《ジョンヒョクの所属先》「南北境界線を監視するホンモノの北朝鮮軍」を訪問した日本人は「愛の不時着」をどう見たか?

《ジョンヒョクの所属先》「南北境界線を監視するホンモノの北朝鮮軍」を訪問した日本人は「愛の不時着」をどう見たか?

  • 文春オンライン
  • 更新日:2020/08/02

韓流ドラマ「愛の不時着」を、“朝流(北朝鮮)ファン”の目線で観たらどうなるか。前編では小道具を中心に紹介した。後編では国境警備に当たる朝鮮人民軍について検証していく。リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)率いる第5中隊のようにアットホームな雰囲気は実際にあるのだろうか? 最前線の哨所を訪れたことのある日本人が、リアルな「愛の不時着」を証言する。(全2回の2回目/#1より続く)

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(*以下の記事では、ドラマの内容が述べられていますのでご注意ください)

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リ・ジョンヒョク役のヒョンビン ©getty

ヒョンビンの職場にイケメンはいたか?

「あのドラマでやっている現場を見に行ったことがあるよ」

こう語るのは、将来の日朝貿易を見据えて、経済視察のために訪朝した経験がある大阪府内の男性、Aさんだ。

北朝鮮を訪問した観光客や視察団は、南部の開城(ケソン)観光のついでに板門店(パンムンジョム)に立ち寄る。南北の会談場があり、2019年6月にはトランプ米大統領と金正恩党委員長が歴史的な握手をした舞台として、注目を浴びた。

北朝鮮側から板門店を観光した経験のあるAさんは「違ったところに行きたい」と、現地受け入れ機関に要請。担当者が、かなり骨を折って折衝を重ね、朝鮮人民軍の軍事境界線を監視する哨所の見学を許されたという。

崩れかけた家だらけ

「平壌から高速道路を通り、開城に入る。その後、舗装されていない田舎道を進んでいった」(Aさん)

何度も北朝鮮を訪れたことのあるAさんだったが、哨所に向かう道すがらが「一番ヤバかった」と証言する。

「周辺の集落がすごく貧しい。デイリーNK(韓国の北朝鮮専門サイト)が時々、報道するような隠しカメラで撮影した北朝鮮の潜入映像が、目の前で広がっていた」

招致機関のセダン車で向かったAさん。窓の外には、崩れかかった家々が次々に目に入ってくる。路上には一面に籾殻のようなものがぶちまけられている。行き交う車のタイヤに穀物を踏ませて、脱穀機代わりにしているようだ。

「食料不足なのか、周辺の山肌をはじめ、ありとあらゆる土地が耕地になっていた。住宅地も玄関先までが畑だった」

壁や屋根にカボチャのつるをつたわせたグリーンカーテンに覆われたボロ家に、人々は暮らしていた。

「屋根の上にはカボチャのつるだけでなく、トウモロコシの黄色い実や唐辛子の収穫物がまとめて干してあった」。屋根の上に収穫物を置くのは「泥棒除けではないか」とAさんは推測する。泥棒も人の家の屋根までは上がるまいと、現地の人は考えているようだ。

視察には「案内員」と呼ばれるガイド役2人がぴったりと付いて回るが、「ここで写真を撮るのは絶対にヤバい」とAさんは躊躇し、自主的にカメラをかばんに仕舞った。唯一、痩せた羊飼いと羊の群れが車の行く手を阻んだ際だけ、シャッターを切ったという。

いよいよ国境の哨所へ

そんな農村風景を横目に1時間弱走ると、哨所に到着した。

「するとスマホのメール着信音が鳴った。スマホが韓国側の電波を拾い、自動的にローミングした」

哨所に入ると、開城方面から案内のために来た将校が、韓国側の防衛線について細かに説明してくれた。

軍事境界線から南北にそれぞれ2キロが非武装地帯(DMZ)になっている。DMZ内にはうっそうとした密林が広がっていた。

「肉眼でも韓国側の監視哨所(GP)が確認できた。双眼鏡を借りて見ると、青い国連旗と韓国国旗がはためき、山城のように堅牢な造りだった。北朝鮮側の最前線哨所はコンクリート造りの簡素なもの。驚くことに非武装地帯のギリギリまで畑になっていた」

リアル“ヒョンビン”に面会

見学が許された哨所は平屋で広い交番のような造り。「愛の不時着」の第5中隊のように数人が詰めているものと思いきや、Aさんが訪れた際には20代の兵士が1人しかいなかった。

