小津安二郎、サイレント映画で現した社会の不条理...視点の差でいつのまにかに子どもの世界に引き込む“小津マジック”を堪能

  • 日刊サイゾー
  • 更新日:2021/05/03

こんばんは。宮下かな子です。先日、愛用しているiPadのタッチペンを失くしたんです。きっと一度は失くすだろうな、と以前から思っていたのですが、本当に不便で困りました。毎日ツイッターに更新しているイラストも、この連載のイラストも、iPadで描いているものですから、この件今回を機に、すっかりデジタル人間になっている自分を実感したのでした。さて、どこを探しても見つからなかったので諦めて購入しようとしていたら、叔母がプレゼントで送ってくれたんです。叔母ありがとう~!今度は失くしても戻ってくるように、名前か電話番号でも書いておこうと思います。

さて、ゴールデンウィーク中の今回、ご紹介する映画は、小津安二郎監督『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』(1932年松竹)です。絵本=子供が読むもの、と考えがちですが、大人になってから改めて読んでみると、ハッとさせられることがあったりしますよね。今回、久しぶりに小津作品に立ち返りたくなり、キネマ旬報で初めて小津監督がベスト1位を獲得したこちらを選んでみました。

この作品、サイレント映画なんです。皆さんはサイレント映画、ご覧になったことありますか?実はこの作品が、私のサイレント映画デビュー作。当時サイレントだと分からずに鑑賞し、壊れているんじゃないかと何度もDVDを出し入れした思い出があります。

映像のみ、しかもモノクロ。それなのにグッと心惹きつけられる、子供の頃読んだ絵本の記憶、のような、温かな作品です。台詞の掛け合いも音楽も色彩もないのに、何故こんなにも惹きつけられるのか、その魅力をお伝えできたらと思います。

〈あらすじ〉
父親(斉藤達雄)の仕事の都合で引っ越してきた兄(菅原秀雄)弟(青木富夫)は、転校先の同級生と喧嘩ばかり。ある日いつも厳格な父親が、同級生•太郎の父親のご機嫌を取っている姿を見て失望する。「お父ちゃんは偉くなれというのに、ちっとも偉くないじゃないか!」兄弟の反発が始まる。

まず、誰もが体感したことのある〝子供の世界〟を、コミカルに、時にシビアに描いているのが、視聴者を惹きつけるポイント。

小津映画に子供が登場することはとても多く、腕白でのびのびとした姿にクスッとさせられたり、大人との対比として描かれていたり、重要な役割を担っています。本作では兄弟をはじめ同級生やら多くの子供たちが登場するので特に賑やか。まだ小さな子供なのに、自然体なお芝居をしながら、サイレントならではの少し大きめな身振り手振りもこなし、視聴者をしっかり笑わせてくれる、立派なエンターティナーなんです!

優秀な子役たちの中、今回物語を進めていくのは、仲良しなやんちゃ兄弟。弟がいじめられていたらすぐさま助けに行く兄と、兄の言動を真似したがり、いつも兄にくっついている弟。2人は頭の上にお弁当箱を乗せて歩いたり、ヘンテコなポーズをしておちゃらけたり、時に悪知恵を働かせ父親に叱られたり。先生に怒られたことを今でも根に持って覚えているくらい、ど真面目な子供時代を送っていた私には、ちょっと考えられない見事なやんちゃっぷりです(笑)。小津監督は昔、学校をサボって活動映画を観に行っていたり、意外とやんちゃをしていたようなので、もしかしたらご自分の体験を基にされているのかもしれませんね。

そんな兄弟の前に立ちはだかるのが、ボスを筆頭にした転校先の学校の子供たちです。この子たちと力任せに喧嘩をしながら、時に知恵を絞りながら、次第に〝子供の世界〟で地位を築いていきます。小さな子供たちですが、既にヒエラルキーが存在しているんです。グループの上に立つボスには決定権があり、みんながその指示に従って動いています。兄弟は試行錯誤の結果、遂にボスの座に君臨し、他の子供たちを従えるようになるのです!

子供って、目に入るもの全てにくるくると関心を示し、予測不可能な行動を取るので、何をするか心配で目が離せなくなりますよね。小さな出来事でも、その全てにおいて真剣に一喜一憂する、やんちゃな子供たちの姿が、面白おかしくコミカルに描かれています。

(改ページ)いつのまにかに大人の視点から子供の視点に…

その〝子供の世界〟の視点に視聴者を引き込む演出が、もうひとつのポイント。はじめ視聴者は、やんちゃな子供たちを見守る大人の視点で物語を観ていたと思うんですが、ジロリと睨む父親の表情に、子供たちと同様ヒヤリとさせられ、いつのまにか子供の視点にも立たされていることに気付かされます。〝子供の世界〟と〝大人の世界〟2つの曖昧な境地で行ったり来たりしながらハラハラさせられるのです。

