ボーイズグループ卒業後の田中俊介 30歳で一からのスタートを決断

ボーイズグループ卒業後の田中俊介 30歳で一からのスタートを決断

  • CREA WEB
  • 更新日:2020/11/20
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在籍していたグループを離れ、2020年に個性派俳優としての道を歩みだした田中俊介。無類の映画好きとしても知られる彼が、映画の魅力にとりつかれた自身について語ると同時に、『ミッドナイトスワン』でも組んだ内田英治監督との出会いについても語る。

●野球少年からモデルの道へ

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――幼い頃の夢はプロ野球選手だったそうですね。

2、3歳のときから、水泳を習っていたほど身体を動かすことが好きで、親と一緒にプロ野球の試合を観るのも好きだったんです。それで、小学3年生のときに少年野球チームに入って、それから高校3年まで、ずっと野球漬けでした。高校の3年間はずっと坊主で、マイ・バリカンを持っていて、いつも自分で3ミリにしていました。

――その後、大学在学中に、モデル活動を始めるときの経緯は?

大学1年のときから、街でちょいちょい声をかけられて、地元誌のストリートスナップを撮ってもらっていたんです。それが楽しいと思い始めたときに、当時通っていた美容院で、宣伝VTRみたいなものを撮ることになって、そのモデルとして声をかけられました。

それで、その撮影で出会ったカメラマンさんやスタッフの方たちに勧められたことをきっかけに、モデル事務所に入ることになったんです。

●30歳のタイミングで、一からのスタートを決断

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――そこから、演技を始めるようになったきっかけは?

モデルとして、いろんなお仕事をさせていただいたのですが、175センチしか身長がないですし、どこかバイト感覚程度の気持ちでした。そんなとき、事務所の演技レッスンがあって、初めてお芝居に触れたんです。

「道端に落ちている500円玉を見つけたときのリアクション」といったエチュードをやっても、まったくできなくて……。でも、野球辞めてから、見つからなかった目標が見つかったような気がしたんです。

――その後、ボーイズグループに在籍。歌とダンスを始めることになりますが、当時の率直な気持ちは?

じつはグループでも、お芝居からのスタートだったんです。自分の根っこの部分ではお芝居をやっていきたいというものがありましたが、それが歌とダンスへと方向性が変わっていっただけです。なので、そのときはもちろん、純粋に新たな目標や夢として、歌とダンスに全力を注いでいました。

そんな中、自分自身と向き合うタイミングが訪れ、熟考した結果、一からのスタートになるかもしれないけれど、グループから離れ、1人の役者として生きていこうと決断いたしました。それがちょうど30歳になるタイミングでした。再始動させて頂けたことに感謝しています。

●内田英治監督と組んだボーイズラブ映画が転機に

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――17年、グループ在籍時に主演した内田英治監督作『ダブルミンツ』の存在も大きかったかと思います。

『ダブルミンツ』は、初めて本格的に役作りしたことで、さらにお芝居の面白さや奥深さを知った作品でした。内田監督とは、それ以前から面識があって、自分のお芝居に対する熱を語らせてもらっていたのですが、気持ちを受け取ってくださったのか、オーディションではなく、直接お声を掛けてもらったんです。

いわゆるボーイズラブの世界観の作品ですが、『ブエノスアイレス』や『マイ・プライベート・アイダホ』などの海外のいろんな映画を観ていたので、ボーイズラブに対する抵抗は一切ありませんでした。この作品で演じた光央には、共依存に近いものを感じていました。

――さらに、そこから白石晃士監督との繋がりなどに広がっていきました。

公開時には、いろんな方に観ていただきましたが、どこかで「もっと多くの方に届けることができたんじゃないのか?」という悔しさもありました。

そして、映画公開後、映画の情報番組「映画MANIA」の出演をきっかけに、名古屋の映画館・シネマスコーレの副支配人・坪井さんと出会いがあり、『ダブルミンツ』を観てもらうことになったんです。坪井さんには「もっと多くの人に観てもらうべき作品です」と仰っていただき、その声が白石監督のところにも届いたんです。

●トラウマから始まった映画の魅力

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――そして、『恋のクレイジーロード』、『恋するけだもの』という2本の映画が生まれたわけですね。

白石監督から「田中俊介と一緒に映画をやりたい」というお話をいただき、『恋のクレイジーロード』が生まれることになり、それをきっかけに、全国各地のミニシアターを回ることになったんです。それで、劇場支配人やスタッフの生の声を聞くことができるようになりましたし、インディーズのいろんな監督や役者とも交流できるようになりました。

そして、「田中俊介映画祭」という過去作を集めた企画上映もやっていただきましたし、出演作もどんどん増えていくようになりました。

――今では映画好きとしても知られる田中さんですが、『ジュマンジ』から始まる映画の魅力を教えてください。

『ジュマンジ』は子どもの頃に、TVで観たんです。ボードゲームの世界が現実になるという話なので、ホラーではないのですが、あまりの怖さに衝撃を受けて、トラウマになるほどでした。映画を観ることを通じて、現実では味わえない体験をできることに魅了されていき、後々いろんな作品を観るようになったんです。

今ではジャンルを問わず、いろんな国の映画を観ていますが、1990年生まれの僕にとって、70年代からの90年にかけての日本映画が持っていたパワーには、憧れを感じています。

~次回は最新出演映画『タイトル、拒絶』についても語っていただきます~

田中俊介(たなか・しゅんすけ)

1990年1月28日生まれ。愛知県出身。17年、『ダブルミンツ』で映画初主演を務めたほか、『恋のクレイジーロード』(18年)『デッドエンドの思い出』(19年)にも主演。『ミッドナイトスワン』が公開中のほか、11月21日より主演作『恋するけだもの』が公開。

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『タイトル、拒絶』

雑居ビルにある事務所で、デリヘル嬢の世話係であるカノウ(伊藤沙莉)は、さまざまな文句を突きつける彼女たちへの対応に右往左往。人気No.1のマヒル(恒松祐里)が店に戻ると、部屋の空気は一変していた。ある日、モデルのような体型の若い女が入店したことで、店内の人間関係が崩れ始めていく。
http://lifeuntitled.info/
新宿シネマカリテ、シネクイント他 全国順次公開中
(C)DirectorsBox

文=くれい響
撮影=山元茂樹
スタイリング=中川原有(CaNN)

くれい 響

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