インターネットで「死にたい」は薄まるか? 和光大・末木新准教授に聞く「研究の最前線」

インターネットで「死にたい」は薄まるか? 和光大・末木新准教授に聞く「研究の最前線」

  • 弁護士ドットコム
  • 更新日:2020/09/15
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和光大学の末木新准教授(本人提供)

インターネットと自殺が関連した事件が注目を浴びている。

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2019年11月、難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者だった女性(当時51)が、ツイッターで連絡を取り合っていた医師2人によって殺害された。安楽死を望んでいた女性が報酬を支払い、医師2人が薬物を注入した。医師2人は嘱託殺人の疑いで逮捕・起訴されている。

また、2017年10月には、神奈川県座間市のアパートで男女9人を殺害した疑いで、白石隆浩被告人が逮捕された。彼もツイッターで、自殺願望のある女性たちとやりとりをしていた。ネットと自殺に関連する分野を研究する和光大学の末木新准教授(臨床心理学)に聞いた。(ライター・渋井哲也)

●「死にたい」はレアな現実ではない

――自殺について研究することになったきっかけは?

末木: 拙著『自殺学入門』(金剛出版・2020年)の"あとがき"でも触れましたが、祖父が自殺をしたことです。もともと研究者になろうと思っていたのですが、やはり、関心のある研究テーマは「自殺」でした。現在、和光大学で「自殺学」を開講していますが、文系の大学では、ほかにないのでは。和光大学はわりと寛容なので、「やりたい」と言ったら、「どうぞ」という感じでした。

――今年は希死念慮(死にたいという願い)があったALS患者がツイッターで知り合った医師に殺害されました。また、2017年には、座間市でツイッターで知り合った男女9人を殺害する事件もあるなど、注目されるインターネットと自殺が関連する事件がいくつかありました。

末木: 実は、こういう事件は以前からもありました。1990年代後半から、数年おきに話題になる事件が起きています。「死にたい」という人とSNSで出会った人が、「殺したい」とまでは思わなくても、結果として殺害する。ネットを介して、お互いが引き合って、実際に亡くなってしまうのは、もう珍しくない。悲観的ですが、ゼロにするのは難しいですね。

――2003年以降の数年間に流行した「ネット心中」(自殺系サイトなどで呼びかけて、見知らぬ人が集まって自殺すること)に比べれば、件数としては少なくなっています。ただ、座間事件では、10代、20代の若い人たちが犠牲になりました。「死にたい」というキーワードに吸い寄せられたわけですが、どんな心情が働いているのでしょう?

末木: 事件について、個別の事情はわかりませんが、自殺者数は、10代後半から増えます。若年層(20代まで)と高齢者(60代以上)の自殺率は変わらなくなってきています。また、20代後半からは、自殺について考えたことがある人は一定の割合で出てきますので、ありふれた現象と言えます。つまりは、「死にたい」と思うことは、レアな現実ではないのです。その中で一定の人は、ネットで自殺について調べます。しかし、実際に、知らない人と会うとなると、そこはハードルが違います。

――末木さんは『インターネットは自殺を防げるか』(東京大学出版会・2013年)という本も出していますが、その問題意識の出発点は?

末木: 自殺について理解を深めようと、研究テーマに選んだとき、私には研究するフィールドがありませんでした。修士1年の私が、病院に行ったとしても、リスクが大きく、誰も相手にしてくれません。そのため、僕自身がアクセスできる手段を考えたとき、ネット上に自殺を考えている人がたくさんいることに気づいたんです。

2007年当時、ネット空間では、自殺をテーマにした掲示板があり、メールアドレスが書き込まれていました。そこで、適当にメールを送ってみたのです。すると、ある程度レスポンスがあり、話を聞き始めました。特にネットに関心があったわけではなく、自分ができるフィールドがネットだったのです。ネットと自殺について研究している人もいませんでした。ネット利用自体が広まった世代的なものだったと思います。

――ネットで自殺を防げるという思いもあった?

末木: それこそ、渋井さんの本を(『ネット心中』や『明日、自殺しませんか?』)を読んだり、自殺系掲示板の書き込みを読んだりして、掲示板には良いことが書いてあると思っていました。もちろん、危ない面もありますが、いい面もある。それは、間違いなく、掲示板を読んでいればわかりました。そのころ、「ネットは危ない」しか言われない。それは違うよねって。

一時、『ウェブ進化論』(ちくま新書・梅田望夫)が、ベストセラーになりました。「Web 2.0」というキーワードは、ネットはよいものとしてあり、ネットがもっと広がれば、コンテンツは良質になるし、知識はみんなが安く平等にアクセスできるはずだ、という論調だったと思うんですが、その影響もありました。ネットは匿名の人同士でもっといいものができるはずだ、と。

●ネットで「希死念慮が薄まる」という結果がなかなか出ず・・・

――そういう思いがベースにあったんですね。

末木: 当時はそうでした。実際、博士論文もそういう論調で書きました。ただ、論文の査読の過程で、ずいぶん内容が修正されました。その後、研究費をとれるようになり、2011年ごろに調査の規模を拡大しました。

ところが、利用者を追跡調査すると、思ったとおりの結果が出ませんでした。私の中では、ネットを利用していると、「希死念慮が薄まる」「抑うつ感が下がる」という結果が出てきてほしいと思っていたんです。ついに決定打が打てると思っていた。しかし、そんな結果は出てきませんでした。むしろ、どちらかと言えば悪くなっている、という結果でした。

もともとベースにあった掲示板でのインタビューは、自殺系掲示板をよく利用している人にアンケートをとっていました。そういう調査に協力的な人は、コミュニティに愛着があったり、いい経験をした人が多かったんです。今から考えれば、そういうバイアスはあったと解釈できます。

一方、悪い経験をした人は、すでに掲示板を去って、そうした調査には協力してくれない。加えて、先ほども述べたように、僕自身が、ネットのいい面を吸い上げたいという気持ちが強くあったんです。それらが相まって、「ネットで希死念慮が薄まる」という結果が最初は出ていました。

しかし、大規模調査をすると、自殺について書き込んだけれど、誰からも返信がなかったという人がたくさん出てきます。そのため、自殺系掲示板でいい経験をしている人はいるけれど、全体としては、理解されないとか、説教されてネガティブな反応になっていることも多かった。

――それで、Googleの検索連動広告を活用した相談窓口の活動をするNPO法人OVA(伊藤次郎代表)とつながる?

