放送作家・北本かつら氏が語る“東京芸人愛”「息の根を止めない」寸止めのさじ加減

放送作家・北本かつら氏が語る“東京芸人愛”「息の根を止めない」寸止めのさじ加減

  • マイナビニュース
  • 更新日:2021/02/21
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●弁護士志望で大学に入ったつもりが…

たけし、ナイツをべた褒め「いなかったら東京の漫才は終わってた」

注目を集めるテレビ番組のディレクター、プロデューサー、放送作家、脚本家たちを、プロフェッショナルとしての尊敬の念を込めて“テレビ屋”と呼び、作り手の素顔を通して、番組の面白さを探っていく連載インタビュー「テレビ屋の声」。今回の“テレビ屋”は、放送作家の北本かつら氏だ。

バラエティを中心に各局で様々な番組を手がけているが、そこに至るまでは「運が良かった」と振り返る業界レジェンドたちとの数々の出会いがあったという。さらに、インタビュー中には、ビートたけし、志村けん、さまぁ~ず、飯尾和樹(ずん)、サーヤ(ラランド)といった“東京芸人”たちへの愛が随所であふれ出てきた――。

○■放送作家なのに急きょフロアディレクターに…

――当連載に前回登場したフジテレビの鈴木善貴さんが、北本さんについて「入社したときからずっと一緒にやっていて、センスがいいなあと思っています。具体的に案を出してくれるので、そういう人は重宝してありがたいなと思いますね」とおっしゃっていました。

善貴くんは『アウト×デラックス』の演出やってますけど、彼は“アウトな人”として出る側の人間ですよ。例えば今、『ホンマでっか!?TV』を一緒にやってますけど、これに誘われたのときなんて、いきなり「定例会議、週2でやってるんですけど、かつらさん来週から来てもらうんで、そこに仕事入ってたら辞めてください」って言うんです。「一応僕のスケジュールも聞いてくれないの?」って言ったら、「いや、辞めるってことで来てくださ~い」って。それで他に2つ番組あったのに、事情話して無理やりずらしてもらって。

――それを何で受け入れてしまうんですか(笑)

聞かないんですもん、善貴くん。あと、年末特番(『僕のベスト私のベスト』)を一緒にやったんですけど、収録の前日に電話かかってきて「人手足りないんでフロアディレクターやってください!」って言ってきて。「いやいやディレクターなんかやったことないよ(泣)」と言ったら「かつらさんも何十年も業界にいるんだから、カンペ出してるところ見たことあるでしょ。大丈夫です大丈夫です、教えますから」とか言っておきながら当日、インカムの操作だけ教えてくれたら、あとは何も教えてくれないし。本番中に僕が変な操作をしたのかインカムが聞こえなくなっちゃって、カンペ出さなきゃいけない進行の山崎(夕貴)アナと向井(慧)くんの前で固まっちゃって。

収録終わって「作家なのにこんなこと初めてだわ、パニックだったよ(泣)」って言ったら、「かつらさん、令和ですよ! 職域を区切るってダサくないですか? 作家とかディレクターじゃなくて、大きくテレビマンでいいじゃないですか! わっはは! また、フロアディレクターやらせますね」なんて感じなんです。絶対また、やらされますよ。

――『ホンマでっか』でさんまさんの前でやらされることになったら、大変じゃないですか!

いや地獄ですよそんなの(笑)。ほかにも「キャスト案でかつらさんの名前、企画書に書いちゃいました」とか、嵐の特番で1回も会議出ずにネタ案送っただけでギャラ振り込まれたり、台本打ち合わせの時に彼女連れてきたり…。だから、『アウト×デラックス』の最終回は、善貴くんです。本当に変人ですから。

――めちゃくちゃですね(笑)

一番ヤバかったのは、結婚祝いで「かつらさん、鳥山明さん好きじゃないですか」と言って、「かつらくんへ、おめでとう! 鳥山明」ってメッセージ付きのクリリンの絵をもらったんですよ。もう完璧な鳥山明の絵で本当にうれしくて、家で額縁に入れて飾ってたんですね。それから数年後、『かりそめ天国』でみんな家に1つはお宝があるだろうという話になって、スタッフでもあるんじゃないかということで、「鳥山明先生のサイン付きの絵があるぞ!」と思いついて鑑定してもらったら、本物だということで80,000円の値がついたんですよ。それをすぐ善貴くんに伝えたら、「えー! 俺が描いたのに」って(笑)。放送にならなかったかのでよかったですが…。

