コロナ禍で狭まる人間関係の中、必要になってくる「絵本の力」<長田弘・いせひでこ絵本原画展>

コロナ禍で狭まる人間関係の中、必要になってくる「絵本の力」<長田弘・いせひでこ絵本原画展>

  • ハーバービジネスオンライン
  • 更新日:2020/09/15

◆長田弘さんといせひでこさんの絵本原画展が開催中

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「この絵の中に長田さんがいるんですよ」と嬉しそうに話すいせひでこさん

9月12日現在、国内での新型コロナウィルス感染者は6万7865人、死者は1279人となりました(厚生労働省発表より)。換気の悪い密閉空間・人が密集する場所・間近で会話や発声をする密接場面を避けるようにとの「お願い」が繰り返され、身動きの取れない日々が続いています。

ライブハウスや劇場、映画館、美術館、博物館など、人が多く集まる場所は休業やイベントの縮小・中止を余儀なくされ、廃業するところも増えてきました。そんな苦境に立たされながらも、人々に愛されながらこの混乱に立ち向かっている小さな美術館があります。

長野県安曇野市の森の中にある「絵本美術館 森のおうち」は、絵本作家のいせひでこさんが絵本を上梓するたび、最初に原画展を行う美術館です。2020年10月6日(火)までは「~あなたは言葉を信じていますか~」というタイトルで、いせひでこさんと詩人・長田弘さんの絵本原画展が行われています。

この展覧会では、2020年4月に発表された『風のことば 空のことば 語りかける辞典』をはじめ、『最初の質問』『幼い子は微笑む』(すべて講談社)などの原画が展示されています。すべて長田弘さんが詩を書き、いせひでこさんが絵を描いた絵本の原画です。8月1日に同美術館で行われたトークショーの中で、いせひでこさんは長田さんのことや絵本についてこう語りました(以下、いせさんのトークショーより)。

◆長田さんが亡くなったことは、自分の言葉を失ったかのようだった

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いせひでこさん・長田弘さん共著の3冊。『最初の質問』『幼い子は微笑む』『風のことば 空のことば 語りかける辞典』

長田さんと最初に絵本を作ったのは『最初の質問』で、2011年の東日本大震災の直後に出版社からお話をいただきました。この詩の最後のフレーズが「時代は言葉をないがしろにしている。あなたは言葉を信じていますか」というもので、これは長田さんからの宿題だと私は思いました。長田さんは福島の出身でした。

むずかしい詩で、1年間は絵が描けずに、詩を壁に貼って毎日眺めては自分に質問をしていました。長田さんからの問いを読みながら、自分のはじまりの記憶をずっとたどっていきました。すると、函館で雪解けの水たまりに空を見つけた、5歳の記憶にたどりつきました。空は上にあるとは限らない。水たまりに底なしに広がる空に、こわいほどの無限を感じたのです。

その5歳の記憶の引き出しと、今まで描いてきた膨大な量のスケッチの、手と目の記憶が結びついて、この絵本の絵が描けました。絵本ができあがって、長田さんが「言葉という楽器と絵という楽器の、アンサンブルだね」と言ってくださったことがとても嬉しかったです。

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『最初の質問』のカバーに描かれた、足元の水たまりを見ていた少女が、『風のことば 空のことば 語りかける辞典』では空を見上げている

私は長田さんには4回しかお会いしたことがないのですが、そのうちの2回は対談でした。言葉を通していっぱい会っているし、もともと制作中に作家さんとは会いません。ご本人にはそんなに会わなくてもいいやと思っていました。ところが、2冊目の『幼い子は微笑む』のエスキース(下絵)を1枚も見ないうちに、長田さんは亡くなってしまいました。

そのころ、詩人と自分の境目がなくなるくらいに長田さんの詩と向き合っていましたから、長田さんが亡くなったことは自分の言葉を失ったかのようでした。

◆人は自分が体験したことしか表現できない

私はそんな悲しみの中で、何とか本物の幼い子の微笑みを見たくて産院に通い、たくさんの赤ちゃんをスケッチしました。幼い子の微笑みは、まだ言葉を知らない人間の“最初の表現”なんです。『幼い子は微笑む』は、宇宙から生まれた赤ちゃんは、泣くこと、黙ること、人を見つめることを覚え、微笑みを覚えていくという詩です。宇宙から……というのは、私の解釈です。

