就職氷河期の真っただ中...担当課長から言われた「痛烈な言葉」

就職氷河期の真っただ中...担当課長から言われた「痛烈な言葉」

  • 幻冬舎ゴールドライフオンライン
  • 更新日:2021/09/15
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日本人の語学力 伸び悩みの原因とは?

自身の学習歴を振り返って

中学編

今回は、自身の英語の学習歴を振り返り、日本人がなぜ外国語の学習に伸び悩んでいるのかを考えたいと思います。

私自身、学生時代は英語はそんなに得意な科目ではなく、むしろ苦手な方でした。ただ、外国語の必要性については、家庭で強く意識していて、私が中学2年のときに両親が「これ行ってみたら?」と言って大阪の朝日放送(ABC)主催の船旅の資料をくれたほどでした。

当時、ABCが“カルチャーシップ少年少女の船”というグアム・サイパン9日間の洋上語学研修を行っていて、神戸港から豪華客船のふじ丸に乗って旅に出るという今思うとすごく魅力的な船旅だったのですが、当時の自分は外国に行くことに対して抵抗感があった記憶があります。

私は外国人を見て泣いてしまった経験があったことから、拒否反応があったのかもしれません。

このことが学習に対する意欲を削いでいた面もあったと振り返っています。ですから、幼少からの体験を踏まえると、外国語学習の取り掛かりの段階から本物のネイティブスピーカーとふれあうことは、大切な要素であると痛感します。

中学時代の学習はどうだったのかというと、基本的に学校での授業と塾通いを中心にこなしていました。

主に中間と期末の定期テスト対策と高校入試を意識しての学習だったので、中長期的視点で学習していたとは言い難かったです。

英会話の授業については中学2年の2学期から月に2〜3回ほど不定期でアメリカ人の先生によるレッスンがありましたが、それでも学習量が圧倒的に足りず話せる実感は湧きませんでした。それもそのはず。

外国語のリスニングがスムーズにできるようになるには最低でも1000時間(2000時間と提唱する方もおられます)以上は必要と言われています。即ち、会話力については知識面も含めて語学に触れる量に比例して上達していくわけなのです。

結局、中学時代を通して、英語力はさほど伸びませんでした。

中学3年になってからは入試を意識してZ会の通信教育も使ったのですが、長文読解の力がなかったので学習に苦慮し、語学学習の難しさをより強烈に感じるようになったのです。ひいては他教科の成績も学校の内申も伸び悩み、結局公立入試は失敗に終わってしまいました。

英語に触れる時間が大幅に不足していたのが理由の一つなのですが、学習に対するアプローチをきちんとしておかないと初級レベルから躓いてしまうということを身をもって体感する3年間でした。

高校・大学編

公立入試に挫折し、高校は大阪市内の私立高に通いました。

高校時代は特進クラスに在籍し、当時の担任の先生の勧めで普段の授業での学習に加え、英検の学習を本格的に始めることにしました。英検は手始めに4級から受験し、高校3年までに準2級は何とか取得しましたが、それよりも授業についていくことが大変でした。

中学と比較して学習レベルが高度になり、国公立大学の入試問題にも早くから取り組んでいたことから、単語力や読解力を含めて総合的に大きな伸びを体感することは難しかったです。

特に中学から苦手だった長文読解はボロボロでした。通っていた高校では週に1回英単語の小テストがあり、朝の通学中、ラッシュの車内で学校で配付されたテキスト(その当時使っていたのは旺文社の「ターゲット1500」)を開いて勉強していたのですが、単語を覚えるレベルからアップアップになっていましたし、小テストや定期テストでも何回かは赤点を取ってしまったこともありました。

また、特進クラス生は定期テストに加え、年に5回ほど外部の模擬試験の受験が必須だったので、駿台や河合塾の模擬試験の日には、通学の足取りが重かったです。これでは一般入試に対応できないのも無理ないですね。

それでも、学校の勉強は何とかこなし、辛うじて現役で大学には進学できましたが、もう少し基礎を固めておけばよかったなあという後悔は今でも残っています。

大学に進学してからは、部活やスクールライフを謳歌できなかった高校での3年間の反動もあってか、部活の他にJリーグのヴィッセル神戸のスタッフのアルバイトや掛け持ちで甲子園球場での係員のアルバイトにのめり込むようになり、語学の勉強については正直停滞しました。

それでも、語学の単位は意識的に選択して取得し、3回生からは大学の授業終了後、大阪の肥後橋にある朝日新聞のカルチャーセンターに定期的に通い、時事英語やハイレベルリスニングを社会人の方と同席して学んでいました。

ただ、これらの講座は有意義ではありましたが、自身の基礎力が不足していたので対症療法にしかならず、力はそんなに伸びませんでした。

講座での授業中、発言の機会があったのですが、とにかく言いたい単語が出てこない。キーセンテンスも自分が知らなかったレベルのものがポンポン周りから飛び出す状況で、お客さんのようになっていたことが本当に多かったです。

勉強していないところからある一定のレベルに追いつくまでには本当にしんどいです。

そして大学最終年、4回生の初めに受けたTOEICのスコアは480点止まりでした。私が就職活動をした時期はちょうど氷河期の真っただ中で、企業の厳選採用が一段と進み就職のハードルが高かった時期でした。

そんな中、学内で度々行われた就職のガイダンスでは、就職課の担当課長から厳しいことを何度も言われました。

特に語学に関しては「TOEICは最低でも600点以上ないと仕事で使えない。ましてや役職に就くなら730点以上は必要や。今のままでは履歴書にも書けへんわ。」と、危機感満載で言われたのを覚えています。

事実、語学力を昇格・昇進の条件に挙げている企業は20年前よりも増えており、大企業や有名企業の多くは役職の昇進基準にTOEICのスコアを明記しています。

さらに2008年のリーマンショック以降は、語学のハードルがより上がっていて、採用時からTOEIC700〜730点、中には800点以上を要求する企業もあるほどです。

TOEIC自体も、2016年に試験の形式が新しくなってから、難易度が上がったという声も聞かれます。

就職活動中は、航空大学校の受験を含め航空業界を狙っていたのですが、TOEIC480点では話にならないということで、就職活動中盤の2000年7月頃に留学に舵を切る決断をしました。

最終的には、企業から頂いた内定を辞退し航空大学校の受験準備を本格的に始める決心をしたことで、大学を卒業した2001年に渡英し、自身の語学学習に対するパラダイムシフトを図っていきました。

ここまで、長くなってしまいましたが私が日本で学生時代に行っていた学習について書き出してみました。読者の皆様にはこれらの事柄を反面教師として見てもらえればと思っています。

山本 翼

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