「僕も2年前から自虐ネタはやめています」日本人コメディアンが語る米国版“容姿イジリ”のルール

「僕も2年前から自虐ネタはやめています」日本人コメディアンが語る米国版“容姿イジリ”のルール

  • 文春オンライン
  • 更新日:2021/05/02

《“チャイニーズ・バットマン”ってどう?》シカゴで活躍する日本人コメディアンが「アジア人差別ネタ」を止めない理由から続く

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米イリノイ州シカゴの劇場で、年400回、スタンダップコメディの舞台に立つ日本人がいる。Saku Yanagawa、奈良県生まれの28歳。世界11か国で公演を行ない、今年、Forbes誌が選ぶ「30 UNDER 30」(世界を変える30歳未満の30人)に、アジアの代表として選ばれた。

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1-mセカンドシティ公演でのSaku Yanagawa

前編では、アジア人に対する人種差別とスタンダップコメディをテーマにしたが、後編では日本でも議論になっている「傷つけない笑い」について語った。(全2回の2回目/前編を読む)

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日本でタブー化され始めた「容姿」というジャンル

「2年ぬか床に漬けたあいみょんみたいな顔をしている」

こうしたネタで笑いを取ってきたお笑いトリオ「3時のヒロイン」の福田麻貴が、4月8日にツイッターで、《私達は容姿に言及するネタを捨てることにしました!》と宣言して話題になった。いま、日本では「傷つけない笑い」が議論になっている。

この3月に情報番組の「スッキリ」(日本テレビ系)が、アイヌ民族を差別するような表現のある動画を流して謝罪に追い込まれたように、ずいぶん前から出自や民族、人種を揶揄するネタはタブーであった。しかしここに新たに「容姿」というジャンルが加わることになるのかもしれない。

人を容姿で判断するルッキズムに敏感なアメリカでは、笑いにどんな変化が起きているのだろうか。アメリカといえば、人種差別や政治、エログロなどを風刺するアメリカのスタンダップコメディが主流だ。そこに、閉塞感はないのだろうか——。

アメリカでは他人の容姿をいじるのはダメ

シカゴで活動している日本人スタンダップコメディアンのSaku Yanagawaによると、アメリカのスタンダップコメディが“タブーなき笑い”であるというのは大きな誤解なのだという。

「そもそもアメリカのスタンダップコメディは、ユダヤ系や黒人など、差別されていた人がその現状を笑い飛ばすようなネタをやったというのが原点といわれている。自身の出自や人種、ジェンダーを半ば自虐的にジョークにして笑いをとってきた。例えば日本人だったら、目が細いとか、背が低いとか、僕自身もそういう自分のステレオタイプをネタにしたことがあるし、簡単に笑いも取れる。

ただ、アメリカでは他人の容姿をいじるのはダメです。ここ最近は特に“ボディシェイミング”をやめようという考え方が広まっている」

ハリセンボンへの“容姿いじり”にNOを突き付けた歌姫

ボディシェイミングとは、他人の容姿を馬鹿にしたり、批判したりすることを指す。2016年4月に歌手のアリアナ・グランデが来日し、「スッキリ!!」に出演した際、マイケル・ムーア監督やシュレックに似ているとイジられるハリセンボンの近藤春菜に対し、アリアナは一切笑わなかった。

「“デブいじり”や“ハゲいじり”などがダメなのはもちろんですが、大阪のオバハンが『あんた、顔ちっちゃいねんなー』って言うのも、一見褒めているように聞こえますが、『顔は小さいほうがいい』という自分の物差しで他人の顔をいじってるわけで、これも時代遅れとされている。アメリカの笑いの世界では、褒めるのもけなすのも、他者の容姿をいじるのはもうないんですよ」

この流れから出てきたのが“ボディポジティビティ”なのだという。体が細かろうが太かろうが、たとえ欠損があったりしても、それを全部、自分で誇りを持って愛そうという考え方だ。

「ただ、どんな容姿であっても自分はポジティブに生きていくんだというメンタリティで、そのうえで自虐するジョークなら別にいいと思うんですよ。

だから唯一、容姿のことで笑いを取れるのは自虐ネタ。例えば、女性のコメディアンで、『私、スカーレット・ヨハンソンが豊胸手術を失敗したみたいな見た目でしょ』とか、『私、ハンプティ・ダンプティみたいでしょ』とかを掴みにしている人もいる。自分の容姿を笑いにするのは、ままある」

