
物価の優等生と言われてきた卵の品不足、価格の上昇が話題になっている。卵の卸売価格の目安となる「JA全農たまご」の1キロあたりの価格は3月16日時点で345円(Mサイズ)に達し、統計を取り始めてから最高値を記録した。去年2月の平均価格175円と比べて、97%もの値上がりだ。
その原因になっているのが、感染拡大が止まらない鳥インフルエンザ。同日時点で1600万羽もの鶏が殺処分されているという。前編記事『鶏1600万羽が「殺処分」され、卵の値段は2倍に…鳥インフル「パンデミック」の深刻な弊害』に続き、感染が拡大してしまった要因を探っていく。
感染拡大を止めるのは困難
人類は鶏を紀元前8000年ごろから飼育し始めたという。
「1万年の飼育の歴史の中で、家禽の生産が近代化され多くの鶏を集約的に飼育するようになった100年前まで、強毒の鳥インフルエンザは発生しなかった。H5N1鳥インフルエンザは工場畜産の限界を示している」
と同センター代表理事の岡田千尋氏は言う。どういうことだろうか。

ゲージ飼いされている採卵鶏(アニマルライツセンター提供)
「多くの鶏を狭い場所で飼育する工場畜産では、ウイルスの感染自体を防ぐことは困難だ。この3年ほどの新型コロナウイルスの騒動を見ていたのだから、それは誰もがよくわかっている」(同氏)。
感染予防に加えて、ウイルスが宿主を殺すかどうかは、その動物の個々の状態による。疾患を持っていたり、高齢者のような体が弱い状態にある人は、抗体を持っていない限りウイルスから多大な影響を受けて重症化する。鳥インフルエンザも同様だ。
家畜の命を尊ぶ
そこで近年、アニマルウェルフェア(動物福祉)という考えが広まってきた。家畜を中心にその飼育環境を改善し、生き物としての命の尊厳に配慮した飼育を目指す考えだ。
アニマルウェルフェア水準の高い状態であっても感染は起こり得るが、岡田氏によれば、以下の3つの要因で予防につながるという。

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〇密を避けられる
新型コロナウイルスと同じく、農場の中での密集度に応じて感染の速さは変わってくる。多くの鶏が入れられて密であるケージ飼育や、やはり効率性追求のために狭い場所に詰め込まれることが多い肉用鶏の飼育においては、感染は一気に広がる。一方、アニマルウェルフェア水準が高く、一羽あたりの面積が広いほど、密を避けられる。
〇運動ができるため抵抗力がある
運動は健康を保つ重要なファクターである。家禽も広い場所で自由に運動して免疫力が高くなれば、重症化しにくい。ただし、人間と異なり鶏は感染が発覚した時点で殺されてしまうため、重症化防止という視点は希薄だ。
〇太陽の光がある
紫外線はインフルエンザウイルスを不活化させるため、晴天の日の日中、屋外にいれば空気感染する可能性が低くなる。なお太陽の光を浴びることでビタミンDが生成されるが、これは急性呼吸器感染症を防ぐことにもつながる。日光が差す自然環境のなかで育てるのが一番よいということだ。
鳥インフルエンザ予防策の嘘
岡田氏によれば、よく聞かれる「放し飼いにすると鳥インフルエンザにかかりやすい」「自然光をいれるとかかりやすくなる」というような主張は、根拠のない非科学的なものだという。
できるだけ高いアニマルウェルフェアを守った上で、さらに可能な限りウイルスと接触させないという対策が必要なのだが、現状一部の養鶏場では、窓をなくしてケージに閉じ込め、自然な状態から遠ざけており、過密飼育の「密」を問題視しない考えには疑問を呈する。
鳥インフルエンザウイルスの感染経路は、感染した鳥の糞、野鳥(カモなどの渡り鳥などが主で、スズメなどはあまり感染しない)、人間、猫、ネズミなどが挙がっている。農林水産省は毎度疫学調査の結果を公表しているが、結局原因は特定できていない。
政府はもはや予防方法がわからないのか、隔離ではなく、鶏たちを狭い場所に密集させている。ましてや、その密集させた先が、窓が一つもなくて自然の光が一切入らないウィンドレス鶏舎およびセミウィンドレス鶏舎だ。岡田氏は「この措置には、感染を防ぐ根拠もなければ、実績もない」という。

