
12月1日公開の映画『怪物の木こり』では“サイコパス”な主人公に翻弄される婚約者を演じた(時事通信フォト)
ドラマ、映画、CMで活躍中の女優・吉岡里帆(30)。特に近年は主演作品が目立つなか、ドラマオタクのライター・編集者の小林久乃氏が注目するのは、無職だったり、恋人がいなかったり……といった“非モテ”要素強めのキャラクター像だ。なぜ、吉岡のそうした薄幸キャラは世間に受けるのか。小林氏が考察する。
吉岡里帆の主演ドラマ『時をかけるな、恋人たち』は火曜よる11時〜放送中
* * *
女優の吉岡里帆が出演する『時をかけるな、恋人たち』(関西テレビ、フジテレビ系)が放送中だ。物語のメインはタイムトリップ。会社員の常盤廻(吉岡)は、思いを寄せる職場の後輩男性が婚約したと知り落ち込む。その後、未来からやってきたタイムパトロール隊員と唐突に出会い、仲間になって活動する──というSFコメディだ。
第1話を見て、既視感を覚えることがあった。吉岡が演じる廻、仕事はできるのに、恋はうまくいかない。好きだった人が幸せになっていく姿を見ながら、ひとりヤケ酒をする始末。もちろんガッチリと独り言つきだ。
「あああ〜〜〜!(自分を)殺してくれ……!」
「あ〜あ……恋に堕ちたい……」
つまり、廻は非モテ(ドラマが中盤を過ぎた頃から変わったけれど)。振り返れば、吉岡の演じる役柄はモテないだけではなく、無職だったり、いじめを受けたりなど、総じて不幸な役が多い気がする。なぜ、彼女が演じる薄幸な役が話題となり、視聴者の共感が集まるのかを考えてみたい。
自称“ダメンズホイホイ”の役まで
吉岡の非モテ役が際立つようになったのは、2018年『きみが心に棲みついた』(TBS系)で主演してからではないだろうか?
演じた小川今日子はこんな“不幸オーラ”を背負っていた。自分に自信はまったく持てず、緊張や動揺で発音が不自由になってしまう癖もある。大学時代には、好きになったクセ者の星名漣(向井理)に、性格と星名に対する恋心を見抜かれ、その気持ちをいいように利用され、心身ともに傷つけられてしまう。
「心の中は言えなかった言葉であふれている。伝えられない言葉が溜まって、死んでいく」「(好きな相手に)嫌われる前に、さよならしちゃダメですか」……と、セリフにも不幸オーラが漂う。社会人になって少しずつ自信を持ち始めた頃に、星名と再会。学生時代のトラウマが顔を出す。
特に印象的だったのは、第3話。今日子の務める下着メーカーでショーがあり、星名の「俺のために生きるって、言ったよな?」の一言から、今日子はモデルとして下着姿でランウェイに立たされる。社員が突然、下着姿で登場するということは、本人にとって羞恥。そして周囲からは嫌がらせを思わせた。ネットでは吉岡のスタイルの良さが際立っていたと、また別の角度で話題があがった。
『健康で文化的な最低限度の生活』(カンテレ・フジテレビ系、2018年)で演じた義経えみるは、前出の今日子ほどの不幸ぶりはないけれど、だからと言って幸せというわけではない。
映画監督になりたかった夢が破れて、公務員を選んだ、えみる。ケースワーカーとして、生活保護受給者たちと一生懸命に向き合う日々を描いていた。もちろん恋人はいない。吉岡里帆は、「どこかで無理をしてそう」な笑顔で頑張る女性の役がやけに似合うと思った。
『レンアイ漫画家』(フジテレビ系、2021年)で演じた、久遠あいこもなかなかの非モテヒロインだった。恋人どころか、仕事も夢も金もないアラサー女性。これまでつきあった男もクズばかりで、自称“ダメンズホイホイ”。そんなあいこが、人気漫画家と出会い、アシスタントのような仕事を始める。
