「下半身のない海軍軍人」に「憑依」された女性の語り

「下半身のない海軍軍人」に「憑依」された女性の語り

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2020/10/18
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宮城県の古刹・通大寺では、人間に「憑依」した死者を成仏させる「除霊」の儀式が今も行われている。30人以上の霊に「憑依」されたことのある高村英さんと、その霊を成仏させた通大寺の金田諦應住職。二人に取材を続けてきたノンフィクション作家の奥野修司氏が、再び高村さんの語りに耳を傾ける。

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彼女が「霊を信じていない」理由

高村英さんが中学に入学する直前の男の子に憑依された体験を語ったあと、何気なくぼくに言った言葉がずっと気になっていた。

「私は霊を信じていないんです」

ぼくが霊を信じているかどうかと問われたら、むしろ信じていないと言ったほうがいいだろう。しかし、高村さんは霊に憑依された体験を語っているのだから、霊を信じていないというのは理解できない。ぼくは思い切って「どういうことですか?」と尋ねた。いつものように数秒ほど沈黙したあと、ぼくにこう言った。

「霊という言葉に抵抗があるだけで、存在を頭から否定しているわけではないんです。世間に広がっている霊のイメージに抵抗があるといえばいいでしょうか。 例えば、私は父を亡くしていますが、あなたのお父さんは幽霊になっているよと言われるのはあまりしっくりこないですよね」

「魂を否定してるわけではないんですね」

「全然否定していません」

「そうですか。ぼくは、『霊』は精神的な実体であって、タマとも読まれるように魂のことだと思っています。『幽霊』というのは、中世の怪談が謡曲や歌舞伎によって取り上げられるようになってから作られたフィクション、つまりお化けですね。『幽霊』と『霊』を混同されている方が多いんです。ぼくは、『霊』をいわば“死後の意識”と理解しています。死者の魂ですね」

「だとしたら、全然否定はしていません」

話し合うことで、「霊」に対する認識の違いはなくなったが、「除霊」や「憑依」については差が埋まることはなかった。金田住職がやっているのは「迷える霊」に成仏してもらうのだから、悪霊を取り除くニュアンスの「除霊」とは違う。しかし、他に言葉がないために便宜的に使っていると述べたが、やはり彼女は「除霊」も「憑依」も違和感があるという。その違いは、霊との距離感の差かもしれない。結局、認識の違いがあっても、相手が使う言葉を尊重して受け入れることにした。どう違うかはあえてぼくから説明しないが、彼女の表現からそれを感じ取っていただければいいと思う。

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photo by iStock

この日は、仙台駅のすぐそばにある貸会議室で会うことになった。古いビルらしく、部屋は4階にあるのにエレベーターもなく、急勾配の狭い階段があるだけだった。もっとも部屋は明るく、申し分なかったのだが、換気をするつもりで窓を開けようとしたら、これがまったく動かない。

「自殺する人が多いからですよ」

彼女が私の背に投げかける。一瞬手が止まり、「するとこの部屋も……」

「この町ではよくあるんです」

この日はこんな会話からスタートすることになった。

「おにぎりを食べたい!」と言った17歳の高校生があらわれた頃だから、2012年6月中旬だ。その日は一日中、誰かの名前を叫ぶ声が高村さんの頭の中を駆けめぐっていたという。自分の声なのか、記憶にある人の声なのか、それすらも分からない。普段なら予兆のようなものはあるのに、この日はそれすらも感じなかった。高村さんは気が気でなかったが、それでもできるだけ普通に過ごそうと、家族と一緒に買い物に出かけた。

ちょうど車で自宅に戻ってきたときだった。いきなり自分の下半身(の感覚)がなくなっているのに気づいた。その瞬間、あわや顔から地面に落ちそうになり、とっさに車のドアノブをつかんで上半身を支えたが、何かが起こりそうな気配だった。彼女は不安でいっぱいになり、「今夜は何も起きませんように、叫び声が出ませんように」と、祈るように気持ちを落ち着けたという。