できなかったことができるようになっていく。しかしその後、「人はことばを覚えて幸福を失う。そして、覚えたことばとおなじだけの悲しみを知る者になる」と、人生を否定するかのような表現がくるんです。

本当に深くて重い、長田さん独特のストーリーです。ただそのまま絵を描けばよいというものではなく、一筋縄ではいきませんでした。

『幼い子は微笑む』の中に、せっかくつくったタンポポの冠が川に流されるという“初めての喪失体験”の絵があります。これも自分が子どもの頃に体験したことです。人は体験したことしか表現できないのです。

◆「ひとはみんな自分の名前に出会うために生まれてくるんだ」

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美術館の吹き抜けにそびえたつような大樹のタブロー。ホールには天窓から光が入り、まるで木漏れ日のよう

自作の絵本『絵描き』(平凡社)の中でも、「きょうの記憶をしまっていたら、きのうの記憶がふとよみがえる」という言葉があります。絵本を作るときに記憶(体験したこと)を大事なものとしていたことが、自分でもよくわかりました。

今の時代、あちこちでとんでもないことが起きているけれど、空は繋がっています。自分かいろんな記憶(体験)を持っていたら、どんなふうにでもそれを繋げて一歩前に進めるんじゃないかなと思っています。

私の娘が20歳くらいの頃、彼女の友人たちはみんな自分探しでくたびれていました。それを見て「絵本って子どもだけのものではない、その子たちに絵本を手渡したい」と思って『絵描き』を描きました。「自分で歩いていけば、必ず切り開ける」ということを伝えたかったのです。

『風のことば 空のことば 語りかける辞典』では、長田さんは『語りかける辞典』というタイトルしか残してくださらなかったので、長田さんはどんな本を作ってほしかったのかを探るのがたいへんでした。「辞典」というのだから、あいうえお順に「朝」とか「ありがとう」とかの項目を作って分けてみたり、すべてのページに絵を入れてみたり……編集担当の方とふたりで、あれこれ悩みながら作りました。

「自分」の項目では「ひとはみんな自分の名前に出会うために生まれてくるんだ」という詩があります。災害や事件が起きるたび、人の死が単なる「数」として表現されています。コロナが流行して、特にそうなってきています。でも人って、ただの数字ではないんだということをこの詩は教えてくれます。

◆一律の教育の中で、子どもの豊かな言葉が剥ぎとられてしまう

民俗学者の柳田國男は「こどもは過去を保存する」「こどもは言葉をつくりだす」と書いています。言葉を知らない子どもは体で表現をするために、泣くことや眠ることや見つめることなどを覚え、それらを過去として保存していきます。そしてそれが子どもの豊かな言語となるのです。

子どもたちは親からたくさんの豊かな言語や表現で育てられればいいのですが、それがさらに一律の教育の中で剥ぎとられて同じ言葉を話すようになり、つまらない大人ができてしまうのが現状です。

長田さんの生前最後の詩集『奇跡-ミラクルー』(みすず書房)の最後の句に「きみはまず風景を慈しめよ。すべては、それからだ」とあります。

子どもたちには自分を慈しみ、自分自身になりながら、そして何かを作っていってほしいのです。その手助けのために、私は絵本や詩を作っています。時代遅れだと言われても、これからも時間をかけてそれをやっていきたいと思っています。

◆これから絵本の役割は大きくなっていく

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森に守られるようにたたずむ美術館。となりには宿泊できるコテージがある

講演終了後、いせさんが会場からの質問に答えました。

――いま社会人になったばかりの若い人たちが、あまり自分のことを話しません。彼らの言葉はどうなってしまったと思われますか。

いせさん:突出して目立ってはいけない、つまはじきになってはいけないと思っているのだと思います。それらは何一つ良い要素ではありません。でも中には敏感な人もいます。そういう人をうんと褒めてあげたいし、勇気づけてあげたいです。話せない人には、安心できる場所をつくってあげたいです。

本当は親や学校の先生がそれをできたらいいのですが、みんな忙しくてなかなかできないのが現状です。そこで人を育てるのが、本の役目なんだと思います。絵本は電子書籍にならずに、唯一紙の存在として生き残っています。これから絵本の役割は大きくなっていくと思います。

『風のことば 空のことば 語りかける辞典』は、短い詩の集まりです。どのページから読んでもよいのです。絵本の要素も詩集の要素もあるので、子どもから大人まで幅広い世代が読める本だと思います。会社の後輩などまわりの方との交流に、この本を贈ってはどうでしょうか。