兵士は「兵役で平壌から来ています。久々に人が来たのでうれしいです!」と、満面の笑みを見せ、Aさんからの付け届けの日本製タバコを控えめに受け取った。

現実の防衛線は結構、人手不足のようだ。Aさんは「ドラマのようなイケメンとまでは言えないが、とても好青年で、人間味のあふれる若者だった」と、リアル“ヒョンビン”を証言する。Aさんは再び村を抜け、当日夜までに平壌に戻った。

南北国境はホントに徒歩で行き来できるのか

南北4キロのDMZは朝鮮戦争以来、70年もの間、手つかずの自然が広がっている。筆者は韓国側から立ち入りが可能な軍事境界線を望む展望台のほとんどを制覇したが、Aさんの証言通り、DMZは多くが雑木林か草原になっている。

「愛の不時着」第1話でリ・ジョンヒョクが地雷を踏んでしまうシーンで分かるように、朝鮮戦争時代から南北が無数の地雷を敷設している。素人が国境を渡ろうと正面突破するのは、まず無理だろう。

一方で、前線の北朝鮮兵士の脱北は年に数人単位で報道されている。2015年8月には韓国側の防衛線に北朝鮮が敷設した地雷によって、韓国兵2人が重傷を負う事件が発生した。DMZの地雷原を避けるルートを、北側の前線兵士は知っているようだ。

第9話でユン・セリ(ソン・イェジン)が、リ・ジョンヒョクの誘導で、地雷を除去した小道を歩いて南側に脱出するシーンがあるが、最前線の兵士であれば、南側に抜けるルートを知っている可能性はあり得る。

国境を越える「秘密トンネル」は本当にある

ドラマの後半戦では、ジョンヒョクの敵役、保衛部少佐のチョ・チョルガン(オ・マンソク)が地下の旧坑道を通って脱北。セリの命を狙うチョルガンを追ってジョンヒョクも同じ坑道を這うようにして南側に抜け、ソウルにたどり着く。

北朝鮮が組織的に掘削し、軍事境界線を貫くトンネルは「南侵トンネル」と呼ばれ、韓国内では1974~1990年の間に計4カ所が見つかっている。板門店の近くで78年に見つかった第3トンネルは地下73メートル、幅と高さ2メートル、長さ約1・6キロ。第4トンネルは東部の楊口(ヤング)で90年に見つかり、地下145メートル、高さと幅は第3トンネルと同じだが、長さは2キロ、軍事境界線から1・5キロも南側に越境しており、韓国軍を驚かせた。

「南侵トンネルは20カ所近くある」といった脱北者の証言が韓国国防部に寄せられているというが、韓国軍による掘削調査では第4トンネル以降はいまだ発見されていない。偵察衛星が全盛の今となっては、トンネルや坑道を使った出入りは考えにくい。

川を越えて脱北する新ルート?

近年、厳しい国境管理で脱北者が激減しているが、数年前まで脱北の主要ルートは中国との国境にある数十~数百メートルほどの川幅の河川を越え、中国国内での潜伏生活を経て東南アジアに越境し、韓国の保護下に入る、というものだった。

北朝鮮の幹線道にはいくつも検問があり、特に南方面に向かう移動のチェックは厳しい。たとえ、韓国との境界線近くにたどり着いても、哨所の監視、DMZの地雷、鉄柵線の高圧電流が行く手を阻み、地続きでの越境は一般人にとって極めて難しい。

一方、驚くべき脱北ルートが今年7月末、北朝鮮発のニュースで明らかになった。

朝鮮中央通信は7月26日、金正恩党委員長が党中央委員会政治局の非常拡大会議を緊急招集し、新型コロナウイルスの感染が疑われる脱北者が戻っていたと発表。公称1人目の感染者(?)に最大非常態勢を敷き、脱北者がうろついた開城市を完全封鎖した。

韓国メディアによると、脱北者は20代男性で、2017年に脱北した際は漢江(ハンガン)の河口を泳いで韓国側の喬桐(キョドン)島に上陸したという。そして、北に戻る際も、喬桐島の東隣にある韓国・江華(カンファ)島の鉄柵の下の排水路から河岸に出て、北側まで泳ぎ切ったというのだ。両島とも筆者は近年、現地了解(視察)している。

確かに韓国側の鉄柵周辺で写真を撮影していても誰も何も言わないユルさはあったが、向こう岸まで短くて1・6キロ、概ね2キロの距離があり、川や潮の流れの影響を受ける。若さと体力があっても死と隣り合わせだろう。

結論、南北は簡単に行き来できない。軍事境界線を研究した視点からみると、リ・ジョンヒョクとユン・セリがロマンチックに国境を行ったり来たりする姿は、さすがにリアリティを感じないのだ。

(金 正太郎/Webオリジナル(特集班))

金 正太郎

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