しかし、夜になると不安は現実になった。息が上がり、呼吸が苦しくなり、慌てて通大寺に駆け込んだ。このときの彼女の感覚では、下半身がなく、喉から肺にかけて燃えるように熱く、内臓を引きずって歩いていたという。

憑依した男がそういう状態だったのである。

下半身のない兵隊の思い

高村さんが通大寺に電話したとき、その電話で金田住職の問いに答えていたので、この日は居間に入ることなく、寺の境内で車を降りると、両脇を家族に担がれるようにしてそのまま本堂に向かった。一人では全く歩けない状態だったという。

「下半身がなく内臓を引きずって歩いている、というのは、憑依した人が歩いているのを、高村さんが見ているという状態なのですか?」

高村さんはしばらく考えていた。こういう質問をされることはなかったそうだ。

「そうではなく……、私の体の中に、私の魂と男性の魂が一緒にあるので、2つの魂が離れていても共鳴しあうというか、つながっているんです。そうすると、彼が内臓を引きずって歩くと、それに同期するように私も感じるというか、追体験するというか……。一卵性双生児が遠く離れていても、同じ時間に同じことをするという不思議な話がありますが、それに似ているかもしれません」

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本堂に入ると、彼女はそのまま顔から床に倒れこんだ。このとき、彼女の記憶では、体を男性の魂に乗っ取られ、彼女はどこか暗い場所に追い出されたという。

「どういう男性なのですか?」

「軍服のようなものを着た男性で、25歳でした。下半身がなく、血まみれで内臓を引きずっていました。口元からも血を吐き出しながら、大声で叫んでいました。あまりにもグロテスクで、近寄ることもできなかったんです」

いきなり高村さんが、いや男性が血を吐きながら叫んだという。

「水島ぁぁぁぁ~!!」

金田住職が憑依した男性に声をかけた。すると下半身のない男は直立不動の姿勢で話そうとしたが、言葉のかわりに口から血が噴き出した。もっとも金田住職の目には見えない。

そしてようやく「自分は……」と名前を名乗ると、「すまない、水島~! 俺のせいで、貴様を死なせてしまった!」と叫んだ。

金田住職によると、帝国海軍の軍人で、広島県の呉軍港に停泊していた艦に乗っていたらしい。終戦の間際だったという。

住職が「どうしてあなたたちは亡くなったのか」と尋ねると、突然、彼女の視界に、暗闇の中で艦内作業している場面が見えたという。男が浮かべた映像は、高村さんにも見えるのだろう。

兵隊の最期を追体験させられる

男は絞り出すように語り始めた。一瞬のことで何が起こったのか分からないが、おそらく敵国による爆撃だろうと言った。自分はそのせいで負傷したが、親友で1つ年下の水島上等兵は、そんな自分を背負って逃げてくれた。ところが、次の爆撃で自分の下半身が吹っ飛んでしまった。それでも水島は自分を見捨てず、もう一度背負い直して走ってくれた――。

そこまで喋った後、男は声を詰まらせた。負傷した男を背負って逃げているうちに、さらなる爆撃で2人とも吹き飛ばされたのだという。そのせいで、男の霊は死しても自分が親友を死なせたと思い込んでいるのだ。

「彼には妻がいた、身重だと言ってたんだぁ! だから、だから俺を置いて行けと何度も言ったのに……、すまない、俺のせいだ! 俺のせいで水島は死んだのだ!」

その瞬間、高村さんは、男の兵隊と親友の水島が楽しそうに過ごしている映像が見えたという。男の記憶だろう。きっと2人は、故郷の幼なじみか、同級生だったに違いない。

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通大寺の本堂

「あなたは死んでいる。わかりますか?」金田住職の尋ねる声が聞こえくる。

「わかります」

男が毅然とそう言い切ると、突然、高村さんの前に、男たちが乗った艦船が爆撃を受けて燃え上がる映像が広がったという。男の兵隊と、彼を背負った水島が死んだ場面だろうか。彼女は悲しそうに言った。