密飼いされているブロイラー(アニマルライツセンター提供)
2020年秋~2022年春の鳥インフルエンザパンデミックでは42ヵ所の採卵鶏の養鶏場で感染があったが、そのうち29ヵ所がウィンドレス鶏舎とセミウィンドレス鶏舎だという。
結局のところ、鳥インフルエンザは、自然からかけ離れた現在の工場畜産に根本的な原因があると岡田氏はいう。
全羽の殺処分を防ぐために
最近、新たな動きがあった。読売新聞が「高騰続く鶏卵、鳥インフルでの全羽殺処分を回避へ…鶏舎の「分割管理」推進」と題する記事を3月4日にネット配信したのだ。
記事によると、青森県の採卵養鶏業者が、農場内の衛生管理を鶏舎群ごとに行う「分割管理」に乗り出すという。分割管理とは、100万羽超の大規模農場を複数の鶏舎群に分け、それぞれで作業する人員や車両、機材、卵の選別・包装施設などを別個に備える仕組みだ。
通常は一羽でも感染すれば農場内の全羽が殺処分の対象となるが、分割管理で鶏舎群をそれぞれ「別農場」とみなすことで、処分対象を減らすことができる。農林水産省は都道府県を通じ、全国の大規模農場への導入を推進する方針だと報じている。

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鶏舎間での行き来をなくすことでウイルスの広がりを防止でき、鳥インフルエンザが発生したとしても殺処分の対象を感染した鶏と同じ鶏舎群に限定できるということで、感染防止の原則である「隔離」の徹底と言えるだろう。
鳥インフルエンザの発生自体を抑えることはできなくても、発生してしまった場合に殺処分される鶏の数を減らす方策である。
「卵は安いもの」という常識
鳥インフルエンザの感染拡大が日常生活や経済にまで影響を及ぼしている現状を見ると、やはり、「密」になっている工場畜産のあり方が問われている。現在、日本の採卵鶏の飼育環境として一般的なのは「バタリーケージ」と呼ばれる方式だ。
鶏を収容した小さなケージを積み上げて、飼育が行われている。1羽あたりの飼育面積は、B5用紙1枚ほどしかない場合が多い。

採卵鶏のゲージ飼い(アニマルライツセンター提供)
本来の鶏は1日の活動時間の多くを地面を突くことに費やし、寝るときには地面から高いところにある止まり木で休み、外敵から身を守るという習性を持っている。また、「砂浴び」と呼ばれる習性も持つ。地面の砂に体をこすりつけることで、羽についている寄生虫などを落とし、清潔に保つための行動だ。しかし、ケージ飼いでは地面を突いたり、砂浴びをしたり、止まり木で寝たりすることは一切できない。
欧米では、アニマルウェルフェアの観点から、日本では「平飼い」と呼ばれる放し飼いの飼育方法が注目されており、ケージ飼いを禁止する動きも顕著だ。しかし、放し飼いは広い土地が必要になるので、ケージで飼育するよりも大量生産が難しくなり、結果として卵の価格にコストが転嫁される。そのため、一般に平飼い卵の価格は高い。
しかしケージで育てる従来の飼育方法だと過密空間になってしまうため、鳥インフルエンザを含め病気が発生した際に一気に蔓延し大量殺処分が行われるリスクがあるが、平飼いだと感染対策自体はやはり難しいものの、そこまでの事態には至らない。
そのためアニマルウェルフェアへ配慮した平飼いは、感染の影響の抑止という点からも注目されている。卵自体の値段が高くなったとしても、疫病リスクを回避でき、現在のような品薄も予防しうる。「卵は安く買えるもの」という消費者の常識を、今改めて考え直す必要がある。
生産性を追求するあまり
もともと卵用鶏の原種は年に20~30個しか卵を産まなかった。それが人間が行った品種改良により、300個ほど生むようになったという。そのうえケージ飼いによる密飼いでコストを下げ、卵の低価格化を実現してきた。そこには生産者の努力があるが、同時に、絶えずその限界が指摘されてきた。
また現状を見るに、すべての鶏が「命も感情もある動物」として適正な環境で飼育されているとは言い難い。快適な飼育空間を整備している養鶏場は存在するものの、その一方で狭いケージに一生押し込まれ、そこから出られるのは、卵を産む効率が悪くなり、廃鶏として処分されるときだけ……という鶏もいる。

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命の源であり、生でも食べられるように衛生管理されて消費者に届けられる卵が、一個20円にも満たない現状がむしろ「異常」だという意識を持つ必要があるだろう。ある程度値段が高くともアニマルウェルフェアを尊重するという選択肢を我々消費者は真剣に考えなければならないことを、今回の鶏の大量殺処分は物語っている。