「仙ちゃん、一番いい球頂戴」星野仙一の闘志を湧きあがらせた“ミスター”長嶋茂雄の注文

「仙ちゃん、一番いい球頂戴」星野仙一の闘志を湧きあがらせた“ミスター”長嶋茂雄の注文

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/11/22

50歳を過ぎたころ、人生の「謎」である老いと学びについて深く考えるようになった武田鉄矢さん。本を読み、身体を動かし、人と語らったことを思い返し、ノートに書き留めるようになったという。武田さんの著書、『老いと学びの極意』のなかから長嶋茂雄、野村克也、星野仙一、江夏豊など、往年の野球選手たちとのエピソードを紹介します。

【写真】江夏選手引退試合での武田鉄矢さん

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江夏選手引退試合の武田鉄矢 ©️文藝春秋

野球カードの人たち

今、振り返ればそれは貴重な上に、希少な体験だったに違いありません。今頃になってその値打ちを肌身に感じ入り、記憶の引き出しから取り出して机の上にズラリと並べてみようという心境になっています。何故、そんな心境になったのか。あのですねえ、長いこと生きておりますと、謎のような出来事や言葉に遭遇することがありまして、「謎」というヤツはひとつだけでは謎のまんまで解きようがありません。

で、そこからまた長く生きて来ますと、なんだかその言葉によく似た「謎」に出会うことがあるのです。(あれ、これ見たことあるなあ)なんて「謎」を並べて見比べているうちに、2つとも同じ紐の結び方で包まれていることを見つけたりして……その結び目を爪で摘(つま)むと硬い結び目が緩み、パラリと、その「謎」が解けそうで……。

それで、最初の「謎」を先ず、取り出すために筆を執ったのですが……これが豪華絢爛な「謎」でして、今更ながら価千金と感慨にふけっているのです。

では、その最初の「謎」とは……野球カードの人たちとの出会いです。それは私、30代初めの元気盛りの頃。あるラジオ番組の企画で巨人軍ONについてのインタビューをライバルたちから聞き集めるという内容でした。ONとは勿論、王貞治・長嶋茂雄両氏のこと。ふたりとも現役は引退なさり、監督を務めたり、「充電」と称してスポーツ解説の任に遊ばれておられた1980年代のこと。そのラジオ番組は確か、雨傘番組でして、ナイター中継が雨で流れた場合、野球の話題で放送時間を埋めるための企画でしたが、評判は良かったようです。ONと功名を賭けて競い合ったライバルたちが在りし日の、その一球一打を語ってくれるのですから勝負の綾の、その肌理の細かさは傾聴に価します。

野村、星野、張本、稲尾、江夏、権藤……戦後プロ野球史の恒星

で、そのライバルたちとは(面倒なので、ここは野球カード宜しく敬称略で)野村克也、星野仙一、張本勲、稲尾和久、江夏豊、権藤博ら。イチロー、野茂、松坂らのひとつ前の昭和世代で、人気を牽引した戦後プロ野球史の恒星たちです。惑星ではありません。ですので、皆さん、その場に踏み止まり、自ら燃えて光を放つ恒星の如きスターたちでした。

その星雲の中でも特異な、ブラックホールのような存在の野村さんから聞いた話です。捕手である野村さんは常にバッターボックスに立つONの背中と対峙した。野村さんの必殺技は「ささやき」戦法。試合中の敵・味方選手の会話は原則禁止。故に野村は敵選手の背中に一人言をただ呟くのです。あくまで、一人言で、「なんや、直球を待ってんのか」「ええスウィングしとるなあ」「次のボールはカーブや」等々で、この「ささやき」がバットを振り出す直前に、耳に届くため、バッターは声に身体がつい反応してしまうそうで、野村さん言わく、この必殺技で幾人もの新人投手に輝かしき1勝をプレゼントしたそうです。

この「ささやき」は野村さんにとって単なる間外(まはず)しでなく手間暇かけた情報戦でした。呟きの中には「あの女とはもう別れたんか」という場外で探し当てた貴重な「ささやき」も混じっていたそうです。こう「ささや」かれて、敵選手のバットは空を切ること再々でしたが、この「ささやき」が全く効かない敵こそON、王と長嶋だったそうです。王はバッターボックスに入っての素振りの時は野村さんの「つぶやき」に律儀に応じてくれるそうです。ところが、あの1本足打法で片足が上がると何を「つぶや」いても、叫んでも駄目で、その打球に対する集中力は彼のみ無音のシールドに包まれて在る如く……必殺「ささやき」戦法ははね返されたとのこと。