――あぶないあぶない(笑)

善貴くん、めちゃくちゃ絵がうまいんですよ。しかも自分のタッチじゃなくて、『ワンピース』も少女漫画も、コピーロボットみたいに描くんです。年下なのに彼が入社以来、そういういたずらを延々とやられてます(笑)。だから今回指名してきたのも、いじり甲斐があるからじゃないですかね。
○■テレビ番組へ勝手にネタ投稿

――そもそも放送作家には、どのようにしてなられたのですか?

大学のとき、父と同じ広告マンになりたくて、当時電通のクリエーティブ局にいた藤島淳さんという人が大学生集めてやっていたコピーライターの授業みたいなのに参加する機会があって、「ツムラの入浴剤」という課題が出たんです。それに「いい湯だな 馬場んば、馬ん場んばん」というコピーに、ドリフメンバーの中心にジャイアント馬場さんの切り抜きをコラージュみたいにして出したら、やたら褒められて。その授業の後に飲みに連れてもらって生意気にいろいろ話したら、「コピーライターよりテレビ好きじゃない。放送作家とかいいんじゃない?」と言われ、「じゃあそれだ!」となったんです。そこから、なんのコネもないので、投稿感覚で各局にネタを送り始めました。

――特に番組から募集していたわけじゃないですよね?

してないですよ。雑誌とかラジオに送るのと同じ感覚で、最初は日本テレビの『マジカル頭脳パワー!!』とか、テレビ東京の『銀BURA天国』という天然素材の番組とかに、そこから、気になる深夜番組とか片っ端から「こういうコーナーはどうですか?」みたいなネタを勝手にテレビ局の住所に、スタッフロールに出てくるプロデューサーの名前を書いて送ってたんです。今思うとアブナイやつです(笑)

そんなことをやってたら電話がかかってきて、日テレの深夜でやってた『所的蛇足講座』(福岡放送制作)という番組に制作をやっていたホリプロの曽川(修二)プロデューサーの番組に若手作家として呼んでいただくことになって。そこからホリプロの常務の森(章)さん、当時バカルディさんのチーフマネージャーだった岡(孝二郎)さんに声をかけてもらい、深夜番組のネタ出しとか、毎月のホリプロライブの構成を任されるようになって、さまぁ~ずさん、当時のバカルディさんに会うんです。

――大学生にライブの構成も任せてくれたんですか!

僕、生意気だったんで、曽川さんと岡さんに「できるか?」って言われて、「できます!」みたいなノリで(笑)。若手のライブのネタ見せに行ったり台本を直したりして、ライブ全体の構成もやって。(榊原)郁恵さん、井森(美幸)さんの舞台のADなんかもさせてもらったり、大学にも行かず、ほぼ毎日ホリプロでうろちょろして、ご飯食べさせてもらい、お小遣いも頂いてました。

放送作家って、最初は制作会社とか芸人の座付きとか、ディレクターに育てられるという人が多いんですけど、僕は芸能事務所から入ったので、ホリプロの方たちが売り込んでくれるのがうまかったんですよ。局のプロデューサーやディレクターに、森さん、岡さん、曽川さんが「こいつギャラなしでもいいんで、こき使ってください! 若くて生意気なんですが、ホリプロライブ仕切らせてるんですよ~」なんて大げさに言ってくれて。実際はまだまだ実力不足でライブ終わりにいつも、さまぁ~ずさんに反省会の居酒屋で怒られてばかりだったんですが…。