トランプ政権で潮目が変わったアメリカのコメディ

アメリカでは以前から他人の出自や人種などをいじるのは論外だったが、自分自身の自虐ネタであれば許されてきたのだ。しかし、その風潮もここへきて変革を迫られているという。

「ただ、自虐ネタって、差別を笑いで昇華するというより、結局、ステレオタイプを助長してるだけなんじゃないのという疑念にずっとかられていたんですよね。

それが本当にこの3年くらいで、アメリカのコメディの潮流が変わって“脱自虐”の時代が来ているのは事実。僕も2年くらい前から、自虐ネタはやめています」

潮目が変わったのは、トランプ政権の誕生と関係があるという。トランプ大統領は、分断を煽ったのか、それともすでにあった分断を顕在化させただけなのか、評価が分かれるところだが、彼が人種差別的な発言や政策を繰り返したことで、結果的にアメリカ社会に内在する差別を炙り出したというのだ。

この脱自虐の流れのなかで、「容姿」をネタにすること自体が減りつつあるのだ。ただ、福田麻貴は容姿ネタをやめる理由について、自分たちは容姿にコンプレックスはなく、いじられるのはウェルカムだが、自虐ネタとして自分たちがやったときに、似たような人がそれを見て傷つくかもしれないからだと言っている。

自虐ネタの取り扱い説明「誇りを持った上で」

「自分がコンプレックスを持っていることを自虐としてやってるのか、誇りを持った上で自虐をやっているのか、その違いじゃないですか。そこには微かなコンプレックスがあるのかもしれない。

例えば、あんまりいい例えじゃないかもしれないけど、僕、目の色がめっちゃ薄いんですね。カラコンしてるってよくいじられたんですけど、これ目の病気で5回手術しててね。よく、いじられたときに、『カラコンやったら、こんな冬のプールみたいな色にせえへん』『ギャルがつける、ドン・キホーテで買った度なしのカラコンの色やんけ』って返すんですけど、それはね、別に僕、自分の目の色、嫌いじゃないんですよ。

確かに、世の中には同じような色でコンプレックスもっている人がいるかもしれない。だけど、コンプレックスもってない僕が自虐するのと、コンプレックスのある人が言うのとでは、たぶん、伝わり方が違うし、これで、自分と同じ目の色をした人が傷つくとは思わないですね。それでも俺はこの目が好きなんだってことを伝えればいいんじゃないですか。ボディポジティビティの姿勢が大事だと思うんです」

ただ、そこには矛盾もはらんでいる。

「これは半分建前で、半分本音としては、アメリカのボディポジティビティはちょっといきすぎてると思う。例えば、ファッションブランドの広告で見るプラスサイズモデル。『私、1日7000キロカロリー、とってんの』みたいなことを語っているんですけど、いやいやいや、早死にすんでと(笑)。すごい健康指向がある一方で、こういうのをもてはやすのって、ダブルスタンダードじゃないのと」

広告だから、先端をアピールして、目立って話題になれば勝ち、ということなのかもしれない。

そもそも「容姿に関わる自虐ネタはやめる」という決断をしたことは尊重されるべきだが、他人に押し付けてしまうと、いたずらに表現の幅を狭めることにもなる(福田は別に他の芸人に押し付けていないということはお断りしておく)。

いま人気なのは女性コメディアンの生々しい下ネタ

「アメリカの潮流として“クリーンコメディ”が増えているって言いましたけど(前編)、逆に女性のコメディアンは剥き出しの言葉で強い女性像を前面に押し出す流れが強くなっている。これはもちろんフェミニズムとの関わりなんですけど、自分のセックス体験に基づいた生々しい下ネタでグイグイ押してくる人が、かなり人気を博していたりするんですよね。

で、一昨年にアラバマ州で、人工妊娠中絶を施術した人は禁錮最大99年という、とんでもない法律ができたんです。堕胎手術を執刀した人は、レイプ犯よりも罪が重くなるという。キリスト教原理主義に基づいた法律で、これが通ったときに、その女性コメディアンが下ネタにまぶしてこの話をしたんでビックリしたんですよ。もちろん、下ネタでフェミニズムが結実するなんて彼女たちもまったく思ってないけども、いろんな奥行きがあって、スタンダップコメディをやっているということを感じてもらえるといいなと」

アメリカの笑いは、常に社会の変化とともにあったということだろう。この先、日本の笑いはどう変わっていくのだろうか。

(清水 典之/Webオリジナル(特集班))

清水 典之

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