日本のデフレの正体は製造業の空洞化だった

日本のデフレの正体は製造業の空洞化だった

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  • 更新日:2021/06/11
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(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

MMT(現代貨幣理論)という奇妙な経済理論が流行している。これは経済学界ではまったく認知されていないが、国債はいくら発行してもいいという理論なので、ゼロ金利が続いている日本では人気がある。

昨年(2021年)は新型コロナ対策で112兆円も国債を発行したが、インフレも金利上昇も起こらなかったので、もっと給付金をばらまけとか消費税を下げろという政治家が増えているが、ゼロ金利は永遠に続くのだろうか。そもそもなぜデフレになったのだろうか?

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投資はどこに消えたのか

2000年代に日本がデフレに陥ったとき、世界は「不良債権処理に失敗した」と嘲笑した。安倍政権はその責任を日銀に押しつけ、お札を無制限に印刷すれば、デフレは脱却できると考えた。日銀の黒田総裁は量的緩和でマネタリーベースを4倍に増やしたが、何も起こらなかった。

これによって金融政策は無力だとわかったが、いくら国債を増やしてもインフレにならないのなら、財政政策はフリーランチになるというのがMMTの発想だが、日本ではなぜゼロ金利が続いているのだろうか。

「それは財政赤字が少なくて総需要が足りなかったからだ」というのがMMTの答えだ。しかし、総需要が不足すると金利が下がり、需給ギャップが埋まるというのが経済学の常識で、20年も需要不足が続くことはありえない。

日本の貯蓄・投資バランスは、図1のように1998年に前年の2倍の貯蓄超過になり、特に企業が貯蓄超過になった。これは金融危機で銀行が債権を回収し、企業の借り入れが減った(純貯蓄が増えた)ためだが、その後もずっと企業の貯蓄超過が続いている。

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図1 日本の貯蓄・投資バランス(名目GDP比%)(出所:経済財政白書)

企業は金を借りて投資するのが資本主義だから、企業が貯蓄していたのでは成長できない。これが日本の長期停滞の最大の原因だという点で、多くの専門家の意見は一致しているが、その原因についての意見は一致していない。

図1をみるとわかるように、家計と企業の貯蓄超過の合計が、ほぼ財政赤字と経常収支の黒字の合計に対応している。これはマクロ経済で

貯蓄-投資=財政赤字+経常黒字

という関係が成り立つからだ。財政赤字は貯蓄超過より少ないので「国の借金が増えて大変だ」というのはおかしい。投資はGDP比で6%ぐらい足りないので、そのギャップを政府が埋めることは間違っていないが、ここで見落とされているのが経常収支である。

グローバル化で雇用が5%失われた

経常黒字は、かつては貿易黒字(外需)のことだったが、2000年代以降、その中身は大きく変わった。図2のように、貿易黒字はほとんどなくなり、ときには赤字になっている。その代わり大きく増えたのが、所得収支(第1次所得収支)である。これはほとんど海外投資収益で、特に直接投資(海外子会社や企業買収)が増えている。

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図2 経常収支の推移(財務省)

その最大の原因は新興国の貿易黒字で、日本のメーカーが電機製品などをアジアで現地生産して輸入するようになったことである。デフレの最大の原因は、1990年代から中国や旧社会主義国の安い労働力が大量に供給され、製造業のグローバル化で国内投資が減ったことなのだ。

これは国際収支統計では見えない。貿易黒字は国内の工場でつくって海外に輸出するので国内に雇用が発生するが、海外子会社の雇用は海外に発生するので、所得収支はGDP(国内総生産)に含まれないのだ。

これについては政府統計が変わり、最近は所得収支を含むGNI(国民総所得)でみるようになった。これによると、図3のように最近ではGNIがGDPより5%(25兆円)ぐらい大きい。この差は、かつては貿易黒字だったが、今は所得収支の黒字になっている。

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図3 国民総所得(GNI)と国内総生産(GDP)内閣府

国民所得統計では一貫してGNIがGDPより大きいが、1990年代にはその差が貿易黒字(国内の雇用)だったのに対して、今は海外子会社の収益に置き換わっている。貯蓄・投資バランスは同じだが、海外投資が5%増えて国内投資が減ったのだ。

「カーボンニュートラル」が空洞化を加速する

国民所得統計ではピンと来ないと思うので、具体的に自動車業界をみよう。3月11日に行われた日本自動車工業会の豊田章男会長の記者会見で印象的だったのは、次の表のように自動車の国内生産比率が34%しかないことだ。トヨタはまだ「国内300万台」で38%とがんばっているが、ホンダと日産は16%しかない。

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こうした製造業の空洞化による国内投資の不足が、2000年代以降のデフレやゼロ金利の最大の原因である。そのきっかけは1990年代に中国がグローバル市場に参入して、安価な労働力が大量に供給されたことだ。

1994年にはGDPの10%程度だった対外直接投資は、リーマン後の円高で30%まで上昇し、2019年にはアメリカを抜いて世界一になった(海外事業活動基本調査)。「グローバル化に立ち後れた日本企業」というのは幻想なのだ。

その結果、安倍政権の時期(2013~18年)に企業の経常利益は73%増加し、株主への配当は88%増加した(法人企業統計)。この時期に日経平均株価は約3倍になったが、それはバブルとは言い切れない。

グローバル企業にとっては、2010年代は「失われた10年」ではなかった。日銀の緩和マネーで資本コストがほとんどゼロになり、大量の資金が調達できるようになった。その投資は人口の減少する国内ではなく、マーケットの広がるアジアの新興国に向かったのだ。この結果、国内の雇用は失われ、賃金は下がった。

「2030年までにCO2排出46%削減」という菅政権の政策は、この空洞化を加速する。2010年代に日本のグローバル企業は賃金の安い国に直接投資を進めたが、今後はCO2規制が強まってエネルギーコストの上がる日本から、コストの安い中国などへの移動が進むだろう。

それはグローバル企業にとっては合理的だが、日本経済の空洞化は促進され、国内の格差が拡大する。こういう長期的な変化は目に見えないので、気づいたときには取り返しのつかないほど日本と中国の格差は広がっているだろう。それを知らないで「政府がお金をばらまけば景気がよくなる」というMMTを信じている人は、おめでたいというしかない。

池田 信夫

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