“異能の人”五十嵐亮太引退「画伯」としても有名に

“異能の人”五十嵐亮太引退「画伯」としても有名に

  • 日刊スポーツ
  • 更新日:2020/10/16
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ソフトバンク入団会見で代表インタビューに答える五十嵐亮太(2012年11月17日撮影)

ヤクルト五十嵐亮太投手(41)が15日、都内で現役引退の発表会見を行った。スーツ姿で登壇。「今シーズンで引退することを決意いたしました。今日まで平らな道のりではありませんでしたが、人の縁に恵まれました。23年間、本当にありがとうございました」と穏やかな笑顔であいさつした。

◇   ◇   ◇

12年オフにソフトバンクで国内復帰した五十嵐を取材した。年齢が近いこともあり、何度か食事をともにし、本紙コラム(西部版のみ)も担当した。中身が出色。タイトルは「五十嵐画伯の部屋」といい、得意のイラストを紹介するものだった。素人の枠を超えたような“作品”は、地元局のワイドショーにも取り上げられ「有名人になっちゃいましたよ」と笑っていた。

移動の飛行機では、野球人には珍しく日経新聞を読む異能の人。家族と酒を愛するナイスガイだが、米国時代のメジャーからマイナーに落とされた時の話が印象深い。故障して3Aどころか、ルーキーリーグの試合に出場。食事はパン1枚とバナナだけだった。

「気持ち的に鍛えられたというより、まひしたというか…。慣れるしかないと思って受け入れた」。米国3年目は通訳をつけず、片言の英語で同僚と食事に出かけた。環境への対応力が、長年の現役生活の秘訣(ひけつ)でもあった。

担当は代わっても、たまに電話する機会があった。北海道・留萌市の病院で生まれ、札幌で小4まで育った。「今はスキーができないことがすごくつらい。終わったときの楽しみとしてとっておきます」。ユニホームを脱ぐ寂しさはあるが、やっと封を解く日が来たようだ。【12~14年ソフトバンク担当=大池和幸】

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