
●スピード感重視の時期に適した「THE MODEL型営業組織」
不動産業界向けのSaaSの提供などを行うイタンジ。同社は2023年1月、「THE MODEL」に倣ったこれまでの組織体制を変更し、「Customer Focus制」へと移行した。「提供するサービスが業界に特化したバーティカルSaaSであるからこそ、このかたちにする必要があった」と語るイタンジ 執行役員/営業統括責任者の増田直大氏にその意図や成果を伺った。
○スピード感重視の時期に適した「THE MODEL型営業組織」
増田氏は大学卒業後、キーエンスに入社。数年間トップセールスを記録した後、プレイングマネジャーとして活躍した。2019年、イタンジに入社し、セールス部門と人事部門の責任者を務めている。同氏は、自身がイタンジに入社した当時の営業組織は「カオスだった」と笑う。「独自のスタイルを貫く“一匹おおかみ”が何匹かいて、組織体制と言えるレベルではなかった」(増田氏)そうだ。残念ながら事業単体では業績は赤字の状態。増田氏が「アウトバウンド営業をしよう」と提案をしても、「IT企業はあまりそういうことは……」と反対されるような状況だったという。これに危機感を抱いた同氏は、セールスの組織づくりから着手することを決意した。そこで参考にしたのが、THE MODELである。営業活動を、マーケティング、インサイドセールス、営業、カスタマーサクセスという4つの組織で分業して担うこのモデルは、属人化しがちな営業活動を数値化、可視化できると言われている。
「THE MODEL型のメリットは、スピード感を持って営業活動が進められるところです。特に、私が入社した頃のイタンジのようなベンチャー企業にとっては、新規顧客を獲得し、顧客満足度を上げるまでの流れを違和感なく進めることができます」(増田氏)
実際、THE MODEL型組織に変更したことで、同社が提供する賃貸顧客管理システム「nomad cloud」の成約数は大幅に改善した。増田氏の入社前は月に2件ほどしか成約できていなかったが、組織変更後は月40件以上の成約数になったのだ。
イタンジでは2020年7月から2022年12月まで、THE MODEL型の営業体制を続けた。しかし、そこには課題も存在していたと増田氏は言う。
その1つが“ブラックボックス”の存在である。同氏が例に挙げたのは、成約数と導入完了数の差だ。毎月50社成約しているのに、システムの導入が完了している企業は30社だとすれば、残り20社はどこかで進捗が止まってしまっている。イタンジの場合、営業が成約をした後、カスタマーサクセスが実際の導入完了まで、クライアントの担当者とやり取りをしながらサポートする。しかし、2つの部署の間、つまりブラックボックスに落ちてしまう案件が一定数出ていたのだ。
「営業からカスタマーサクセスへのトスでこぼれてしまっている案件が全体の10%ほどありました。営業側はカスタマーサクセスの受け取り方が良くないと考える、一方のカスタマーサクセス側は営業がきちんと連絡していないのではないか、説明ができていないのではないかと考えるといった状態が見られたのです。
(システム導入により)こんなことができるという期待値を話すのが営業。その段階でクライアントは弊社のプロダクトの世界観にはアグリーな状態です。しかし、カスタマーサクセスはクライアントの実務フローに落とし込んで、システムの導入を進めていくため、さまざまな課題が出てきます。両者の間にはどうしても温度差が出てきてしまうのです」(増田氏)
増田氏は成約に関係するチームと、導入サポートから完了を担うチームが分かれていることが問題ではないかと推測。導入が完了してこそ業績になるという考えの下、どのような組織がより良いのか検討を始めた。
また、その他に課題としてあったのが、メンバー数の急速な増加に伴い、ボードメンバーのみが意思決定をする状況では迅速な判断や意思決定が難しくなり、権限委譲をする必要が出てきたことだ。さらに同氏は、高いレベルでCUSTOMER FOCUSを実行し続ける組織体の確立が急務であることや、事業規模拡大に伴い、「両利きの経営」が必要になったことも課題と考えるようになったという。
“ミニCEO”を中心とする小さな意思決定組織への変革
これらを解決すべく増田氏がたどり着いたのは、営業とカスタマーサクセスという役割は残しつつ、同じKPIを追うことができる組織だった。そこで2023年に入り、 Customer Focus制の導入に踏み切った。
Customer Focus制の組織は、マネジャーを頂点とした1つのユニットに、営業とカスタマーサクセスが所属する。所属人数はおおよそ10人前後で、現在はエリアごとに7つのユニットを編成している。
「営業とカスタマーサクセスはある程度対立する存在だと思っています。それを1つのユニットにすることで、コミュニケーションやディスカッションが活性化することを狙いました。また、マネジャーはミニCEOのような役割を果たします。1つのユニットが、小さな意思決定組織なのです」(増田氏)
エリアごとのユニットとしたのには、イタンジがサービスを展開する不動産業界固有の理由がある。不動産業界は地域ごとに商習慣が大きく異なっているのだ。さらに、同業者間の情報共有が盛んで、横のつながりも強い。
「〇〇不動産の社長と話をしていたら、△△不動産の社長とつながりがあるといった話が出てきた、というようなことがよくあるのが、不動産業界です。そのため、1つのユニットがその地域の情報や、ナレッジを蓄積できるよう、エリアごとに分けることにしました」(増田氏)
だがここで1つの疑問が湧く。営業とカスタマーサクセスが1つのチームとして動くのであれば、わざわざ組織化しなくても、プロダクトごとのプロジェクト体制でも良いのではないか。
この問いに対して増田氏は、「バーティカルSaaSならではの理由がある」と語る。業界に特化したサービスを提供するイタンジの場合、1社のクライアントに対し、1つのプロダクトを提供するだけでは、利益が出づらい。そのため、1社あたりの単価が上がるよう、複数のプロダクトを導入してもらうアップセルを狙うことになる。しかし、プロジェクト体制の場合、1つのプロダクトの導入が完了すれば、解散してしまう。また、従来のTHE MODEL型組織では、仮に、カスタマーサクセスの段階でクライアントから「さらに追加でプロダクトを導入したい」という話が出た場合、もう一度営業に話を戻し、ゼロから提案を進めることになり、手間も発生する。そこで小さな意思決定組織でスムーズに動けるCustomer Focus制というわけだ。
林雪絵