日本政府は理解していない...「国軍に忖度しないとミャンマーが中国寄りになる」は本当か

日本政府は理解していない...「国軍に忖度しないとミャンマーが中国寄りになる」は本当か

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/05/04
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新型コロナをめぐって日本の政治機構の諸問題が露呈しているが、同じような問題が外交においても露呈しているように思える。定められた規定路線の中で調整を繰り返していけばいいだけであれば、官僚機構が作業を積み上げていけばいいのだろう。

しかし、新しい危機への対応が迫られると、長期的・大局的な視野に立った判断をする司令塔がないので、関係者が思考停止と言わざるをえないような状況に陥る。

たとえば、ミャンマー危機への対応である。4月9日に、駐ミャンマーの15大使が共同声明でミャンマー軍を非難した際、日本は加わらなかった。アメリカの同盟国は、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどを含めて、ほぼ全て名を連ねた。アメリカの同盟国網の中で、日本の立ち位置は、エルドアン大統領のトルコやドゥテルテ大統領のフィリピンと同じレベルということになった。

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〔PHOTO〕gettyimages

日本の外交当局は、「日本はミャンマーに独自のパイプがある」、「北風がいいのか太陽がいいのかはわからない」といった意味不明な言葉を羅列する。しかし、政策的ビジョンは打ち出さない。決め文句は「ミャンマー軍に忖度しないと、ミャンマーがいっそう中国寄りになる」だが、これもフワっとした感覚的なレベルでのみ語られていると言わざるを得ない。

日本は、2013年にミャンマーに対する約2,000億円の円借款の債権の放棄を行い、さらに約2,000億円を新規の追加融資で返還の体裁をとらせる措置をとった。それにもかかわらず、その後も毎年数千億円規模の円借款を投入している。今の政治情勢では、さらなる焦げ付きは必至だと言わざるを得ない。

ミン・アウン・フライン国軍司令官は、「われわれはただ借金の踏み倒しなど痛くもかゆくもない、むしろODAを止めたら一番損をするのは大型案件を契約している日本の企業だぞ!」と、むしろ日本に脅しをかけているような状態だと言ってよい(参照「日本政府が『ミャンマー軍の市民虐殺』に沈黙を続ける根本的理由」)。

残念ながらジャーナリストの北角裕樹氏は人質にとられているような構図になってしまった。事実上の日本のミャンマー軍への忖度外交の流れの中で、日本政府は強く出ることも、打開策を提示することもできない状態に陥っている。

4月23日、明石康・元国連事務次長ら国連高位職経験者や元大使ら6名(そのうち5名が外務省出身外交官また外務省勤務経験者)が連名で署名して、茂木外務大臣にミャンマー外交に関する意見書を提出した(参照「明石氏ら『ミャンマー情勢打開へ積極的行動を』外務省に提言」)。

「日本も役割を果たすべきだ」、といったことを主張する檄文のような意見書は、膨大な証拠で明白となっている甚大な人権侵害を伴う弾圧についてはふれず、新たな国軍への「インセンティブ」の積み上げを提案し、「内戦の危機」を回避することを最優先の目標にすることを促したものであった。しかし、果たしてこれが日本外交の進むべき道なのかについては、疑問の余地がある(参照「“『ミャンマー情勢に関する提言』への懸念と反証ステートメント”をミャンマー・平和構築の研究者らが発表」)。

海外のメディアで、ミャンマー問題に関して日本が参照されることは稀だ。影響力を行使できるアクターとはみなされておらず、ほとんど忘れ去られていると言ってよい。「日本も関与せよ」、と言いたくなる気持ちになるのも、わからないではない。

しかしだからといって、過去に数千億円の債権の放棄に追い込まれ、なお毎年数千億円の資金を投入してきた経緯がありながらもなお、さらにただ「国軍に忖度してインセンティブを積み上げなければ、ミャンマーがいっそう中国寄りになる……」とつぶやくしかないのか。本当に、それは日本の国益にかなっているのか。少し考えてみたい。