末木: 博士論文を本(『インターネットは自殺を防げるか』)にした2013年6月、伊藤さんが会いに来てくれました。当時、すでに伊藤さんはひとりで相談活動をしていましたが、もっと本格的にしたほうがいいという話をしました。若い女性が多いという意味では、掲示板も、検索連動広告も変わりません。OVAの目的は、対面の支援者につなぐことです。ただ、比較対照群を含めた研究はまだできていません。

――自殺関連の掲示板やチャットでは、長時間利用や精神的な依存が指摘されることがあります。OVAの場合はどうでしょうか?

末木: コミュニケーションに依存することはOVAの場合でもあります。少し前のデータになりますが(注)、平均すると、1人あたり5〜10回のやりとりがあります。しかし、依存してしまう場合は、100回ということもあります。そのため、OVAの方法も継続的に自己検証しないといけません。ただ、アウトリーチ型のサービスは、脱落率が高い。そのため、追跡調査の協力率が高くない。そうなると、支援が機能しているのかわからなくなります。アンケートで追跡するのは難しく、相手にとっても面倒です。そのため、別の方法を考えています。

●動画を使った研究も広がっていく

――座間事件をきっかけに、厚生労働省は、若者の自殺対策の一つとして、SNS相談を始めました。事業者ごとの相談件数や年代、性別が公表されていますが、支援の内容や効果についてはわかりません。

末木: 相談件数しか公表してないのは問題ではないでしょうか? 「件数」の定義も、団体によって違うと思いますので、意味がありません。件数を伸ばすことが目的なのでしょうか? SNS相談の中身をみたことがありませんのでなんとも言えませんが、少なくとも私が知る限り、SNS相談が自殺対策として有効であると示す研究はありません。

――ツイッター社も、自殺関連ワードをつぶやくと、自殺防止センターのアカウントが表示されるという対策をしていますが、どう考えますか?

末木: ツイッター社はその結果を公表してほしいですね。

――ネットと自殺に関する研究以外のテーマは?

末木: 名前は言えませんが、首都圏のある鉄道会社での自殺の研究をしました。自殺が起きやすい駅、駅の中でも起きやすい場所を検証しました(注)。そうした自殺が起きやすいホットスポットの対策ができると思います。予算だけが理由ではないですが、ホームドアが作れない理由があったります。そのため、どういう駅の構造がよいのか、という研究もしています。

また、今後は動画を利用した研究も増えるのではないでしょうか。街中にカメラが増えたおかげですが、自殺直前の状況や行動がわかります。自分でもやっていこうと思っています。

自殺と報道の関係でも、プロレスラーの木村花さんや俳優の三浦春馬さんが亡くなったことの報道がありました。30年前に比べたら、自殺報道はよくなったと思います。以前だったら、現場でレポートする状況が流されました。しかし、今回は、支援窓口の情報が流れていました。その点はよかったと思います。ただ、報道による自殺の影響は、コロナ問題もありますので、わかりません。

一方、メディアが前向きな情報を流すことの影響についても、ようやく研究のテーマになってきていると思います。たとえば、「死にたくなったことがあったけれど、何かのきっかけで精神状態がよくなった」という情報があったとして、その情報を伝えることの影響はまだ研究が少ないです。メディアの情報によって、援助希求(苦しいときに助けを求めること)が増えるという話もありますが、なぜ増えるのか? ということはまだわかっていません。

(注) Sueki, H. (in press). Characteristics of train stations where railway suicides have occurred and locations within the stations. Crisis.

https://www.researchgate.net/publication/343894315_Characteristics_of_train_stations_where_railway_suicide_frequently_occurs_evidence_from_Japan/stats

●生きづらさを感じている方々へ(厚生労働省)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/r2_shukan_message.html

●いのち支える相談窓口一覧(自殺総合対策推進センターサイト)

http://jssc.ncnp.go.jp/soudan.php

●日本いのちの電話連盟

https://www.inochinodenwa.org/

●いのちと暮らしの相談ナビ(NPO法人 自殺対策支援センター ライフリンク)

http://lifelink-db.org/

【プロフィール】末木新(すえき・はじめ)
和光大学現代人間学部准教授。公認心理師、臨床心理士。東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース博士課程修了。著書に『自殺学入門―幸せな生と死とは何か』(金剛出版)、『インターネットは自殺を防げるか─ウェブコミュニティの臨床心理学とその実践─』(東京大学出版会)などがある。

【筆者プロフィール】渋井哲也(しぶい・てつや)
フリーライター。中央大学文学部非常勤講師。東洋大学大学院文学研究科教育学専攻博士前期課程修了。教育学修士。若者の生きづらさをテーマに、自殺・自傷行為、いじめや指導死、ネット犯罪などの取材を重ねる。著者に「学校が子どもを殺すとき」「ルポ平成ネット犯罪」など。

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