そしてもうひとりの強兵(つわもの)こそ、長嶋。王とは梅桜の対照で長嶋は野村さんの「つぶやき」に答え続けたそうです。バッターボックス・素振り・構えて、ダウンスウィングからバットの芯で捉えてセンターへ抜ける好打(ヒット)。で、一塁へ向って猛走するまで野村さんに対して語りかけて来るそうです。「こっちがおかしくなる」と野村さん。兔に角、ONに対してライバルたちがどれほどの闘志を燃やしていたかヒリヒリと伝わって来る逸話ばかりでした。

どうしても王から三振をとりたかった投手たち

田淵幸一さんから聞いた話。どうしても王から三振をとりたい投手・江夏。その王が高々とキャッチャーフライを打ち上げ、捕手・田淵が(仕留めた)と凡飛球の真下へ走り込みミットを構えると「おとせ」と江夏は叫んでいたとのこと。このONから三振をとるということは、それほど投手たちには重大事だったのでしょう。次は星野さん。背広姿は実に紳士然としたスマートな印象。ところがこの人が長嶋を語り出すと、後に闘将星野と謳われたあの表情に豹変するのです。投手・星野の語り出しはこうでした。

「長嶋からはどうしても三振とりたかった。それが夢だったよ。なんせ中日(ドラゴンズ)が勝った負けたより、長嶋から三振とれば、そっちの方がスポーツ新聞に大きく載るから。私も若いもん。チームの勝利よりそっち狙いました」と、熱く前置き。

そしてアッと驚く内情を語り出された。中日ドラゴンズの若き投手、星野仙一はその日、マウンドで読売ジャイアンツ長嶋をむかえた。当然メラメラと湧きあがる闘志。バッターボックスの長嶋はバットを素振り、で構えた。星野、グラブを下ろし静止。ゆっくりと投球モーションへ。その時、突然、彼の名を呼ばわる声。「仙ちゃん、一番いい球、いい球頂戴」と。

バッターボックスの長嶋の声で、彼はバットスウィング中でも相手ピッチャーに話しかけ、注文をつけて来たそうです。いかな大喚声にも消されることなく彼の甲高い声はハッキリと聞こえたそうです。

「カッとなってねえ。この野郎って投げ込むんだけど、長嶋はねえ、失投や打ち易い球を投げろと言うとるんじゃない。逆。逃げ球じゃあなくて、真っ向勝負の一球でこい、って注文つけて来とるのよ。よし、そんじゃあ……」と、挑んでいったそうで、そうなるとベンチの敬遠、四球のサインなんか見もしなけりゃ、見ても無視。ただひたすら、長嶋との勝負へのめり込んでいったそうです。

兔に角、火の出るような速球を投げ込んで、「星野にキリキリ舞いの長嶋」なんて新聞の大見出しを思い描いて、「こんにゃろう」と投げ込む。しかし敵はさる者、その渾身の一球を火を吹くようなバット一閃でセンターへ運ぶ。長嶋は猛走、一塁蹴って二塁へ跳ぶ。ガックリと肩を落とす星野だが……その耳にまたあの声が響く。あの声は甲高く叫ぶ。

「いい球! 仙ちゃん、今のは魔球、ボクしか打てない」と。走りながらまだ話しかけてくる。

「まあ腹立ってねえ……それで今度こそはと、必死に練習してねえ、でも考えてみりゃあ、長嶋は私が勝負にゆくといつも褒めてくれた。打たれりゃ口惜しいからおかげで練習もした。長嶋が引退した時、まっさきに泣いたのは打たれたピッチャーたちだったと思うよ」と、その人。そう語りながら、目にはキラリ光るものが滲んでおられました。