「期待をしてがっかりするのも疲れたし、逆に人から期待されることもないのは、楽だけど寂しい……」。劇中でそう語るあいこは、今日子やえみると比べると自虐的な雰囲気のするイタいキャラクターだった。この頃からSNSで「吉岡里帆の役は不幸キャラが多い」との書き込みが目立つようになった。そして今年の『時をかけるな、恋人たち』へと続く。
吉岡がドラマで体現する「日本の若者」像
吉岡が好演する非モテ役は、ドラマの世界だけの話ではない。日本の若者の自己肯定感が低い傾向にあることは、たびたび指摘されている。
各国の13〜29 歳の男女を対象にした内閣府の意識調査(2018年)によると、「私は、自分自身に満足している」にイエス(そう思う、どちらかといえばそう思う)と答えた日本の若者は、45.1%。諸外国では73.5〜87%という結果に対して、あまりにも切ない結果だった。同調査で「自分には長所がある」と答えた日本の若者が46.5%に対して、諸外国は74.2〜91.2%と、こちらも大きく差が開いた。
調査時期と『きみが心に棲みついた』『健康で文化的な最低限度の生活』の放送は、ほぼ同時期。吉岡里帆が演じていた不幸キャラは、単なる想像の産物ではなかった。当時「吉岡里帆、不幸な役が続くなあ!(笑)」と、純粋にドラマを楽しんでいたのに。テレビドラマは世情を表すひとつのツールだと、改めて認識した。
当時から5年が経過して若者や女性の意識が上向いたかというと、そうでもないようだ。製薬メーカーのエーザイが、2022年に20〜59歳の女性を対象に行ったアンケートによると、働く女性の62%が自分に「自信がない」と回答している。
巷でよく聞く“自己肯定感”という言葉。意味や定義はいくつかあるようだけど、私が以前、精神科医から聞いてなるほどと思ったのは、「『ま、いっか』と思える気持ちのこと」だった。物事をそう受け流すことができず、発散もできず、自分の中にストレスを溜めていく若者が多いのかもしれない。
次は一体何キャラ?
群雄割拠の芸能界で何かを得るには、周囲から抜きん出たキャラクターが求められる。そのなかで、なぜ彼女が不幸そうな役を立て続けに演じるのか。ドラマオタクとして疑問だったが、上記のデータと考え合わせると合点がいった。
言うまでもなく、吉岡里帆はめちゃくちゃ可愛い。『どん兵衛』のCMがあまりにもサマになっていて、あざといキャラを匂わせていた時期もある。ここで女性票が消えそうになるところを、非モテ役を捨てないことで、自己肯定感が低い傾向にある多くの若者や女性からの強い共感をキャッチしたのではないだろうか。だとすると、作戦は大成功だ。それを証明するのが、昨今の吉岡の活躍ぶりである。
非モテ、薄幸キャラ以外では『カルテット』(TBS系、2017年)の来杉有朱役で有名になった「人生、チョロかったー!」の名言が印象的だ。また、映画『Gメン』(2023年)の教師役で生徒に放った、「誰がババアだよ!このヤロウ!! どこの国民的美少女つかまえて、ババアだって言ってんだよ!!」というブチギレセリフは、あまりにも爽快すぎた。
彼女の非モテキャラとのギャップを楽しつつ、「次はなにをやってくれるのだろう」と吉岡の動向には今後も目をかっ開いて注目したい。次は……一体、何キャラ?
【プロフィール】
小林久乃(こばやし・ひさの)/エッセイ、コラムの執筆、編集、ライター、プロモーション業など。著書に『結婚してもしなくてもうるわしきかな人生』(KKベストセラーズ)、『45センチの距離感 つながる機能が増えた世の中の人間関係について』(WAVE出版)、『ベスト・オブ・平成ドラマ!』(青春出版社)がある。静岡県浜松市出身。X(旧Twitter):@hisano_k
NEWSポストセブン