それで最初にターニングポイントになったと思ったのが、当時フジテレビのプロデューサーだった吉田正樹さん(現・ワタナベエンターテインメント会長)が、番組をやるからということで若手芸人をスカウトしにホリプロのライブにいらしたんです。でも僕、偉い人だって知らなかったので、慣れ慣れしく、ペラペラお笑いについて生意気なことをしゃべってたんですよ。そしたら後日、吉田さんから「ナベプロライブの構成もやりなさい。君はまだ若いから、放送作家をやるんだったらホリプロの笑いのルールだけじゃなくて、ナベプロ笑いのルールも勉強して、まだまだ足りない基礎を作りなさい」と言われたんです。もうお父さんみたいな感じですよね(笑)
○■ホリプロ&ナベプロライブの両輪からテレビへ

――それで、両方の事務所ライブをやるようになったんですね。

でも、さすがにホリプロのライバル会社のライブは…って思いましたね。ナベプロでミキさん(渡辺ミキ社長、吉田正樹氏夫人)との面接をした帰りに、目黒(ホリプロ)に行って森さんに報告したら、「勉強なら、かつら! 両方頑張ってやればいいじゃん。どっちから見ても、今日からスパイかつらだな(笑)」と言われて。後日吉田さんから聞いたんですが「かつらをよろしくお願いします!」って森さんが電話で話してくれたんみたいなんです。ホリプロのタレントでもないのに…

――懐が深い!

それから、ホリプロライブとナベプロライブを両輪でやるようになったんです。すると、吉田さんがナベプロのネプチューンとかビビるとかで深夜番組や、『笑う犬』『力の限りゴーゴゴー!!』『エブナイ』『チノパン』とか始まるたびに、一番下の作家として呼んでいただけるようになりました。

一方で、ホリプロではバカルディがさまぁ~ずに改名してブレイクしたタイミングも重なり、さまぁ~ずさんの番組に呼ばれるようになって、TBSで演出をやられていた中川通成さん(現・制作一部長)に大竹(一樹)さんが「若手でまだ食えない作家がいるから面倒見ていただけないですか」って言ってくれたらしく、中川さんに呼ばれてTBSのウッチャンナンチャンのレギュラーや特番をやらせていただくことにもなりました。中川さんには一番最初にゴールデン特番のチーフを20代前半でデビューさせていただき、いまだに足を向けて寝られません。

こうやって20代の頃は家にも帰らない大学にも行かないで、フジテレビ、TBS、ナベプロ、ホリプロをぐるぐる回って過ごしてましたね。TBSで寝て、フジでお風呂入って、ホリプロ行ってお昼ごはん食べてみたいな。深夜、ライブの準備でナベプロで寝てたらジーパンの股が破れてて、ミキさんに「ナベプロライブの構成してる作家が股が破れたズボンなんて」と言われて、マズいなって思いながら次の週また同じズボン履いてナベプロに行ったら、新しいズボンをミキさんから頂いたり(笑)。ずっと、ホリプロ、ナベプロの優しい大人の方々に助けてもらいながら、勉強もさせてもらって、まさに青春時代を過ごしたという感じでした。

弁護士になりたくて大学に行ったつもりでしたが…もう勉強もしてないし、こっちのほうが相当面白いや!となってしまってましたね。

――そこから、さらに他の局にも広がっていくんですね。

さまぁ~ずさんがブレイクしたタイミングで、テレ東でさまぁ~ずさんとダチョウ倶楽部さんのお笑い番組(『ダチョウ&さまぁ~ずの若手で笑っちゃったよ!』)をやろうという話が来て、その番組の当時はまだ演出だったか、今の僕の兄貴分である若かりし伊藤(隆行)Pと2人で一緒に寝そうになりながら朝までかかって台本作って、本番に挑み、そこから『ゴッドタン』の前身の『大人のコンソメ』という番組を一緒にやらせていただいて、『やりすぎコージー』そして、今の『モヤさま(モヤモヤさまぁ~ず2)』という流れですね。

