国家ぐるみの腐敗の闇、解明なるかレバノン、カギ握る中央銀行総裁

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  • 更新日:2021/07/21
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中東レバノンの新首相候補に指名されていたサード・ハリリ前首相が先週、組閣を断念したことで、同国の政治的混乱と経済的困窮は極まった。同国が国家破綻に追い込まれたのは「腐敗した支配層が国を食いものにしてきた」ためとされるが、その具体的な実態は闇に包まれたままだ。だが、その一端がやっと明るみに出始めた。そのカギを握る人物こそリアド・サラメ中央銀行総裁だ。

(rzdeb/gettyimages)

半数を超える国民が貧困ライン以下

かつて中東のスイスといわれ、金融と情報センターの地位を誇っていたレバノンだが、今や見る影もない。世界銀行によると、約680万人の国民の半数以上が国際的貧困ライン(1日1.9ドル)以下の生活を強いられている。その上、同国はパレスチナ難民約50万人、シリア難民約100万人を抱えている。

レバノン経済は2019年ごろから急激に悪化。銀行預金の引き出し制限が実施され、抗議の反政府デモや焼き討ちが頻発した。国民の生活は苦しくなる一方で、インフレ率は80%を上回り、若者の失業率は50%を超えた。通貨の下落はとどまるところを知らず、ハリリ前首相の組閣断念で1ドル2万3千ポンドまで急落、通貨価値はこの数年で9割も落ちた。給与も月千ドルから10分の1以下に減った国民もざらだ。

産業のないレバノンは高金利で国債を発行するなどし、外国人の投資を呼び込んできた。しかし、国家破綻の懸念が浮上すると、投資家が資金を引き揚げ、国外のレバノン人移民からの送金が減少。結局、20年3月にデフォルト(債務不履行)に陥った。

この苦境にコロナパンデミックとベイルート港の大爆発(8月)が追い打ちを掛けた。爆発では市民200人以上が死亡し、家屋の損壊などを被った市民は30万人に達した。損害額は150億ドル(1兆5800億円)にも上るが、壊れたビルの再建などはほとんど進んでいない。

世銀はレバノンの経済苦境について「この150年で経験した経済縮小のワースト3に入る」としている。レバノンは70年代からキリスト、イスラム教徒による内戦を経験し、無政府状態の中でパレスチナゲリラとイスラエルの戦争の舞台にもなってきたが、経済的にこれほど悲惨な状況にはなかった。

今回は組閣を要請されたアウン大統領がハリリ前首相の提出した組閣リストに反対、決裂した。アウン大統領は出身母体のマロン派キリスト教徒の他、イラン支援の武装勢力ヒズボラなどイスラム教シーア派勢力と同盟を組んでおり、ハリリ氏の属する「イスラム教スンニ派」対「マロン派・シーア派連合」という宗派対立の様相が深まっていた。

エッフェル塔近くの不動産購入も

レバノンがこのように国家破綻状態になったのは同国に巣食う腐敗や汚職構造のせいだとたびたび指摘されてきた。かつて共同通信の記者としてベイルートに駐在していた筆者も日常的にバクシーシ(賄賂)を要求され、「上から下までたかりの習性が染みついているな」と妙に納得していたことを思い出す。

同国は18に上る宗派が混在するモザイク国家だ。そのために内戦も経験したが、各派への権力を配分して、国家としてのバランスをとってきた。大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、国会議長はイスラム教シーア派、副議長はギリシャ正教徒から選ぶことが慣例で決まっている。

こうした権力の配分は利権の分配でもある。各派が互いに縄張りを持ち、公共事業や外国からの援助などもそれに応じて割り当てられてきた。こうしたシステムは当然のことながら不正や腐敗の温床になり、各派の支配層やその周辺が旨い汁を吸い、その一部が国民に滴り落ちていた。国民も腐敗の一端を担ってきたわけだが、その闇は深く、実態が明るみに出ることはなかった。

だが、最近その闇にフランスやスイスの捜査当局の手が入り、一部が漏れ始めてきた。米ニューヨーク・タイムズや中東専門誌MEEなどによると、疑惑の中心人物はリアド・サラメ中央銀行総裁だ。同氏は1993年に総裁に就任して以来、レバノンの金融政策を一手に掌握。銀行内に自らの“帝国”を築き、その地位を利用して欧州の銀行などに不正蓄財、私腹を肥やした疑惑がある。

現在、フランスとスイスの検察当局が捜査を進めているが、サラメ総裁は国債販売を自分の弟ラジャ・サラメ氏の経営する代理店に委託し、2002年から2015年の間に少なくとも3億3千万ドル(約350億円)の手数料をスイスの同代理店の銀行口座に振り込んだとされる。これには中央銀行の理事会長も関与していた疑いがある。

サラメ総裁らは中央銀行からスイスの銀行に不正送金した資金でパリのエッフェル塔近くの不動産の他、英国、ドイツ、スイスで数百万ユーロの不動産を購入した容疑もある。またマネーロンダリング(資金洗浄)の目的でスイスの銀行からパナマの銀行口座に送金していたという。

ニューヨーク・タイムズによると、スイス捜査当局はスイスのラジャ・サラメ氏の銀行口座からレバノンの銀行の同氏の口座に2億ドルが還流している取引についても捜査している。これらレバノンの銀行の中には、ハリリ前首相一族が所有する銀行も含まれているという。サラメ総裁らが着服、横領したと見られる総額は不明。

支配階級の“金庫番”か

サラメ総裁は一連の疑惑を否定し、財産については総裁に就任する前に勤めていたメリルリンチ時代に作ったものと主張、レバノンの金融を安定させてきたのは自分の力だとして、辞任する意思のないことを明らかにしている。レバノン支援に乗り出している旧宗主国のフランスや国際通貨基金(IMF)、米国などは援助の条件として、腐敗を一掃する政治改革に加え、第三国による会計監査を要求しているが、サラメ総裁は拒絶している。

メリルリンチにいたサラメ氏を元々、総裁に任命したのはハリリ前首相の父親のラフィーク・ハリリ元首相だ。同元首相は2005年に暗殺されたが、ハリリ一族はスンニ派のトップに君臨する名門で、息子のサード・ハリリ氏が父親の後を継いで政治家になった。ハリリ一族の資産管理はメリルリンチのサラメ氏が担っていたという。サード・ハリリ氏はこれまで首相を2回務めている。

マロン派キリスト教徒のサラメ氏は総裁に就任後、産業のないレバノンの金融を安定させ、一時は大統領候補にまで取り沙汰された。高金利で外国から資金を集める手法だったが、その実態は利払いと新規顧客の獲得による自転車操業だった。一方で有力者の子弟らを中央銀行に入行させたり、有力政治家や企業家らには優遇ローンを提供したりした。

ベイルート筋は「サラメはレバノンの支配階級のための“金庫番”であり、地位を利用して自らも私腹を肥やした。彼らは持ちつ持たれつの関係を続けてきた。国民が食料や燃料を手に入れようと躍起になっている時、国を食いものにしている」と厳しく批判している。フランスやスイス当局のサラメ総裁に対する捜査が進めば、支配階級にも火の粉が降りかかるのは必定。サラメ総裁の去就と捜査の行方にレバノンの支配階級は戦々恐々だ。

佐々木伸

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