中国とミャンマーの関係

中国とミャンマーは長い国境を有する隣国である。人口14億の超大国が隣接していれば、人口5千万人を上回る程度のミャンマーが圧倒されるのは、当然である。ただしそれは単純にミャンマーが中国に抱え込まれている、といった単純なものではない。

現在のミャンマーの領土に住んでいた人々が中国の政権に支配された歴史はない。中国に隣接するミャンマー北部の山岳地帯には明白な中国文化と政治の影響が見られるが、エーヤワディー川(旧称イラワジ川)流域の広大なデルタ地帯であるイラワジ平野に居住するビルマ民族は、独自の王朝文化を維持していた。ビルマ王朝を滅ぼして支配したのは、インドを植民地化していた大英帝国である。大英帝国統治時代にインド系の人々の大規模な移住がなされたことが、現在にまで至る複雑な民族的確執などにも影響を与えている。

ミャンマーは、中国とインドに挟まれた地理的環境に置かれた性格を持つ国である。そして、国境地帯の山岳地帯がミャンマーの支配民族であるビルマ民族とは異なる少数民族集団であるという事実が、この地理的環境の事情を複雑にしている。両国の影響力や、ミャンマーからの両国の影響は、少数民族の位置づけを媒介にして、定まってくる。

たとえば中国との国境地帯にあるミャンマー領域内の事実上の独立国である「ワ州」は、中国の強力な後ろ盾によって成立している。約2万人の兵力を擁する「ワ州」の軍事組織であるUWSA(ワ州連合軍)は、兵器供与や軍事訓練を含む中国の支援によって成り立っているとされる。UWSAは、2012年に長く戦闘状態にあった国軍との間で停戦合意を締結したが、武装解除や兵力削減には応じていない。

同様に、さらに北部で中国と接するミャンマー領のカチン州の軍事組織であるカチン独立軍(KIA)はアヘンに関するビジネスで収入を得ているとされるが、その窓口が中国系の諸組織であることは周知の事実だ。中国資本によるダム建設などで現地住民との軋轢を抱える中国は、中央政府を飛び越えたカチン州政府との関係構築にも熱心だ。

ロヒンギャ問題を抱えるラカイン州では、独立を目指すアラカン軍(AA)が、中国と関係を持つとされる。アラカン軍は、中国との国境地帯のシャン州のトーアン族の自治を目指すタアン民族解放軍(TNLA)や、シャン州の漢民族地域であるコーカン自治区のミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)と共闘して、頻繁に国軍施設を襲っている。アラカン軍はカチンのKIAとも近く、カチン州内に基地を持ち、軍事訓練を行ったりしている。

中国と近い組織とのネットワークを持つアラカン軍との良好な関係は、中国からすれば、ラカイン州から中国の雲南省まで2000キロメートルあまりを結ぶ原油パイプラインの防衛のために意味を持つ。2020年7月には、ミャンマー軍のミン・アウン・フライン最高司令官が、中国がアラカン軍に武器供与をしていることを暗に非難して、話題になった(参照「Myanmar In Rare Attack Against China For 'Support To Terror'」)。

1988年の民衆弾圧後の国際的な制裁下の「鎖国」時代に、ミャンマー軍は、中国に依存せざるを得なかった。だが中国にしてみれば、あらゆる犠牲を払ってミャンマー軍を擁護しなければならない必然的な理由があるわけではない。重要なのは、より具体的な中国の国益の保護だ。そこで反政府系の少数民族集団とも良好な関係を維持する。

中国に対する不満を示唆するかのように、ミン・アウン・フライン最高司令官は、3月27日の国軍記念日の式典で、ロシアの支援を称賛した。近年のミャンマーのロシアからの武器購入は過去10年で8億ドル相当額に拡大しており、今年2月のクーデター直後にも1500万ドル相当の武器を購入していた。またミャンマー国軍の将校の4分の1に当たる7,000人がこの数年間でロシア軍による訓練を受けたとも報道されている。

現時点では、武器を売って利益を得ているロシアのほうが、数千億円のODAを投入し続けている日本よりも、ミャンマー軍に対して深く入り込んでいると言わざるを得ない。

日本が影響力を増加させるためには、さらに「インセンティブ」を積み上げなければならないと思い詰める方々もいる。だが、おそらくODAをどこまで増額しても、中国の圧倒的な存在感はもちろん、ロシアの狡猾なセールスに匹敵する影響力を持つことはできないだろう。