本当に流されるまま、気がついたら、テレビの現場のど真ん中に、末席でありながら居させていただきました。電通の藤島さんの授業からここまでで、3年くらいの猛スピードで、全部いきなり現場現場の実践で大変学ばせていただきました。19~21歳くらいでホリプロ&ナベプロライブと若手芸人のライブ、深夜番組。22~24歳で『力の限りゴーゴゴー!!』『おしゃれカンケイ』、深夜や特番のチーフ作家、25~26歳で『ヘキサゴン』『トリビア』『IQサプリ』、27~28歳『みなさんのおかげでした』『やりすぎコージー』、29か30歳で一発目のモヤさま特番でしたので運がいいだけなのですが、ただただ流されてただけなのに、食えなくてヒーヒー言ってる給料0、バイトバイトの修業時代!みたいのは一切ありませんでした。時代もありますが、大学6年通ってる中、ずっと大学生とは思えないギャラを頂いていたと思います。ただただ実力というより、人との出会いの運がよかったんだなぁと。

●留学経験から生まれた「トリビア」のタイトル
――キャリアを積み重ねられてきた中で、ご自身で手応えのある企画を挙げるとすると、何ですか?

企画は「あれは俺だ!」と言うと、「あのヤロー!」と怒るディレクターがいっぱいいますので(笑)。ただ、誰も言ってくれないので初めて言いますが、『トリビアの泉』の「トリビア」という言葉は、僕が会議で言ったのを覚えています。記憶してるのは僕だけかもですが…。

「トリビア」は「瑣末(さまつ)」とか「どうでもいい」という意味なんですけど、僕が学生時代オーストラリアのパースに留学していたときに『スーパートリビア事典』という本を書店で見つけて、田舎でやることがないから、毎日パラパラ読んでたんです。それから数年後、放送作家になって『スーパートリビア事典』というそのままのタイトルで企画書を日テレの『さんま御殿』の小川通仁さんという演出の方に出したら「これはイイ!」と言われたんですが、落選してしまって。それでも小川さんに「どこの局でもいいから、俺が見たいから出しなさい」と言われ、いろいろ出したんですが通らなくて、あきらめていたんです。

そんなタイミングで、大先輩の作家の酒井健作さんが『HEY!HEY!HEY!』のパロディーみたいなタイトルで、うんちくを言って『へぇ!へぇ!へぇ!』という企画を出されていて! そちらは見事に企画として昇華されてフジテレビで通っていて、健作さんに誘っていただき、番組に参加することになりまして。当時「うんちく」って親父が飲み屋で言うような言葉でネガティブなイメージがあったから、タイトル会議で僕が「ここでトリビアって言葉つかえるぞ…」と思って、「『スーパートリビア事典』という本があって『些末な』っていう意味で『トリビア』という言葉があるんですが、良くないですか?」って言ったら、なんとなくディレクター陣や健作さんがノッてくれたと記憶してます。それに「トレビの泉」が掛け合わされて、『トリビアの泉』になったと思います。これは自分の中の、まあまあいい仕事したんじゃないかな、という手応えかもしれません。

――番組のおかげで、今や「トリビア」はすっかり浸透した言葉になりましたよね。

あとは『シルシルミシル』のタイトルも、童話の『チルチルミチル』から「知る知る見しる」にしたダジャレを案で出した会議ネタだったんですが、テレ朝の藤井(智久、現・コンテンツ編成局次長)さんがギャグで候補に入れてくれて、くりぃむしちゅーさんに持っていったらこれが選ばれたと聞きました。これも誰も言ってくれないので、そっと言わせてください(笑)

――コピーライター志望だったというところが、番組タイトルのセンスにも発揮されているんですね。他にも、北本さんが他にタイトルに関わった番組はありますか?

これは命名者ではないですが、『モヤモヤさまぁ~ず2』は、もともと伊藤Pが考えたのが、ちんちん電車みたいにロープを持ってさまぁ~ずさんとゲストが街を歩くということで『ちんちんさまぁ~ず』というタイトルだったんですけど、さすがに偉い人に通らなかったらしくて(笑)。その頃、僕が伊藤Pとか演出の株木(亘)さんに企画を出すとき、「ちょっとまだ固まってなくてモヤモヤしてるんですけど…」って、“モヤモヤ”というのを言い訳のように言ってたんですよ。そしたら、「かつらが言ってるあの“モヤモヤ”っていいな」となって、このタイトルにしたよと聞きました。

