吉川明日論の半導体放談 第155回 MIPSは中国半導体産業のエンジンとなるか?

吉川明日論の半導体放談 第155回 MIPSは中国半導体産業のエンジンとなるか?

  • マイナビニュース
  • 更新日:2020/09/17
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少し前にソフトバンクグループ(SBG)が株の売却を検討しているというArmの話題を取り上げたが、売却先はNVIDIAに最終的に決まったようだ。

NVIDIAのArm買収を中国規制当局が阻止する可能性 - 中国政府系メディア報道

NVIDIAはこれからArmの実際の取り込みに着手するが、当局の承認、顧客の反応等多くのチャレンジを抱えているようである。そんなArmと同分野で競合となるアーキテクチャーの1つがMIPSである。最近の米国メディアの記事にMIPSの最新の動向を伝える興味深いものがあったので、ご紹介がてらまとめてみた。

MIPSの最近の状況

MIPSはシリコンバレーのど真ん中にあるスタンフォード大学の名物教授ジョン・ヘネシーが率いるグループが1981年に立ち上げた革新的アーキテクチャーを開発するプロジェクトに由来がある。

かなり長い歴史を持つこのアーキテクチャーはARMアーキテクチャとともにRISC(Reduced Instruction Set Computer:縮小命令セットコンピューター)の代表的なものであるが、誕生以来様々な紆余曲折があり現在に至っている。

米国の報道によると最近の現在の状況は下記のようなことであるらしい。

MIPSの全盛期を支えたSGI(Silicon Graphics)がMIPSを1998年に手放すとMIPSはその方向性をワークステーションのメインCPUから組み込み用途のCPUコアライセンスビジネスへと変化させていった。省電力のRISCアーキテクチャのMIPSにとっては妥当な方向性である。
2013年、英国発祥のGPU IPのライセンサーであるImagination Technologies(IMG)がMIPSをその傘下に収めた。GPUコアにCPUコアを加えてトータルソリューションを提供することでArmの対抗としての存在感を高めるのが狙いだった。
2017年、中国系のベンチャー投資会社Canyon BridgeがImagination Technologies(IMG)を買収。このタイミングが非常に絶妙で、2018年ころから米国商務省が積極的に進め始めた中国企業に対するコア技術禁輸措置が本格化するほんの少し前である。
ただし、CanyonのIMG買収では、MIPS部門だけは米国資本のTallwood Venture Capitalに売却された。
その後、Tallwoodは間接的にAlibabaやCanyonなどが出資する米国AIチップベンチャーのWave Computingに売却された。その後、Wave社は2020年4月にチャプター11を申請。その結果、事業整理の流れとして、MIPSはサモアに登記されているPrestige Century Investmentという企業に譲渡された。
実はこのPrestigeは、中国企業であるCIP Unitedの100%子会社であった
その結果、現在ではMIPSは中国系の企業となっていて米国の禁輸措置に揺さぶられるファーウェイに代表される中国の企業もアクセスできる高性能CPUコアとなっている。

ArmがSBGからNVIDIAに買収されることが明らかになった今、Armの対抗軸の1つとして期待されるであろうMIPSアーキテクチャーが中国企業の傘下にあるというのは大変に興味深い。
MIPSが最も輝いた時代

MIPSは1980年代にすでに優れたRISCアーキテクチャーとして業界から注目されていた。当時から非常に“エレガント(洗練された)”なアーキテクチャーとして一目置かれていたので、当時の技術系の大学で流行りだしたコンピューター・アーキテクチャーの講座の教材などにも取り上げられたほどである。

最初のハードウェアへの実装は1985年に「R2000」として製品化され、その後の1988年に発表された「R3000」は高性能32ビットRISC CPUとしてハイエンドの業界からにわかに注目された。この時代はエンジニアリング・ワークステーション花盛りの時代で、SGI、DEC、ソニー(ワークステーションの商品ブランドはNEWS)などがこぞってR3000を搭載したハイエンドのワークステーションを提供していた。

このころMIPSとRISCアーキテクチャーで対峙していたのがスコット・マクニーリーが率いるサン・マイクロシステムズのSPARCである。当時、MIPSとSPARCは高性能ワークステーションの市場を二分する代表的なRISCアーキテクチャーであった。MIPSが最も輝いた時代である。しかし、こうした高性能コンピューターの全体市場はかなり小さく、高い開発コストに見合う量産効果に達するまでではなかったため、1991年に64ビットCPU製品「R4000」が開発されたころにはMIPSの財政状態はかなり悪化した。

そこでMIPSは最大顧客であったSGIの傘下に入ることになった。ハイエンド・システムのCPUだけでは量を稼げないので、SGIの下でMIPSはCPUコアのライセンス32ビットのMIPS32と64ビットのMIPS64としてライセンスビジネスを開始した。これによりNEC、東芝、IDT、LSIロジックなどが積極的に組み込み用途に派生製品を開発したのでMIPSのアプリケーション領域は飛躍的に広がった。大きなヒット製品となったものにはNINTENDO64、PlayStation、PlayStation 2、PlayStation Portable(PSP)などがある。

しかし、巨大市場に成長したスマートフォンのCPUとしてはMIPSではなくArmが席捲。その爆発的な普及によって総出荷台数としてはArmとは大きく差が開いた形となっている。
MIPSは中国半導体産業のエンジンとなるか?

Armの対抗軸として長い歴史があるMIPSは、スマートフォンに活用されるArmといった派手さはないものの、オープンソースのコンソーシアムであるRISC-Vのコア技術としても現在でも発展を続けており実力的にはArmに対抗できる技術的蓄積を保有している。

このMIPSが現在では中国系企業の傘下にあるということは非常に興味深い。2017年のCanyon BridgeによるIMGの買収は微妙なタイミングでCFIUS(米国外国投資委員会)による介入をかわしている。似たようなタイミングで進められたCanyon Bridgeによる米国企業の買収はLattice Semiconductorの例のはじめとしてことごとく失敗している。このCanyon BridgeによるIMGの買収により、結果として、MIPSは紆余曲折を経て中国企業の傘下となったわけである。Canyon BridgeによるIMG買収後、MIPSのIPの所有権はいくつかの関連企業に移行したが、現在、中国企業の傘下にあることは偶然だったのか、中国の狙い通りだったのかは興味深いところである。

2018年から開始された米国商務省による中国への輸出規制は9月15日に発効され、ファーウェイなどの中国系の電子機器メーカーは事実上米国から半導体製品を輸入できなくなった。その中でもあらゆる電子機器の中心にあるCPUの調達に支障が出てくる事態は非常に深刻である。今後、対象製品は半導体の完成品に限らず、材料、ソフト、製造装置へと広げられる可能性がある。こうなると中国が国策政策として掲げている「中国製造2025」の推進は著しく影響を受ける。

ますます激化する米中の技術覇権争いの中で、Armの対抗軸となりうるMIPSが中国系企業の傘下となったことで中国の電子業界はMIPSのIPに米国の横槍なしにアクセスが可能となった。中国が最終的にArmを諦めて、MIPSをコアとする高性能なCPUを開発することは十分に考えられる。その際OS、ソフトウェア、製造拠点などにも米商務省の輸出規制の影響は厳然として存在するが、中国系企業がMIPS CPUコアのIPを所有するという肝心な部分を確保しているという事実はこれから注目に値することであると思う。

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