ミャンマーをめぐる地政学的な構造

すでに見たように、ミャンマーは、中国とインドに挟まれた地理的環境に置かれた性格を持つ国である。ミャンマーの内政も外交も、二つの(超)大国と文明圏、そして険しい山岳地帯に挟まれた多民族国家であるという性格によって、大きく規定されている。

インドは、ミャンマーはインドとの間で長い国境を有する。この国境地帯も、少数民族集団が居住する山岳地帯である。インドは、国連安保理などで国軍非難に参加しつつ、慎重な姿勢もとっているが、それはむしろ歴史的・地理的なつながりの深さのゆえだ。

地政学の大家であるニコラス・スパイクマンは、ユーラシア大陸の外縁部分を指す「リムランド」における「アジアのモンスーン地帯」においては、中国とインドの二つの大国が別個の影響圏を持って存在していることを説明した。スパイクマンによれば、「ビルマとインドシナ半島の間の山脈は海まで伸びており、この偉大な二つの国家間が交流する際の大きな障壁となっている。……二つの東洋文化の中心地はそれぞれ独立して発展」してきた(『平和の地政学』98頁)。

「リムランド」という「海洋国家」と「陸上国家」の影響圏が交錯する地帯に位置しているだけでなく、ミャンマーは、中国とインドという「リムランド」のアジア部分の「二つの偉大な国家」に直接的に挟まれている国だ。

北の山岳地帯を越えると一帯一路を推進する超大国・中国が控えているが、海に乗り出してベンガル湾に入ればユーラシア大陸の巨大な半島国家のインドと遭遇する。中国の後背には陸上国家の雄としてのロシアが存在し、インドの横には海洋国家群のネットワークが存在する。

多民族主義をしっかり見据えた内政基盤を整え、そこに地政学的バランスをふまえた外交を重ねていくのでなければ、ミャンマーは安定しない。いたずらに軍事独裁政権だけが唯一の選択肢だと思い込み、その場限りの対応をし続けている限り、不安定な国情は続くだろう。負の連鎖から脱却するところにミャンマーの平和構築は開かれる。今回の政変は、そのための布石になるのであれば、生みの苦しみの価値はある。

どれだけODAを増額させようとも、日本が、単独のアクターとして、ミャンマーに対して影響力を行使するのは、不可能である。そうであればむしろ、「自由で開かれたインド太平洋」の自由主義諸国との連携を基盤にしながら、中国やロシアの影響力を抑止する方向性で、ミャンマー国内の連邦制をめぐる動きなども支援したほうがいい。日本は、長期的・大局的な視野に立って、ミャンマーと接していくべきだ。

自由で開かれたインド太平洋

日本は、米国を中心とする自由主義諸国の同盟諸国と、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」のネットワークを推進している。ミャンマー問題は、「自由で開かれたインド太平洋」の問題である。そうした認識がなければ、同盟国との関係を基盤にした日本外交の土台は失われていくだろう。もし日本が、「尖閣諸島以外の事柄とFOIPは関係がない」、といった態度をとるならば、やがて痛い目にあうだろう。

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ミャンマー国軍幹部に標的制裁をかけるアメリカを中心とする欧米諸国は、長期的な視点に立って、ミャンマーを好ましい方向に動かす努力をしている。「自由で開かれたインド太平洋」を長期的に強化していく方向で、ミャンマーに進んでほしい道をミャンマーの人々に示しているのである。つまり、これは国際社会の秩序のあり方をめぐる「競争」だ、という認識をもって、行動している。

それにもかかわらず、日本があえて欧米諸国に挑戦し、「ミャンマー国軍に忖度しなければ、貸したお金を返してもらえなくなる、制裁をやめてほしい、国軍に対するインセンティブを積み上げている日本の邪魔をしないでほしい」、などといった態度をとるならば、自由主義を基調とした国際秩序よりも先に、日本外交の土台が揺らいでいくことになるだろう。

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