――『モヤさま』も深夜時代から数えて14年になります。

この番組は伊藤Pも僕もさまぁ~ずも東京人で、演出の株木さんも東北の人ということで、“西”の感じがないんですよ。いわゆる吉本っぽいギラギラしたお笑い感がないので、さまぁ~ずさんが変なことをするというより、街の愛すべき変な人をうまく調理する。「なんでやねん!」ってツッコまないで、変なこと言ってたら「ハハハ、さすがだなぁ~おじさん」「なるほど、なるほど、やるねーお母さん」と言って去っていくというか、白黒はっきりさせない優しさというか。うまく言えませんが、その辺のさじ加減がさまぁ~ずの腕であり、“東京風”な番組だなぁと思ってます。
○■たけし×安住アナを生んだバラエティ制作者

――ここまで、いろんなディレクターさんの名前が出てきましたが、特に印象に残る方を挙げるとどなたになりますか?

テレ朝の藤井さんには本当にお世話になってます。ディレクター界のミスターストイックというか軍人のような人なんですけど、侠気があって、熱くて、(ビート)たけしさんの裏方版といいますか。参加させていただいた『シルシルミシル』で、例えばパナソニックを特集したとき、「これぐらいの説明では我々は騙(だま)されません、これならソニーのテレビを買っちゃうかも…どうか御社のテレビを買いたくなるような説明をもっと!」とか、バカリズムのちょっと意地悪なナレーションを付けたんですよ。当時、我々作家チームもよくインタビューを受けて「あのナレーションすごいですね」とよく言われたんですけど、あのテイストを作ったのは完全に藤井さんです。企業が怒るか怒らないのギリギリのラインを攻めて、それもぶっきらぼうじゃなく、めちゃくちゃ愛情ある編集をするんです。

そもそも、企業案件を扱うというのは通販みたいでダサいと言われてたのに、『シルシルミシル』が初めてバラエティに昇華させたと思っています。藤井さんがすごいのは、こういう情報バラエティの演出ができるんですけど、もともと『くりぃむナントカ』で「ビンカン選手権」とかやってた人ですから(笑)。『シルシルミシル』の会議が終わって、そのまま『くりぃむナントカ』『志村・鶴瓶vsナインティナインの元祖英語禁止ボウリング』の会議をやってましたからね。

藤井さんは僕にとって学校の先生みたいな人で、大学からバイトを1回もやったことなく、社会を知らないでずっとテレビ村にいるので、社会人のマナーとかが全く分かっていなくて、「もらった名刺をなんで置きっぱなしで帰るんだ!」というところから「運転下手なら社会のために運転しちゃだめだ」とか、「妹の新婚旅行に何で行ってんだ、ついていっちゃダメだ!」とか、番組作りだけでなく、そういう生活態度、道徳的なことも含め、全部教えてもらいました。

――妹の新婚旅行に行っちゃダメなのは、社会人経験しなくても(笑)

あとは、TBSの阿部龍二郎さん(現・TBSテレビ取締役)ですね。『ぴったんこカン・カン』や『金スマ』のスーパーP&演出家で業界では知らない人はいない方ですが、たけしさんと安住(紳一郎)さんを合体してニュース番組を作ったら面白いだろうという阿部さんのアイデアで『(情報7days)ニュースキャスター』が生まれ、立ち上げから参加させていただいてます。

とにかく阿部さんは、会議中から作家以上にガンガンアイデアが湧き上がって発言されるので、会議に一緒に出させていただくと本当にプレッシャーが半端ないです。つまんないこと言うと「かつらちゃん、それ普通でしょ。大丈夫?」とスパッと言われるので(笑)、ドキッとするアイデアを言わないと全く心動いてくれないです。

●70歳を超えても衰えない“知的モンスター”たけし

阿部さんに一番感謝しているのは、番組の作り方だけでなく『ニュースキャスター』で、たけしさんと一緒に仕事をさせてくれたことですね。コロナの前まで11年間、生放送終わりで個室の焼肉屋に反省会に行くんですが、こんなところに放送作家なんて連れて行く必要ないんですよ。でも、阿部さんが初回放送終わり、「かつらちゃん、勉強になるから来なさい」と言うので、「怖いです」って言ったんですけど無理やり連れて行かされて(笑)。それから11年毎週たけしさんと夕ご飯を食べながらお話を聞けたのが、めちゃくちゃ勉強になりました。

