「不惑の大砲」門田博光さん 名選手と比べてわかる「42歳で31発」「40代で133発」の凄さ

「不惑の大砲」門田博光さん 名選手と比べてわかる「42歳で31発」「40代で133発」の凄さ

  • NEWSポストセブン
  • 更新日:2023/01/25
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門田博光さんが打ち立てた数々の偉業とは(写真は1988年。時事通信フォト)

「不惑の大砲」が成し遂げた偉業とは──。かつてプロ野球の歴史が語られる時、「王貞治は引退する40歳の年、ホームラン30発を放った」という話題が何度も繰り返されてきたが、その記録を大きく塗り替えたのが1月24日に逝去が報じられた門田博光さん(享年74)だった。

【写真】現役引退後、インタビューに応じた門田博光さん

1969年のドラフト2位で南海に入団した門田は2年目にレギュラーを奪い、打率3割、31本、120打点の好成績を上げて打点王を獲得した。身長170センチの門田は野村克也兼任監督にコンパクトなスイングを求められるが、あくまでホームラン打者を目指した。

「2リーグ分裂後、南海ホークスは黄金時代を築いてきたが、1969年に戦後初の最下位に沈みました。翌年から野村克也兼任監督が指揮を執ります。つまり、門田さんが入団した頃のチームは過渡期にあった。

その野村兼任監督は1977年に解任された。次の年から、南海はダイエーに身売りするまで11年連続Bクラス、そのうち5回も最下位になりました。そんな弱いチームで、門田さんは歴代3位の567本塁打を打った。歴代2位で657本の野村さん、1位で868本の王さんは毎年のように優勝争いという緊張感の中でプレーしていた。門田さんはシーズン中盤には優勝の可能性がなくなり、観客も入らない中で黙々と打ち続けた。その点に凄さが窺えます」(スポーツライター。以下同)

強打者を証明する指標のひとつに敬遠数がある。歴代1位の王貞治(巨人)の427は別格だが、門田は182で5位。その前後の4位は野村克也(南海、ロッテ、西武)の189で、6位は落合博満(ロッテ、中日、巨人、日本ハム)の160となっている。

「門田さんは7度のシーズンで、リーグ最多敬遠を記録しています。40歳で王さんを上回る44本塁打を打った1988年も20敬遠で最も多かった。しかし、翌年オリックスに移籍すると、わずか3つに減った。5番に石嶺和彦が控えており、勝負される回数が増えたからです。逆に言えば、南海時代は打線が弱いため、多く歩かされた。1980年代は6度も“敬遠キング”になっています。その中で、自分のバッティングを崩さず、ホームラン王を3度も取った。ちなみに、昨年三冠王を獲得した村上宗隆(ヤクルト)は141試合で25敬遠されましたが、1987年の門田さんは126試合で24敬遠でした」

野村克也、落合博満らの42歳シーズンと比較

門田は不惑の40歳で本塁打、打点の2冠王を獲得。そのオフ、南海がダイエーに身売りし、大阪から福岡への移転が決まる。関西でのプレーを希望した門田はオリックスに移籍。ブルーサンダー打線の4番として41歳の年も打率3割5厘、33本、93打点を残した。

「最近は選手寿命が伸びたとはいえ、今も40歳までプレーする選手は珍しいし、そのくらいの年齢になると当然下り坂になりますよね。昭和の名選手で言えば、王さんは40歳、長嶋茂雄さんは38歳で引退した。でも、門田さんは42歳の年に31発放っている。これは今も破られていない大記録です」

主な選手の42歳を迎えるシーズンの成績はこうなる。

野村克也(南海・1977年):127試合 2割1分3厘 16本 58打点
門田博光(オリックス・1990年):119試合 2割8分0厘 31本 91打点
落合博満(巨人・1995年):117試合 3割1分1厘 17本 65打点
山崎武司(楽天・2010年):141試合 2割3分9厘 28本 93打点
金本知憲(阪神・2010年):144試合 2割4分1厘 16本 45打点
和田一浩(中日・2014年):91試合 2割8分1厘 16本 65打点

「何月生まれだったかも考慮する必要があるでしょう。門田さんは2月生まれですが、山崎さんは11月生まれ、落合さんは12月生まれですから実質的には41歳のシーズンです。それでも、ホームラン数は門田さんが上回っており、バランスの良い成績を残しています。門田さんは44歳で引退するまで、40代の5年間で133本塁打を放った。この記録も1位です」

上記6人の40歳を迎えるシーズン以降のホームラン数は以下になる。

門田博光:133本(1988~1992年)
山崎武司:105本(2008~2013年)
金本知憲:82本(2008~2012年)
落合博満:75本(1993~1998年)
野村克也:66本(1975~1980年)
和田一浩:48本(2012~2015年)

「大記録を打ち立ててきた割に、王さんや野村さんと比べ、門田さんの野球人生は語られる機会が少なかった。40代で現役を続け、レギュラーでプレーしている時点で驚異的ですが、門田さんは40代で133本もホームランを打った。通算567本のうち、約4分の1を40代で記録した。それも、スポーツ科学が今より発達していない30年前のことですからね。昭和の頃、野球界には筋トレに否定的な見解を持つ指導者や選手が多かったですが、門田さんは当時から筋トレを取り入れていた。そうした先見性もあって、現代の選手を上回る成績を残せたのでしょう」

周りが否定しても、自分を信じて我が道を貫いた門田博光さん。大阪球場で描いた放物線は永遠にファンの記憶に残る。

NEWSポストセブン

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