その秘密は、子供と大人の違いを視覚的にはっきり示していることじゃないかと思います。例えば、兄弟と父親が並んで歩く姿。出勤する父親と共に登校する兄弟を映したこのカットが、作品の中で非常に多いのですが、父親の後ろについていくような構図だったり、3人の全身を映した引きの構図で描かれているんです。その構図から感じるのは、身長の差。他にも、父親を見上げる兄弟の姿が多く描かれていたり。父親=大きい、という視覚からの情報が、視聴者が無意識のうちに、子供たちと同じ視点を作っているのだと思います。構図にこだわることで有名な小津監督ならではの完璧な演出。一般的な映画だったら、叱る時の声色だったり、聴覚から感じ取れる情報もありますが、視覚からの情報に集中しているサイレント映画だからこそより効果的に感じられます。

さぁ、その大きくて偉大で厳格な父親が、同級生である太郎の父親のご機嫌取りをしている姿を目撃してしまう兄弟!ここで物語が大きな波風を立てます。見てしまった〝大人の世界〟の現実と、崩れ落ちていく父親像……。「偉い人になりなさい」と何度も言っていた父親がヘコヘコとしている姿を見たら、そりゃ、たまったもんじゃないですよね。分かるぞ子供たち。しかも相手は同じグループにいる太郎ちゃん。〝子供の世界〟では自分たち兄弟のほうが強く、従えているはずなのです。

このショッキングな出来事をきっかけに、反発する兄弟。父親の前では良い子でいようと振る舞っていた2人でしたが、帰宅早々、机の上に足を乗せたり、物を投げたり、視覚的に分かりやすく感情を表現し、不満を態度で示します。ここで効いているのが、普段から兄の真似をする弟の存在。この場面でも、兄の姿を見ながらちょっと遅れて兄と同じ行動を取るんです。その反復する弟の姿が可笑しくて、微笑ましい気持ちで見られるんですよ。そうは言っても子供心は至って真剣、ありったけの思いをぶつけて、絶対的存在だった父親と真っ向から正面衝突するシリアスな場面でもあるのですが、小津監督のユーモアセンスを活用している素敵な演出です。

子供たちに散々言われてしまう父親と、心配そうに見守っていた母親は、子供たちが寝静まった後、本音を溢します。父親だって、好きで頭を下げているわけじゃない。子供たちだけではなく、父親にも耳を傾けるのが、小津監督の優しさなんですよね。父親には父親の事情がある。同じ会社の仲間に、嫌味を言われながらも、家族のために踏ん張っているんです。父親も兄弟も、どちらも悪いわけではないんです。

翌日になっても不貞腐れたまま、ご飯を口にしないと指切りで誓いあった兄弟でしたが、父親との和解のきっかけは、母親が拵えてくれたおむすび。3人で横に並び、将来の話をしながら塩むすびを食べる、私の大好きなシーンです。第1回目の連載で『麦秋』を取り上げた際、小津監督が描く「食」について触れたかと思いますが、今回もこの重要な場面で食べ物が登場していました。

生活するお金を稼ぐために働く父親がいて、ご飯を作ってくれる母親がいて、テーブルの上に、ご飯がある。どれだけ我慢してもお腹は空き、食べないと生きていけないように、大人には、踏んばらなきゃ守れないものが沢山あるのです。我慢してたけどお腹が空いて食べ物を受け入れる、というのが、家族の生活のために頑張る父親を受け入れたように感じられました。

翌朝、いつものように一緒に出勤登校する3人の姿が描かれているのですが、その構図が変化します。父親の後ろを歩いていた2人が、前に立って歩く構図になっているんです。また、いつも兄の真似をしていた弟が、父親に自分の主張をする姿もあり、成長している姿が描かれています。そんな中、太郎に遭遇した兄弟は、太郎とこんな会話を交わします。

兄「君のうちのお父ちゃんと僕のうちのお父ちゃんとどっちが偉いと思ふ?」
太郎「君の家の方が偉いよ」
兄「ほんとは君の家の方が偉いんだよ」

この少ない会話の中に、色んなものがぎゅっと凝縮されていて、何度観てもホロっとさせられる素敵なシーン。彼ら兄弟は、受け入れることが真の強さだと、学んだのではないかと思います。父親を受け入れること。家庭の社会的階級を受け入れること。弱さを受け入れること。力任せに築いたボスの座でしたが、それが本当の強さではないと気付いたのだと思います。この会話の後、学校まで肩を組む3人が描かれているのですが、その背中はとても頼もしく、大きくなったように感じられました。

今回小津監督が〝子供の世界〟〝大人の世界〟の両方を描いているのは、そもそもこの概念自体をなくすためだったのかもしれません。

〝大人の世界〟には、役職や職業による確固たる上下関係が存在するのと同様に、〝子供の世界〟にも力と知恵で決められた上下関係がある。兄弟も父親も、其々の場所で奮闘している姿を描くことで、子供も大人も関係なく、1人の人間なのだという、小津監督の主張に感じるのです。

生まれてはみたけれど、生きていれば、どうしようもできないこともある。だけど、それを受け入れて前に進むことの強さを、兄弟は父親から学んだのではないでしょうか。

もう90年以上も前の作品であることに驚かされますが、時代に左右されないテーマを提示し、様々な角度から観ることができる描き方が、小津監督の今もなお愛され続ける理由なのだと思います。

子供とは? 大人とは? 真の強さとは? この機会に映画を観ながら考えてみるのはいかがでしょうか。引き続き、よいゴールデンウィークをお過ごしください。

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