――たけしさんのお話、すごく興味あります。

たけしさんって冗談でなく、とんでもない怪物なんです。『ニュースキャスター』の反省なんて5分くらいで終わるんです。「刮目NEWSでこんなネタ用意してるんです」って僕らがプレゼンすると、「なるほどね。こことここ間違ってんな。これは構成的に後ろがいいな」って、瞬時に構成を直すんです。それで番組の話が終わると、「映画でめちゃくちゃ面白い発想があるんだけど…」ってシナリオの話を始めたり、夜中の2時過ぎて「今から帰って小説書かなきゃ」って大学ノートにメモしてたり、「豊臣秀吉の新しい説を歴史学者からプライベートで聞いたんだ…」とか「こないだ東大受験の数学の問題やったんだけど…」とか。ものすごい読書量で、分厚い科学の本や宇宙の本を読んでいて、数学とか科学が好きなのはテレビを見ている人も分かると思うんですけど、スポーツも異常に詳しい。野球やボクシングはもちろん、アメフトにサッカーも。若手芸人のネタも全部知ってるし、CSもよく見てるし。

一方で、「甘栗の甘くする機械にイチゴ入れたらどうなるんだろう」とかくだらないこともノートに書いてあるんですよ(笑)。70歳を過ぎているのにインプットとアウトプットの量が半端ないんです。よく、さんまさんが「いつ寝てるんですか?」と言われてますけど、たけしさんも本当にそうなんですよ。

――イーストの角井英之さんも『アンビリバボー』のストーリーテラーの収録の際、取り上げるVTRの内容を相当知っていると言っていました。

引き出しが縦横無尽にあって、こんなとんでもない“知的モンスター”は見たことないです。やっぱり運だけでは売れないんだなって思いましたね。めちゃくちゃ努力してるし、めちゃくちゃアクティブなんですよ。ひと仕事終えて、夜中の2時から小説書く若手芸人なんていないですもん。

藤井さん、阿部さん、テレ東の伊藤Pの3人には、下っ端のネタ出しからチーフ作家をやらせてもらうようになって、放送作家のスキルをちゃんとつけてもらったので、僕の30代を作ってくれた人です。伊藤Pはいい兄貴ですけど、藤井さん、阿部さんは怖い先輩という感じで、局ですれ違ったらいまだに緊張しますね(笑)

――他に印象に残るプロデューサーや演出の方はいらっしゃいますか?

散々、番組に呼んでいただいた『ガチンコ!』を作ったTBSの合田(隆信)さん(現・TBSホールディングス執行役員)や『爆報!THEフライデー』を作ったTBSの大久保竜さん、『おしゃれカンケイ』から『おしゃれイズム』まで、ずっと一緒にやらせていただいてる日本テレビの加藤孝司さん、リーライダーすの李闘士男監督も、初めて会ったときは、どのタレントさんよりもオーラがすごくて、本当に、吹き飛ばされそうになりました。全員、鬼滅で言う“柱レベル”、呪術廻戦でいう特級の戦闘力とオーラです(笑)
○■飯尾和樹のリポート術を引き出した“テレ朝・藤井軍団”

――たけしさんのほかに、タレントさんで印象に残る方はいかがですか?

飯尾和樹さんは『シルシルミシル』や『くりぃむナンチャラ』『マネースクープ』という番組で、先輩ですが勝手に一緒に戦ってきた戦友という感じですね。今やどの番組でもリポーターとして大活躍されていますが、飯尾さんの天才レポートの面白さを発見したのはテレ朝の藤井さんで、『シルシルミシル』が最初だったと僕はいまだに思ってます。

当時、世間の方は「『(笑って)いいとも!』に出てた地味な人」くらいの感じだったと思います。でも、藤井軍団はずっと「飯尾さん面白いよね」と会議で言っていて。リポーターをやってもらったら、八ツ橋の工場見学に行くときに「八ツ橋は 2個で十分 飯尾です」ってカメラ下からぬっと登場して、自己紹介したんです。会議でプレビューしながら「やっぱり飯尾さん天才だなあ」って改めて確信してしまいました。それからどんどん出てもらううちに、飯尾さんのリポート技術が各局にバレはじめちゃったんです。

