「もっと仲間を信じて」元バレー代表・迫田さおりが保存し続ける「心のマネジャー」からのメール

「もっと仲間を信じて」元バレー代表・迫田さおりが保存し続ける「心のマネジャー」からのメール

  • 西日本スポーツ
  • 更新日:2022/11/25
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好きな言葉は「心(こころ)」だという。バレーボール女子元日本代表のアタッカー、迫田さおりさんは華麗なバックアタックを武器に2012年ロンドン五輪で銅メダル獲得に貢献した。現役引退後は解説者などで活躍の場を広げる一方、コロナ禍が続く中、スポーツの魅力を発信しようと自身の思いつづっている。

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私の携帯電話には「宝物」が入っています。多くの人たちにとって家族や友人との写真がそうであるように大切に保存しています。「下を向かないで、もっと仲間の目を見て、信じて、頼りなさい」-。競技人生で心が折れそうになったときでした。女子日本代表マネジャーの宮崎さとみさんからいただいたメールです。

2度目の五輪となった2016年リオデジャネイロ大会の前です。前回ロンドン大会などで経験を積み、年齢も20代後半になっていながら「バレーボールができない、怖い」と感じました。レギュラーではなく、代表に生き残るには結果が求められる立場だったこともあったのでしょう。試合でミスを重ね、得点しても喜べない。不安が顔にも表れていたはずです。

試合にも敗れ、落ち込んでいた夜、さとみさんからメールが届きました。

「周りは『きょうはリオ(迫田さんの愛称)のせいで負けたんじゃないよ。考えすぎだよ』って言うかもしれない。でも、私はそんなことは言わないよ。もしセッターだったら、仲間を信じられない選手にトスを上げたいと思うかな?」

苦しくツラいときこそ、チームメートやスタッフを信じる-。私たちが目指すバレーボールでした。それなのに怖さに取りつかれたまま、殻に閉じこもっていた身勝手な姿を本音で指摘してくれました。優しい言葉でフォローするのではなく「ダメなものはダメ」と真正面から伝えてくれました。最後には「みんなを信じて思い切りプレーしてほしい。心からそう願っています」と、添えられていました。ただでさえ業務に追われて多忙の中、私の弱い心を見抜いた上でエネルギーを使って想(おも)いを届けてくれたのです。

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宮崎さとみさん(ヴィクトリーナ姫路提供)

覚悟が決まりました。ミスをしても「リオ、吹っ切れたな」と、さとみさんに言ってもらえるプレーをしようと…。何かを変えたい一心で翌日から「そんな顔をしたら仲間がどう思うかな?」と脳裏に“もう一人の私”をイメージするようになりました。不安に駆られそうになると、逆に大声でトスを呼び込みました。

今回コラムを書く前に、あの時のメールを読み返しました。私のコンディションに加え、メンタル面も気遣ってくれたのでしょう。こんなメッセージも残っていました。「リオ、起きていないよね? 起きていたら、ひっぱたくよ(笑)」。さとみさんらしい「愛」にあふれていました。

リオ五輪の後にいったん代表チームから離れたさとみさんは、パリ五輪を目指すタイミングでマネジャーとして復帰しました。既に競技から身を引いている私が今夏、仕事で膝に大けがを負うと、代表活動の合間を縫って電話をくれました。「リオなら大丈夫だよ」-。懐かしい声が胸に染み、手術前の不安も消えていきました。お礼を伝えようとしても、言葉が出てきませんでした。代わりに涙がぽろぽろ流れるのです。こんな私です。まだまだご迷惑をおかけすると思います。これからも「心のマネジャー」でいてくださいね。(バレーボール女子元日本代表)

◆迫田(さこだ)さおり  1987年12月18日生まれ。鹿児島市出身。小学3年で競技を始め、鹿児島西高(現明桜館高)から2006年に東レアローズ入団。10年日本代表入り。バックアタックを武器に12年ロンドン、16年リオデジャネイロ五輪出場。17年現役引退。身長176センチ。スポーツビズ所属。

「いいなあ」リオの笑顔に救われ

女子日本代表のマネジャーとしてロンドンとリオデジャネイロの両五輪で同じ時間を過ごした宮崎さとみさん(45)が迫田さおりさんについて語った。

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基本、しかめっ面なんですよ、私(笑)。選手の皆さんは怖かったと思います。だからこそ、リオ(迫田さんの愛称)が見せる笑顔って「いいなあ」とずっと思っていました。彼女の笑顔にホッとさせられるといいますか、救われたことが何度もありました。

すてきな笑顔の持ち主なのに、代表に入ってきた頃のリオは「私なんかが…」みたいな態度で、いつも陰に隠れていたような感じでしたね。マイナス思考というか、自分を必要以上に追い込んでしまうタイプでしょうか。バレーボールはチームスポーツ。自分が駄目でもチームメートがいるんだから「もっと周りに頼りなさい」と伝えた気がします。ただ、当時はずっと駄目だったんでしょうね。それで殻に閉じこもっていくという…。だから、「一人でやっているんじゃないんだから」と指摘させてもらいました。

苦しいときも「笑顔でいよう」と、彼女なりに頑張ろうとしていたと思います。ミスを引きずってしまう気持ちは理解できます。でも、コートの中のたった「1人」の振る舞いやプレーが勝敗の行方を左右するのは、やっぱりいいことではありませんから。

リオの同級生に石田瑞穂さんがいて、2人で誰よりも早く練習場に来て準備をしていた姿を思い出します。忘れられないのはロンドン五輪で銅メダルを取った韓国戦。やってきたことが花開いたと思いますし、彼女のためにチーム全体が一丸となっていました。真面目にコツコツと頑張る人にはボールが集まるんですね。最後のポイントもリオでしたから。

彼女は笑顔が本当に似合う。これからもしんどいことがたくさんあるかもしれないけど、私も何とかパリ五輪までバレー界のために頑張るので、リオも今の笑顔を忘れずに、子どもたちにバレーボールの楽しさを教えてほしい。日本代表チームの応援もしてもらえたらうれしいです。それが私の願いです。

◆宮崎(みやざき)さとみ 1977年生まれ。神戸市出身。兵庫・須磨ノ浦女子高(現兵庫大須磨ノ浦高)、武庫川女子大時代はバレーボールの選手。代表チームには2大会で五輪に携わった後に離れたが、真鍋政義監督が復帰したタイミングで再び代表に関わる。練習への関係者の出入りや取材の調整、遠征や合宿などで選手たちに生活指導をすることもある。日本食が恋しくなる海外では、自らおにぎりを握るなど選手の「お母さん的」な存在。Vリーグ女子1部の姫路を運営する「姫路ヴィクトリーナ」所属。

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