長嶋という人物が格別に「ミスタープロ野球」と呼ばれた事情はこの辺にあるのでしょう。

プロ野球史に残る名勝負の回顧「江夏の21球」

それにしてもプロ野球人の記憶とはどこか身体的でした。記憶が頭でなく身体のあちこちに刻まれているようでした。

これは確か張本さんから聞いた話でしたが……「広岡からの送球は何か冷たくて、グラブに収まる時、捕れるかって確認するんですが、長嶋はちがいます。長嶋の送球を捕ると、グラブの中でボールが(ハリさん、優勝しよう)って言うんです」。……まさか、硬式ボールが喋ることはないのでしょうが彼らの手のひらには聞こえるのでしょう。星野さんの話の時がそうでした。長嶋へ投げ込んだ「こんにゃろう」の件(くだり)では身ぶり手ぶりで話しつつ、幻のボールの握りは直球。その時を指が憶えていたのでしょう。

そしてこんなこともありました。その番組ですっかり仲良くなった野球人、江夏豊とゴルフで遊んでいた時のこと。昼食のクラブハウスで誰かにサインを頼まれた江夏でした。機嫌のよくない時は無愛想な男でしたが色紙ではなく硬式ボールにサインを頼まれたのでボールを握ると思い出が立ち上がったのでしょう。

(確かカツカレーと巨大な海鮮味噌ラーメン等をフォークと箸で食べていた)江夏がフォークと箸を置き、左手の手のひらでボールを遊びながら、ポツリと低く「1球目」と呟いて握ってみせたのです。更に指を変えて「2球目」、指先でボールを回しつつ、止めて「3球目」と。江夏はコマ撮りの連続写真のように瞬時瞬時にボールの握りを変えて、そのひと言を「21球目」まで続けました。

野球について私にどれほどの知識があるわけではありませんでしたが、それは彼自身が語ってくれた「江夏の21球」でして、プロ野球史に残る名勝負の回顧でした。1979年、日本シリーズ第7戦で、対近鉄バファローズ戦の9回裏、心理と技の粋(すい)を注いで江夏が投げ込んだ「21球」の渾身を称えて、そう呼ばれていました。

その一球、一球にプロ野球人たちの命懸けの表現があるのですが私の驚きはその勝負の細やかさ、巧みさにはありませんでした。私は球技全般について感性が鈍く、センスがありません。下手なので、彼らが当たり前のように呟く言葉にひたすら驚くのです。「江夏の21球」について私が一番驚いたのは、もう10年も前の試合の、一瞬のうちに過ぎていった「21球」を江夏の指がすべて記憶していることです。

この人たちは指で記憶し、叫びそして手のひらで声を聞く、そんな体感の人たちなのです。

長嶋さんからゴルフに招待されて

で、そんなラジオ番組からスピンアウトして、付け足しのこぼれ話。よくぞ、色々とプロ野球人の話題を取り上げて下さったと主役の長嶋さんからゴルフに招待されまして……とてもとても御付き合い出来る腕前でなし。それで、ゴルフ上手の小田和正さんを助っ人に頼み込み、横浜近くのゴルフ場で遊んだことがあります。

長嶋さんは野球業を一時離れてスポーツ解説などでも超一流の人気者でした。沈着冷静な小田さんと少年のように夢中で打ち興じる長嶋さんは見事な対照でしたが、そのプレー中、ティーグランドでのこと。その日、ボールをやや引っ掛け気味の長嶋さんはそのミスが許せないのか、私どもから離れてドライバーで素振りを始めたのです。嘗ての栄光の背番号「3」が、道具が違うとはいえ、素振りで虚空を斬るのです。音が違います。

あのクールな宮大工の棟梁然とした横顔の小田さんが棒読みの声で「すげえ」と驚嘆。私が驚いたのは長嶋さんのひとり言でして、その呟きは「誰か投げてくんねえかなあ」。

長嶋さんはバッターボックスで勝負したあのライバルたちとの瞬間が懐かしいのです。あの瞬間、飛んでくるボールには、熱きライバルたちの叫び声が込められていた。その叫び声に身体を熱くしてバットを振り出したがゴルフ場では身体は冷えたまま。白いボールを置いて、睨んでも止まっているボールからは誰の声も聞こえないのでしょう。

耳以外の耳で聞き、目以外の目で見て、口以外の口で話す人たちは体感の人たちです。その上に身体に記憶を刻んでいて、思い出を身体のあちこちに収めた人たちで、私にとって今も名人列伝の人たちです。

(武田 鉄矢/文春新書)

武田 鉄矢

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