「つまずいたのは炭化した幼児だった」 被爆者の体験を絵に描く “心の傷” と向き合った高校生は...

「つまずいたのは炭化した幼児だった」 被爆者の体験を絵に描く “心の傷” と向き合った高校生は...

  • RCC NEWS
  • 更新日:2022/08/09

広島市の高校生が、被爆者の体験を「絵」にする取り組みを続けています。被爆者が77年間、抱えた心の傷と向き合い、葛藤しながら絵を制作した高校生を追いました。

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この夏に完成した2枚の絵…。被爆者の体験をもとに描かれました。

□ つまずいたのは炭化した幼児だった

1枚は、行方が分からない親せきを探して、がれきの中を歩いているときでした。黒い石につまずいたと思って、よく確認すると、それは炭のようになった幼い子どもでした。

少女はどうすることもできず、そっと手を合わせるしかありませんでした。

□ お母ちゃんを探して!

もう1枚は、少女が被爆から1週間後に叔父を探しに病院に行ったときでした。幼い子どもに「お母ちゃんを探して!」ともんぺのすそをつかまれています。

絵の制作にあたったのは、基町高校の山口 伶さんと福本 悠那さん。制作は、去年の10月から始まりました。

92歳の切明千枝子さんは、15歳のとき、爆心地から1.9キロの場所で被爆しました。

被爆者 切明千枝子さん
「心の中でもう何かにつけてこのことが思い出されるの。二度と繰り返してはいけないから、ちゃんと伝えないとなと」

― 大きさって、これくらいでだいじょうぶですか?
「うずくまり方だとか、ほとんど炭みたいになっちゃってたからね。こんなに手や足がはっきりは見えなかったと思うんだけど…」

山口さんが絵を描くうえで1番苦労したのは、炭になった幼い子どもの姿です。

基町高校 山口 伶さん(去年12月)
「うーん、なんか炭になった人っていうのは見ることもないし、切明さんのお話をもとにするしかなくて…」

何枚か描いてみて、当時の光景に近いものを探します。

山口 伶さん(去年12月)
「わたしの作品が切明さんが経験された一瞬を世界中に知らせる、教えるものになると思うので、本当に重い仕事だなと痛感していますし…」

時に涙ぐみながら当時のことを話す切明さんを見て、心に残る深い傷を感じとったといいます。

被爆者 切明千枝子さん
「この子にもお父さんやお母さんがいただろうに。元気なときは、きゃっきゃと遊んでいただろうにと思うと、思い出すたびに涙が出て、つらかったですけどね」

納得のいくまで構図や色味などを考え続けました。

山口 伶さん
「わたしにしか描けない1枚だから、わたしの描ける1枚にしよう…」

福本さんが描いているのは、切明さんが叔父を探して訪れた病院でのこと…。

血だらけの人ややけどをした人などが、焼け残った病院に押し寄せ、「地獄の様相」だったといいます。

切明さんは、幼い子どもにモンペのすそをつかまれ、「お母ちゃんを探して」と頼まれます。しかし、放してほしいという思いから、とっさに「お母さんを探してくる」とうそをついてしまったのです。

被爆者 切明千枝子さん
「あの子がどうしただろうと思ってね。できもしないことを言ってしまった。心の傷というか、申し訳ないという思いが消えない」

次の日、その子どもを探しに戻ると、姿はありませんでした。

基町高校 福本 悠那さん(去年12月)
「なんかもう絵に表すのが申し訳ないと思う。そんな悲惨で悲しい状態をこの1枚の絵で表現しきれるのかというのが不安で。すごく、こっちもつらくなってしまいます」

それでも「全力でできる限り絵に映し出したい」―。その一心でイメージが湧くまで何度も質問しました。

絵を描き始めてからおよそ半年後…。

被爆者 切明千枝子さん(ことし4月)
「わたし、もう言葉もないわ。本当に感動した。ありがとうね。書いてくださって、ありがとう」

その後も絵の披露会の日まで描き直し続けました。そして、先月、被爆者を招いて開かれた披露会…。

被爆者 切明千枝子さん
「とにかくたくさんの人に見ていただいて、戦争の恐ろしさ、平和の大切さ、そんなものを感じとっていただけたら。これから先の平和を維持するためにほんの少しでも役に立てば、うれしいかなと思う」

1枚の絵に表現できるか不安だった福本さんは…。

基町高校 福本 悠那さん
「切明さんの体験されたことに寄り添った作品を作り上げることができたのではないかと少しほっとしてます」

はじめは怖くて、原爆の映像や写真を見ることができなかったという山口さん。切明さんと出会って創作活動を進めるうちに考えが変わったといいます。

基町高校 山口 伶さん
「怖いなだけではなくて、わたしがこの世代に生まれて自分の役割がどうなのかというのを真剣に考えられるようになったと思います」

この絵を「原爆を知らない1人でも多くの人に見てほしい」と話します。

基町高校 山口 伶さん
「じっくり見ていただいて、今も証言者さんに深い傷を負わせているということを感じ取ってもらえたらうれしいです」

高校生が描いた「原爆の絵」は、8月6日から広島国際会議場で展示されています。

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