安全に暮らせるための防災情報を0.01秒でも早く届ける ゲヒルン代表取締役・石森大貴

安全に暮らせるための防災情報を0.01秒でも早く届ける ゲヒルン代表取締役・石森大貴

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  • 更新日:2022/09/23
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11年半前にひとりで始めた防災情報配信の取り組みは、今や「社会インフラ」へと育った(撮影/倉田貴志)

ゲヒルン代表取締役、石森大貴。「特務機関NERV」の名で、アプリやツイッターを通して防災気象情報を配信する。その早さは国内最速レベルだ。石森大貴が個人で始めた取り組みは、「公式」からのお墨付きも得て、いまやアプリのダウンロード数は307万回。あの日、大切な人に「逃げて」の声が届かなかった。だから0.01秒でも早く、わかりやすく情報を伝えることにこだわる。

【写真】秋葉原の歩行者天国を歩く石森さん*  *  *

9月1日、あるスマートフォン用アプリのアップデートにSNSがざわついた。耳目を集めたのは、これまで黒に近いダークトーンだった画面を、明るいライトトーンに切り替えられる機能。だがその陰には、単なるテーマカラーの変更に留まらないアクセシビリティーへの挑戦が隠されていた。

これまででもっとも重要なアップデート──。

ITセキュリティー企業・ゲヒルンの代表で、このアプリ「特務機関NERV(ネルフ)防災」の開発者である石森大貴(いしもりだいき)(32)はそう言い切る。

特務機関NERV防災は、地震や津波、噴火、気象特別警報の速報や、洪水・土砂災害といった防災気象情報を国内最速レベルで配信するスマートフォンアプリだ。スマホ上に通知が表示されるまでの時間は端末の設定や通信環境にも影響されるため一概に言えないが、早いケースでは気象庁発表から1秒とかからない。アプリリリースは2019年9月、同名のツイッターアカウントでは11年から災害情報の発信を続けてきた。名称の由来はアニメ「エヴァンゲリオン」シリーズに登場する組織で、版権元の公認でもある。もともとは石森が個人で始めた取り組みだ。

「情報だけで命を救うことはできません。ただ、情報があれば逃げるための『判断』をすることができる。その判断の時間を稼ぎ出すために、0.01秒でも早く伝えることにこだわっています」

そして今回の更新で、アプリではテーマカラーの変更のほか、色覚特性に合わせた3タイプの配色設定、さらに3種類のコントラスト比を選択できるようになった。つまり、同じアプリに2×3×3=18パターンの配色が存在することになる。文字サイズ、太さの変更機能や画面自動読み上げに特化したレイアウトも実装した。

■自らの特性に合わせて 画面表示を最適化できる

「通常とは異なる色覚特性を持つ人も、弱視や目が見えない人も、すべてのユーザーが情報に素早くアクセスできること、情報格差なく自分に合った手段や形式で情報を得られること。そのために進めてきた開発です。配色ひとつとっても、色でユーザーが迷わないことは非常に重要です。どんなに情報配信を高速化しても、画面に表示された色でユーザーが迷えば、高速化で生み出した時間はあっという間に過ぎ去ってしまいます」(石森)

これまでは、一つの配色で通常色覚のほか、色覚異常(色覚多様性)のなかで最も多い赤と緑が見分けにくいタイプの人にも配慮した設計を進めていた。しかし、それでは青と黄色が見分けにくい色覚特性には対応できない。また、ユーザーからは「ハイコントラストすぎて刺激が強い」という意見も、逆に「コントラスト比が足りない」という意見も寄せられていたという。あまねくユーザー一人ひとりが、自らの特性に合わせて画面表示を最適化できることをめざした更新だった。

リリースから3年を経て、アプリのダウンロード数は307万回、ツイッターフォロワー数は176万人に上る。アクセシビリティーへの妥協のない配慮も含め、特務機関NERVは「社会インフラ」ともいえる存在だ。

