれた古文書(ヤシの葉に綴(つづ)られているそうです)に記録されていました。

その内容を裏付けるための調査が、パリ大学のラヴィーニュ博士を中心に進められ、現地での地質調査や、放射性炭素による年代測定法が駆使された結果、間違いなく1257年にここで噴火のあったことが証明されたのです。

サマラス火山の噴火によって大量の噴煙が成層圏にまで達し、世界の気候に大きな影響を与えました。噴煙の中には、火山ガス(二酸化硫黄)からできた大量の硫酸や硫酸化合物が含まれています。これらは「エアロゾル」とよばれる微粒子をつくり、1〜3年の長期にわたって地球大気を広く覆ってしまいます。

その結果、図4–4に示すように太陽光線が遮られ、地表の気温を低下させます。

No image

エアロゾル微粒子が北極や南極付近に降下すると、極域で年々成長する氷床に記録されます。その氷床をボーリングして、過去の巨大噴火の歴史をたどることができます。

図4–5はその一例で、グリーンランドで採取された氷床コア試料から検出された硫酸塩エアロゾルの含量記録です。サマラス火山によるピークが、目立って大きいことがわかります。

インド洋からは遠く離れた中世ヨーロッパにおいて、この時期の古文書をたどってみると、確かに噴火の翌年にあたる1258年は異常な低温でした。「夏のない年」となり、そのうえ洪水も重なって、農作物に甚大な被害が出たとの記録があります。

1815年、タンボラ火山

15世紀になると、西欧の大航海時代が幕を上げ、インドから東南アジア地域は、香辛料貿易などに魅せられた欧州列強による支配が強まっていきました。そして19世紀、オランダの植民地として近代化が図られつつあったインドネシアで、ふたたび破局的な火山噴火が立て続けに発生します。

1815年に起きたタンボラ火山と、1883年に起きたクラカタウ火山の噴火です。

タンボラ火山(図4–1a参照)は、ロンボク島の東隣、スンバワ島にあります。現在の標高は2851メートルの成層火山(富士山のように円錐形をした火山)です。しかし、噴火前の標高は約4300メートルと推定され、インドネシアを代表する高峰の一つでした。

No image

タンボラ山の火口 Photo by iStock

1815年4月10日から12日にかけて起こった猛烈な噴火で山体の上部が吹き飛びました。また、山頂部は陥没し、直径約6キロメートル、深さ約600メートルに達する、巨大な円形のカルデラとなっています。

噴火による火砕流の直撃を受け、島民1万2000人のほとんどが犠牲になりました(生き残ったのは、わずか26名でした)。さらに、最大波高4メートルの津波が近接する他の島々を襲い、甚大な被害をもたらしました。その後の飢餓や疫病による死者も加えると、犠牲者は10万人を超えると推定されています。

たまたま近くにいたオランダの軍艦は、「空が真っ暗になり、それは昼になっても続き、空気中に細かい灰が充満していた」と報告しています。500キロメートル離れたマドゥラ島(図4–1a参照)では、火山灰のために3日間も真っ暗の状態が続いたといわれています。

噴煙は、最大高度43キロメートルの成層圏まで到達しました。サマラス火山のときと同じように、成層圏に大量の硫酸エアロゾルが残留して太陽光を遮蔽し、全世界に異常低温をもたらしました。

翌1816年は「夏のない年」となり、北ヨーロッパ、アメリカ北東部、カナダ東部などで、農作物が壊滅的な被害を受けています。食糧不足はさまざまな社会的動揺を招き、疫病(コレラ)や暴動が各地で頻発しました。

(次回、〈インド洋中に轟きわたった「世界最大の音」の正体〉(10月15日公開予定)へ続く)

インド洋を抜きにして、地球を語ることはできない!
大陸移動から気候変動、生命の起源まで──。
世界第3位の巨海から、この惑星のダイナミズムが見えてくる!

No image

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加