――でも、『かりそめ天国』の「飯尾No.1キャバ嬢」のリポートは、別格ですよね。

飯尾さんのことを一番分かってるテレ朝・藤井軍団ですからね。『シルシルミシル』から『かりそめ天国』に続くあの面白さが広がってるんだと思ってます。飯尾さん本人がよその現場で、「『かりそめ天国』とか『シルシルミシル』のときみたいな感じでやってもらっていいですか?」って頼まれると言ってましたから(笑)

僕は新宿出身なので、やっぱり東京の芸人さんに愛着があるんです。たけしさんもさまぁ~ずさんも、飯尾さんも、そして『志村&鶴瓶のあぶない交遊録』でお世話になった志村けんさんも全員東京。最近では、ラランドのサーヤさんと文化放送でラジオ(『卒業アルバムに1人はいそうな人を探すラジオ』)をやっているんですが、彼女も八王子ですからね。なにかやりやすいというか、勝手に僕だけかもですが、波長が合ってます。

――この並びで、サーヤさんが入ってくるんですね!

文化放送の加藤慶プロデューサーから、ノブコブの徳井(健太)くん、乃木坂の秋元真夏ちゃん、相席スタートの(山崎)ケイちゃんで帯の番組をやろうと思うので、どの曜日がいいかと言われたんです。それで、僕は最初「徳井さんがいいな」って言ったんですよ。ラジオのパーソナリティと作家って密接して仲良くならないといけないから、世代的にも近いし、入りやすいだろうと思ったんですけど、たまたまその曜日が僕のスケジュールが合わなくて、それだったらサーヤさんがいいかなあと思って。さまぁ~ずさんに面倒見てもらって、飯尾さんと戦友で戦ってきたんですが、先輩でも同世代でもない年下の人とやるっていうのがなかったので、やってみようかなと。

そしたら、年下なのに毎回いじられるんです(笑)。「雑魚キャラの癖に生意気な車に乗ってる」とか言ってくるし、「かっつぁん」って呼ばれるし。プロデューサーもディレクターもいつも怖い人ばかりと仕事してきたので、根っからの怒られ屋なのかもしれないですね(笑)

――サーヤさんは、どんなところが魅力ですか?

まずグイグイしてないんです。たけしさんも志村さんもさまぁ~ずさんもそうなんですけど、毒舌なんだけど息の根を止めない、寸止めな感じが東京風なんですよね。

それと、20くらい年齢が離れてるんですけど、僕がずっと敬語使われるとやりづらいのが分かってるんでしょうね。あえてガンガンいじってくれてます。精神年齢もあっちのほうが上なのか、僕も知らぬまに「サーヤ姉」とか言ってますし。

●フジ片岡飛鳥氏に企画をぶつける

――今後こういう番組を作っていきたいというものはありますか?

具体的にはまだ固まっていないのですが、昨年末、誰もが認めるテレビ界のレジェンドであるフジテレビの片岡飛鳥さん(『めちゃ×2イケてるッ!』総監督)と初めてお会いして、がっつり食事をしてお話しする機会があったんですよ。『ホンマでっか』に玉野鼓太郎くんという若きエースディレクターがいて、飛鳥さんの最後の弟子なんですけど、彼に飛鳥さんが「北本かつらって名前知ってるけど会ったことないんだよ。1回会ってみようかな」と言ってくれてみたいで、「あーまた怖い人かよ!」と思ったんですけど(笑)、緊張しつつ3人で会ったら、お互い新宿出身だと分かって、勝手に僕は打ち解けたのでは?と思いました(笑)

だから今年は、飛鳥さんに企画をぶつけてみたいなぁと。一切歯が立たない結果に終わるかもしれませんが、飛鳥イズムを今まで全く注入してこなかったバラエティの違う作法、文法を学んだ僕が、どれだけ飛鳥さんにぶつけられるか。楽しみでもあるし、自信喪失で勉強し直しの1年になるかもな…とも思ってますが。というより、飛鳥さんのバラエティをまた見たいんです。こうやって企画を見てくれるということは、絶対やられるはずですから。

――これは楽しみです! 一方で最近、YouTubeなどネット配信が盛り上がってきている中で、テレビの役割はどのように考えていますか?