気象庁職員の長田泰典は、石森とは10年近い付き合いだ。現在は大気海洋部気象リスク対策課の課長補佐として、防災気象情報の運用を担う。

「ゲヒルンさんのような事業者は、マスメディアと同様に国民への情報の伝達を担っていただいている存在です。我々がつくった情報を届ける彼らがいなければ、人命を守ることができません。リアルタイムで変わりゆく情報を伝えるのはとても難しく、間違えたときの影響も甚大、防災はお金にもなりにくい。今日の特務機関NERVは石森さんに強い熱意と、それを実現するスキルがあってできあがったものだと思いますが、よくぞここまで……という感謝と尊敬の気持ちが大きいです」

長田が言うように、特務機関NERVが社会インフラへと育っていったのは、石森の信念と技術の両輪がかみ合った結果だ。

幼いころから、技術者の片鱗を見せていた。

1990年、宮城県石巻市で生まれた。両親と、3歳下の妹との4人家族。父・喜好(きよし)はトラックドライバーだったが、その前は漁師として海へ出ていた。母の礼子も半島部の小集落出身で、海が遊び場だったという。妹の香帆はそんな両親の特性を色濃く受け継いだのか、幼いころから活発に外を走り回り、29歳になったいまはバイクツーリングを趣味にしている。しかし、石森だけは毛色が違った。運動は大の苦手。家のなかで過ごすのが好きだった。幼稚園のときにエレクトーンを習い始め、同じころ、親戚にもらった古いワープロにも夢中になった。教わることなくローマ字を覚え、キーボードを見ずに入力するタッチタイピングは小学校入学前にマスターしたという。正反対のきょうだいだが、仲はいい。香帆は言う。

「穏やかな性格の兄に対し、男勝りな性格の私。キツめの言葉を使ってしまう私とは正反対で、優しく家族思いの兄です。小さい頃は『かほちゃんも行こうよ』といつも手を引いてくれていたし、今も家族や親戚の集まりにはできる限り顔を出す。今年の私の誕生日も、石巻にいてくれました」

小学3年生の終わり、貯めていたお年玉で初めてのパソコンを買って以降、石森は猛烈な勢いでITの技術と知識を吸収していく。小学6年生のときには自身でサーバーを構築してレンタルサーバーサービスを始めた。身近に師と呼べる存在はいない。だが、ネット上のやりとりを通して仲間ができた。ゲヒルンの専務で、長年石森を支えてきた盟友・糠谷崇志(ぬかやたかし)(32)と出会ったのもレンタルサーバーを通してだった。

「石森のサーバーは2ちゃんねるでスレッドが立つほど有名でした。複雑なつくりで、それも自分と同世代がやっている。興味を持ってチャットサービスで話しかけたのが始まりでした」(糠谷)

■石巻の実家が津波で全壊 「逃げて」が届かなかった

石森の名がIT業界で知られるようになったのは、高校3年生のとき。テレビドラマに登場するクラッキングシーンを分析・解説する記事をテクノロジーメディアに寄稿すると、それが評判を呼んだ。記事をきっかけにドラマの技術監修を担当したセキュリティー企業でアルバイトを始め、筑波大学入学後の2010年には同社役員らの出資を受けてゲヒルンを起業している。積み重ねた研鑽(けんさん)が、特務機関NERVの技術的な礎になった。

ふたつの輪のもう一方、防災情報発信への信念が芽生えたのは、東日本大震災がきっかけだった。

津波で実家は全壊。東京にいた石森は揺れの後、実家の母と妹に何度も避難を促す連絡を試みた。だが声は届かなかった。二人は逃げ遅れ、2階に駆けあがってかろうじて難を逃れた。また、別の場所に住んでいた親しかった伯母が亡くなった。

「あの日、『逃げて』という声が大切な人に届かなかった。次はちゃんと届けなければいけないし、その次も同じように行動できなければいけない。できることをやり続けようと決めました」

(文中敬称略)

(文・川口穣)

※記事の続きはAERA 2022年9月26日号でお読みいただけます。

川口穣

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