「女の呪縛」 を脱ぎ捨てて自由になる―—食マンガ界の異端児『作りたい女と食べたい女』が描く女たち

「女の呪縛」 を脱ぎ捨てて自由になる―—食マンガ界の異端児『作りたい女と食べたい女』が描く女たち

  • ダ・ヴィンチニュース
  • 更新日:2021/06/11
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『作りたい女と食べたい女』(ゆざきさかおみ/KADOKAWA)

食べることについて描かれたマンガは、ページをめくるたびわたしたちの目と胃袋を刺激する。美味しそうだなぁ食べたいなぁと感じるし、我慢できなくて本当に食べちゃったりもする。けれど、すぐれた作品はそれで終わりじゃない。「食べる者たちの関係性」が必ずプラスされている。何を食べるかより、誰と食べるかが大事。よく言われることだが、それが丁寧に描かれていると、作品への愛着は何倍にも増す。

ゆざきさかおみ『作りたい女と食べたい女』も食べる者たちの関係性を大切にしている作品だ。料理が大好きなのに、ひとり暮らしのためボリューミーなものを作れず密かにくすぶっているOLの野本さんと、すばらしい体格の持ち主で、とにかくたくさん食べる春日さんが出会い、お互いをリスペクトしながら、作りまくり&食べまくりの生活を送る物語だ。

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米4合のデカ盛りオムライスや、炊飯器で作るバケツプリンを春日さんが豪快に食べるシーンは、やはり見応えがある。でも、食マンガによくある「食欲≒性欲」的な描かれ方はしていない。エクスタシー的な表現じゃなくて、なんというか、もっとこう、童心に返って一心不乱に食べる感じ。日頃の自分が背負い込んでいる大人であることや女であることを、まるっと脱ぎ捨てバクバク食べるのだ。

ごはんくらい好きにさせてくれという話であるが、女にとって、それは案外難しい。たとえば野本さんは、ただの料理好きでいたいのに、同僚社員から「いいお母さんになる」と言われてしまう。「自分のために好きでやってるもんを『全部男のため』に回収されるのつれ〜な〜〜…」という心の叫びに胸が痛む。一方の春日さんは、外食をすると頼んでもないのにごはんの量を減らされ、食べっぷりの良さに引かれ……。どこまでもついてまわる女らしさの呪縛。些細なようでいて、無視できない生きづらさ。ふたりは手に手をとって、そこから自由になろうとしている。

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作る人と食べる人、という関係が、ともすればケアする人とされる人、になりそうなところをうまく回避しているのも、本作のすばらしいところだ。春日さんはかなり早い段階で野本さんに食費を渡しているし、野本さんが生理痛でぶっ倒れた時には、焼きおにぎりを作ってあげている。食べる人と作る人はあくまで対等。時と場合によっては役割を交代することだってできる。なんて風通しがいいんだろう。でも、そういう食マンガってたくさんあるわけじゃない(よしながふみ『きのう何食べた?』は本作同様のフラットさがあって好きです!)。というか、食マンガ界ではまだまだ異端児なのかも。しかし、本作が発表当時からSNSで話題になっていることからもわかるように、読者はこの異端児を大いに歓迎している。

いっぱい作っていっぱい食べるふたりを見ていると、「女として生きていくのはなかなか大変だけど、明日からもどうにかやっていこうぜ!」と思えてくる。これぞエンパワメント。だからわたしは本作を「人生のためのフードマンガ」と呼びたい。

文=トミヤマユキコ

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