「業界再編成」とか「過渡期」とか、「テレビやラジオは斜陽じゃないか」とか言われていて、それについてどう思いますか?という業界の構造的な話もよく聞かれるんですけど、本当に申し訳ないんですが、そういう難しいことはもっと偉い大御所の方、頭の良い方に考えていただいて、僕は沈みゆく船かもしれないですけど、相変わらずテレビやラジオで頑張らせてもらおうと思ってます。

みんなお世話になっている人との仕事でずっと受け身で流されるままやってきましたが、ここに来て初めてサーヤ氏と番組をやるとか、飛鳥さんに企画をぶつけてみるとか、1回自分のキャリアをリセットして新しい挑戦をテレビでしてみようと思ってます。この間、テレ東の若手ディレクター・古川(智)くんに呼ばれて、フワちゃんの特番(『芸能人飼育バラエティ 視聴者様に飼われたい!』)をやったんですが、去年だったら断ってたと思うんですけど、この流れだからちょっとやってみようかなと思って。これから若い演者さん、若い演出家の方とやるのも僕の今年の課題としています。4月から、ぼる塾やハライチ岩井さんの新番組、深夜ドラマも参加させていただき準備中です! だから業界全体のことを考える余裕は正直全然ありません。すいません…。

――ここに来て、新たなスタートという感じですね。

はい。将来の夢は、ジジイになったレジェンド演出家とプロデューサーを、僕がマネージャーとして売り込んでいくことなんです。今確約取れているのは、伊藤Pと合田さん。藤井さんには「そんなに言うんだったら考えてやるよ」と言ってもらってます。飛鳥さんにはもし企画が通ったら、「こんなこと考えてるんですけど…」って誘ってみようかと。阿部さんも口説こうと思ってるんですけど、リアルに怖いからどうしようかな…(笑)

――ドリームチームですね! バラエティ制作者専用の“やすらぎの郷”的な。

そうですそうです。
○■周りが『ごっつええ感じ』に浮気しても…

――ご自身が影響を受けた番組は、何ですか?

『(天才・たけしの)元気が出るテレビ!!』『カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ』はもちろんですが、深夜番組が好きで、日テレでやってた『天才どんぐり連合』というのがあったんです。MCが毎週違って、デンジャラスさん、バカルディさん、木村祐一さん、東野幸治さんだったかな…。『電波少年』みたいに、結構過激なことをやってたんですよ。ほかにも、TBSの『いかすバンド天国』に、竹中(直人)さんとビシバシステムの『東京イエローページ』、関根(勤)さん、ルー(大柴)さん、ラッキィ(池田)さんの『ギャグ満点』、テレ東の『ギルガメッシュないと』とかも、普通に見てましたね。

でも、王道はやっぱりたけしさんなんですよ。僕らの世代は『元気が出るテレビ』から『(ダウンタウンの)ごっつええ感じ』に浮気してそっちに行った人たちが結構いたんですけど、僕は最後までたけしさんを見てましたから。

――いろいろお話を聞かせていただき、ありがとうございました。最後に、気になっている“テレビ屋”をお伺いしたいのですが…

先ほどから何度も登場していますが、テレ朝の藤井さんですね。有名な話で、藤井さんがディレクターだったとき、カラオケでADと騒いでたらヤクザみたいな人が「うるせえな!」って来て。でも、局員で手を出せないから「僕を殴ってください」って言ってアゴの骨折れるまで殴られてADを逃してあげたっていう、本当に侠気の塊のような人なんですよ。

しかも、ディレクターとして本当に天才的で、VTRを見てまあまあ面白いなという空気になっても、100個くらいダメ出しするんです。しかも100個、全部納得。いろんなプロデューサーやディレクターを見てきましたけど、日本で一番編集がうまいと思います。

次回の“テレビ屋”は…

テレビ朝日・藤井智久氏

中島優

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