「戦力外」から4番バッターに
「ピンチはチャンス」という。確かに逆境でしか得られないものもある。しかし、首位を走る千葉ロッテマリーンズ・吉井理人監督(58)が得たものは少し違うようだ。山口航輝(22)、藤原恭大(23)、荻野貴司(37)らが故障離脱したものの、その代役選手たちをバージョンアップさせているのである。

戦力外から4番打者へ
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その代表はなんといっても「戦力外から4番バッターに這い上がった男」だろう。
5月17日のオリックス戦。この日は首位攻防戦の第2ラウンドだったが、吉井監督がスタメン4番に抜てきしたのは、昨季までプロ入り通算89試合 にしか出ていない茶谷健太(25)だった。
その茶谷が先制決勝打を含む2安打2打点と活躍し、チームも4月29日以来の単独首位に立った。吉井監督は「(茶谷の4番起用は)コーチ陣に反対されてきたんですが、ようやく実現しました」と目尻を下げていたが、「コーチ陣の反対」はジョークだったらしい。
「前日16日に4番を務めた井上晴哉(33)が3打数ノーヒットで、8回には代打を送られています。17日の試合前、打順編成の話し合いがありましたが、その時点では反対する人は誰もいませんでした」(前出・関係者)
吉井監督は昨秋、フェニックス・リーグを視察したときから茶谷の存在を意識していたという。見事、期待に応えたことでクローズアップされたのが、茶谷の経歴。一度、戦力外通告を受けていたのである。
「2015年のドラフト会議でソフトバンクに4位指名されました。帝京三高時代はエースで4番。投手として見ていたスカウトもいましたが、バッターに専念する方向でプロ入りしました。2年目の最終戦で一軍デビューしたものの、その後は結果を残せず、18年オフに戦力外。ソフトバンクからは育成戦選手での契約も打診されましたが、環境を変えたいと、千葉ロッテに育成枠で拾われました」(スポーツ紙記者)
移籍して1年が経過し、再び支配下登録選手に復帰できたが、故障なども重なり、一軍に定着できるようになったのは、昨季の後半。吉井監督は19年から3季にわたってロッテで投手コーチを務めているが、その間の茶谷は知らないという。一軍監督就任が決まり、まっさらな状態で全選手を見たことが“大抜てき”につながったようだ。
「戦力外から這い上がってきた選手はいますが、4番まで上り詰めた選手は茶谷が初めてではないでしょうか。昨季、一軍での出番が増えたのは、ショートを守る選手が不足していたからです。茶谷はソフトバンク時代、サードやショートの練習をしていました。守備負担の多いポジションなので、それが打者としての覚醒を遅らせたのかもしれません」(福岡のメディア関係者)
茶谷が4番で出場した試合は「一塁」での出場だった。一軍出場のきっかけを作ったのは、ショートが守れるからであり、遠回りしたかもしれないが、「内野ならどこでも守れる」の地力は、今では茶谷の長所ともなっているはずだ。
「茶谷の長打力は魅力的です。代打ではなく、4打席立たせたいと吉井監督は考えていました」(前出・スポーツ紙記者)
指揮官は、過去ではなく、「現在」を見てくれていたということか。
「4番として迎えた2試合目の18日、茶谷は気負いすぎたのか、5打数ノーヒットでした。そのためポランコ(31)に4番の座を明け渡しましたが、その後、茶谷が代打などで途中出場すると、ロッテファンが盛り上がるようになったのです」(前出・記者)
吉井采配によって、ファンの茶谷に対する評価が上方修正されたのは間違いない。
ピギーバック作戦
千葉ロッテは40試合を消化した時点で、24勝14敗2分け。2位・福岡ソフトバンクに2ゲーム差をつけ、単独首位に立っている。そのリーグ最速での「貯金10」に到達した5月24日の埼玉西武戦にも“吉井エッセンス”が加えられていた。
「前日23日の同カードが雨天中止となった時点で、『おんぶ作戦』を予告していました。23日の先発予定が小島和哉(26)で、24日はC.C.メルセデス(29)だったんですが」(前出・記者)
吉井監督は「小島が予定通りで、C.C.が小島の後ろでおんぶ」と語った。「おんぶ発言」が出たのは23日の試合中止が正式発表された直後。口調はいつも通りクールだったが、意味シンな笑みを浮かべていた。
この時点で、試合展開だけは予想できた。小島が先発し、その後にメルセデスが救援登板する――。吉井監督は「あくまでも計画ですけど、2人で終われたらいいなあって思っています」と語っており、実際にその通りになった。メジャーリーグでは「Piggy-Back(ピギーバック)」と呼ばれる投手継投の作戦がある。先発投手が臨時で救援にまわるのだが、その目的は長いイニングを投げてもらうこと。
「21日の楽天戦で、予告先発された森遼大朗が背中の張りを訴え、急きょ6人の投手をつなぐスクランブル態勢になってしまいました。吉井監督は『無駄遣いしてしまった』と同日の試合を振り返っていましたが、リリーフ陣を休ませることがいちばんの目的でした」(球団関係者)
連戦で先発投手が不足した際、リリーフ投手を総動員させる「ブルペンデー」が、近年のメジャーリーグの主流作戦となっている。主力選手である先発投手の主張が強くなった近年では、「ピギーバック」はほとんど見なくなった。直訳すれば、「おんぶする」「コンテナ車両をつないだ鉄道輸送」を指すそうだが、メジャーのスプリング・トレーニングを定期視察する吉井監督らしい作戦だった。
しかも、この作戦は、チームにもファンにも嬉しい副産物をもたらした。佐々木朗希(21)の復帰登板日も変更せずに済んだのである。
小島は雨天中止でスライド登板となったが、リリーフ登板したメルセデスは登板日を変更していない。
「5月5日にマメを潰した佐々木は当初、21日に復帰登板する予定でした。19日に雨天中止となった時点で、吉井監督は一週間遅らせて28日の先発を告げました。メルセデスまでスライドさせていたら、まだ経験の浅い佐々木は調整に苦しんだかもしれません」(前出・関係者)
「選手に無理をさせない」の所信表明が思い出される。優勝争いが激化する終盤戦を見据えてのことだが、山口、藤原、荻野らの主力が帰ってきたとき、チャンスをもらった茶谷も今以上の戦力となっているはずだ。吉井マジックが冴え渡る千葉ロッテが、パのペナントレースの主役となるかもしれない。
デイリー新潮編集部
新潮社