◆他者への想像力が失われつつある今こそ、絵本を

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「コロナで大変な状況になりましたが、身近な方やネットを通じた方々にご支援いただき、未来に向かって歩けるようになりました」と語る酒井倫子館長

――コロナの不安の中、他人より自分を優先するようになって、自分から遠いものや見えないものへの想像力が欠けて、人間関係が狭まっているように感じますが、どう思われますか。

いせさん:その想像力を取り戻すのに絵本が良いのです。本の内容と、本を読む・読んでもらうという行為・空間が大切だと思います。

最近は自然によく似せた人工物をもてはやしたり、かっこいいと考えたりする風潮があります。でもそれはかっこ悪いことなんです。人間も自然の一部であるという当たり前の自覚が薄れ、人間が知恵を出してやってきたものが軽視されるようなこの何十年かのIT時代のあり方を疑うことが必要です。

「自分は古臭くてもいい」と平気で言えるようにならないと、これからたいへんなことになると思います。コロナでもそうですが、上からの命令をそのまま聞いて動くことを疑問視したほうがよいと思います。

私たちは、便利に慣れすぎて考えたり工夫をしたりしなくなってきています。人間はお互い接触するのが当たり前の動物なのに、それが断ち切られている不自然を疑わなければならない。国の言うことを従順に聞くだけではなく、自分を信じて知恵を絞れば何かできるはずです。

「自分のことを信じられない」というのは、「自分を愛せていない」ということだと思います。今の時代、誰も自分の愛し方は教えてくれません。他者のことを想像し、愛するためには、まず自分のことを愛せていないとなりません。自分の愛し方を学ぶために、若い世代とともに豊かな内容の本を読んだり、映画館や美術館に行ったりすることが大切だと思います。

◆不安の中でも、少しでも心が躍るようなものに触れたい

――多くの文化施設がいま、苦境に立たされていることについてどう思われますか。

いせさん:私は毎夏、この「森のおうち」で展覧会を行うことは決めています。コロナの影響で「森のおうち」が苦境に立たされたので、自分は本と絵で協力したいと思いました。できることなら大きな金額で協力できたらと思い、サイン本のほかにタブロー(パネル画)を3枚、古い作品ですが良いものを販売しています。

私は今でもチェロを弾いていますが、ある時期チェロと音楽をテーマに原画展をやりました。その中から選んで出品しています。ぜひ気に入っていただけたら、その売り上げは「森のおうち」の支援になります。どうぞよろしくお願いします。

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いせさんが「森のおうち」支援のために提供した原画『サンサーンスのチェロコンチェルト』(税込み48万円で販売中)

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『バッハのアリオーゾ』(税込み48万円で販売中)。販売中の原画は、額装・材料費・梱包・発送費を差し引いた全額が「森のおうちに」寄付される

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『音楽』(売却済み)。販売中の原画については、「森のおうち」へお問い合わせください

2011年2~3月に、世田谷文学館で私の作品の集大成的な展覧会をやっていました。その期間中だった3月11日に、東日本大震災が起きました。幸いにも作品に被害はなかったので、すぐに展覧会を再開しました。こういう時だからこそ、美しいものを見たいという人がいるだろうという思いでした。

そうしたら震災から数日後、千葉で液状化の被害を受けた方が「美しいものを見たい」と、杖をついて展覧会にいらっしゃいました。展覧会の後半は大盛況でした。「不安の中でも、少しでも心が躍るようなものに触れたい」というのは人の常であるということが、この3.11の体験でわかりました。

今もまさにそうです。コロナ禍の中で、人はよりリアルなものの大切さを実感してきています。リモートやバーチャルで何とか対応しようとしていますが、やっぱりリアルなものや体験にはかなわない。厳しい状況ではありますが、工夫をしながら少しずつリアルなもの・体験を取り戻していく必要があると思います。そうしたものに出会える文化施設は、人が生きていくためにとても大切な役割を担っているのです。

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「森のおうち」だけでなく、コロナ禍の中で多くの文化施設が苦境に立たされている。展覧会や公演などが中止となってはじめて、その大切さを痛感した人も多いことだろう。コロナが収束するまでそれらの文化施設を支えるために、今後どんな支援ができるのかを考えていきたい。

<文/鈴木麦 写真/ウォンバット北村>

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