「夜の海とは思えないほど明るくて、熱かったです。肌も痛いくらい。空気が熱くて熱くて、息をすると喉から肺にかけて焼けそうでした。熱い理由がわかりました。海が燃えていたんです。重油が漏れて燃えているのか、海も船も燃えていました。兵隊さんが、膝ぐらいの浅瀬を、バシャバシャと音を立てて歩いているんです。不思議な映像でした。沈んでいく艦の甲板かもしれません。親友の足が燃えていくのが見えました。あちこちに死体が浮かんでいて、どの死体も火がついているんです。それがまた、夜の海を明るくしていました。あの油の臭い、人が焼ける臭い。今も鼻腔の奥に残っています。そして怒声、悲鳴、砕ける水の音……、怖かった」

「爆撃を受けている映像を見ながら、住職さんの声も聞こえるですか?」

「本来、私の肉体には私の魂が定着しているのに、無理やり引き離されて別の魂が入り込んだわけです。『あなたは死んでいる。わかりますか』と尋ねられると、兵隊さんは、今の自分がどういう状況を辿ってきたのかを思い出すじゃないですか。すると、爆撃を受けて燃え上がる海の映像を思い浮かべたんです。魂はつながっていますから、その映像を私も見ることができます。つまり一緒に追体験できるのです」

光のある方向に向かっていく

ぼくは、「それは知りたいと思ったから彼の過去が見えたんですか?」と尋ねた。

「なるほど、過去に行くとも捉えられますね。ただ、結果的にそうなっただけで、そういうことを意識したことはないですね」と高村さんは言った。

「普通は内臓が吹き飛ぶような過去なんて見るだけでも辛いのだから、見たくないと思うのが普通ですよね」

「これまで見るか見ないかはコントロールできていたんです。このときはコントロールできなかったせいもあるかもしれません。だから記憶もあやふやで、強烈に感じた部分だけしか残っていません。兵隊さんのしゃべる言葉も難しかった。それに、私は死んでいるので、見える映像もひどいんです」

「え、死んでいるというのは、どういうことですか?」

「兵隊さんは、私の肉体を得た魂として生きています。私は肉体を奪われて魂だけの存在です。肉体があれば、魂の自由度は比較的高いのですが、肉体を失うと魂の自由度は一気に下がって、できることは限られてきます。彼の魂は肉体を得て息を吹き返したのに、私は肉体を失って死んだ状態。さまよう霊になっているんです」

下半身のない兵隊が「あなたはどなたですか?」と金田住職に尋ねた。

「この寺の坊主です」と住職が答えると、兵隊は「戦争はどうなりましたか」と
聞いた。

「負けましたよ」と住職は静かに言う。

「たくさんの日本人が死んで、敗戦になりました。 70年くらい前の話です」

それを聞いた兵隊が、口から血を噴き出すのを高村さんは見た。そして、「ああああぁぁ~」と、絞るような声を上げて泣いた。「負けたのかぁ! どうして! なぜ!」

この後の2人の会話は彼女の記憶になく、ただ禅問答のように聞こえたのを覚えているという。このときの彼女には時間の感覚はないからどれぐらい経ったのか分からないが、後で住職から何時間もかかったと聞いたそうだ。

その内容は記録にはほとんど残っておらず、わずかに残されたメモの字面を辿りながら語ってくれた。それによると、金田住職は兵隊の背中を撫で、といっても実際は彼女の背中だが、「誰も悪くない。誰のせいでもない。戦争が悪かった。時代が悪かったんだ。平和な国を作るから、二度と戦争なんてしない国を作るから……」というと、下半身はない兵隊は、何度も何度も「約束してください」とすがるように言った。

やがて金田住職の読経が始まった。そして熱湯(実際は冷水)をかけられると、彼女は下半身のない兵隊と一緒に光のあるほうに向かっていった。

「不思議なんです。光に近づくと温かくて、下半身のない人も光の世界に近づくにつれて足ができ、自分の足で歩くんです。いや、歩くというより、風に流されるように……」

しかし彼女は、ここからさらなる地獄を体験することになる。

〈次回はこちら

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