政治家とも深いつながり...福祉業界の権力者のセクハラ裁判 「つぶされる」と恐れた被害女性の10年

政治家とも深いつながり...福祉業界の権力者のセクハラ裁判 「つぶされる」と恐れた被害女性の10年

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  • 更新日:2021/01/14
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オンライン会見の様子(提供)

作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今年最初の今回は、性犯罪に関する刑法の改正の論点と、いま注目されるセクハラ民事裁判の背景について。刑事と民事という違いはあれど、問題は根っこの部分でつながっているといいます。

【写真】「私たちは許さない」集まった女性たちは

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いよいよ性犯罪刑法改正の議論が大詰めを迎えてきた。明治時代につくられたまま手つかずだった刑法が110年ぶりに改正されたのは2017年。その時に、「ここはまた改めて考えましょ」と残された課題が、去年4月から議論されている。それは性被害者の現実からみたら絶対に譲れない4点だ。

1:性交同意年齢13才は低すぎる。せめて16才に。

2:公訴時効、強制性交等罪10年は短すぎる。訴えるまでに時間がかかる性犯罪に、公訴時効はいらない。

3:同意のない性交は性暴力。当たり前のことを当たり前に語る刑法にしてほしい。

4:地位関係性を利用した性行為に罰則規定を。

どれもが性被害者の現実から訴えられてきた切実な願いだ。適切な性教育がなされていない社会で13歳に同意能力を求めるのは酷だし、子ども時代に受けた被害を成人後に性暴力だと気がつくほうが、フツーだったりする。その時に公訴時効が過ぎていることに絶望する被害者は少なくない。また今の刑法では抗拒不能や、同意していないことが認められても、加害者に故意はなかったなどとして無罪になることもある。初対面の女性にテキーラを何杯も飲ませ意識を失わせた上で暴行しても無罪判決が出たのは110年前のことではないのだ。

なぜ前回に変えられなかったのか。もし2017年に、地位関係性を利用した性行為に罰則規定がついていたら、この3年間で救われた被害者はどれほどいることだろう。教師や生徒、施設職員と利用者、上司と部下などの関係のなかで性交を断れず、訴えられない現実に苦しむ被害者の声を、約2年間にわたるフラワーデモで数多く聞いてきた。

1月12日、福祉関係者によるセクハラ裁判の記者会見がオンラインで行われた。訴えられたのは障害者福祉業界の著名人である北岡賢剛氏だ。原告になったのは北岡氏のもとで働いていた女性2人で、北岡氏によるセクハラに苦しめられ、一人は精神的に追い詰められ退職を余儀なくされた。記者会見では、訴えることができなかった複数の被害者が過去にいるという話もあった。

私は北岡氏のことは知らなかったが、ジャーナリズム界の広河隆一氏のように、福祉業界ではその業績によって圧倒的権威を持ち、敬意を払われてきた第一人者だ。被害者によると、政治家とのつながりも深く、影響力があり、組織内では誰もあらがえない空気があったという。実際、北岡氏が日常的に「マンコ」「インサート」などといった言葉で女性たちをからかい、出張となれば肌着姿の北岡氏の部屋で飲み会が開かれ、女性スタッフにマッサージをさせることもあり、原告女性とのありもしない性関係を吹聴し、体の特徴を笑うようなことは周知の事実だった。それでも、北岡氏に忠言する人はいなかったという。

原告の2人は自身の精神状態を崩すまで耐えてきた。それは「ケアワーカーには自己犠牲の精神が必要」「訴えたら施設を利用している人が不安になる」「セクハラを受け流すのがプロ」という習慣が福祉業界に根深くあるからだ。なにより、強い立場を持つ北岡氏を訴えても、つぶされるのは自分のほうだと恐れた。

コロナ禍で、ケアワークの多くを女性が占めることが可視化されている。介護、看護といった「女性が担うべきだ」とされてきた領域は、その労働の重さに対し賃金は低い。ところが社会福祉法人組織の中枢に行けば行くほど、決定の場に男性しかいなくなる。北岡氏が理事や理事長を務めていた法人もまさにそのようなものだった。中高年男性中心で管理する組織で、セクハラが地位関係を利用した性差別・性暴力であることは長い間理解されなかった。女性のやりがいが搾取され、性を搾取され、訴えようとする声はつぶされる。原告の一人の被害は10年以上にも及んでいる。もうこれ以上の沈黙をしたくない、福祉業界そのものの体質を変えたい、という人生をかけるような決意で、2人の原告は立ち上がった。

北岡氏に対する訴えは民事裁判であり、刑法改正と絡む話ではない。それでも、地位関係性を利用した性交が犯罪であることが刑法に明記されることは、職場や学校、施設などでの意識改善に大きく寄与することだろう。セクハラや性暴力は、尊厳を奪われ、時間を奪われ、人生を奪われる重大な事件だが、性加害者側からすれば気軽なコミュニケーション、何をやっても許される(と思っている)相手への甘えだったりする。そこに罪の意識は驚くほどない。だからこそ被害者が訴えると「訴えるなんてびっくり。目的は何ですか? 金ですか? 地位ですか? 僕の名誉毀損ですか?」と被害者意識を深めてしまうケースが少なくないのだ。また被害者側(多くは女性)も「大人なのだから断れたのでは?」などと言われ、断れなかった自分、うまく立ち回れなかった自分を責めてしまう傾向もある。だからこそ、社会全体で地位関係性を利用した性行為に厳しく臨む姿勢、意識改革が必要だ。

原告2人は提訴するまでに、約4カ月にわたり社会福祉法人や北岡氏とのやりとりを続けていた。北岡氏が理事を務めていた社会福祉法人愛成会、理事長を務めていた社会福祉法人グローのうち、愛成会の評議員会はセクハラの事実を確認し、所轄庁である東京都に法令に基づいて申し立てを行い、組織改革を行った。その結果、理事の過半数を女性が占める組織に生まれ変わり、理事長には女性が就任した。一方、グローは、安全配慮義務を怠ったとして北岡氏とともに今回訴えられた。グローに確認したところ、北岡氏は理事長を昨年12月24日に辞任し、現在は一般理事として関わっているとのこと、また事実関係は裁判で明らかにしていくと、争う姿勢をみせている。北岡氏の代理人は2人の原告それぞれに対して2組ついているが、どちらもコメントは差し控えるとのことだった。

1月14日、第1回口頭弁論が始まる。こんなふうに、被害者らが人生をかけて声をあげ、現実を一歩一歩変えてきた。この数年、本当にたくさん見てきた。そして驚くほど、全員が同じことを言うのだ。「他の女性に私と同じ目にあってほしくない。だから訴える」と。彼女たちの必死さに、法律が応えられる未来を見たい。

■北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。作家、女性のためのセックスグッズショップ「ラブピースクラブ」代表

北原みのり

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