インドで偶然ビートルズに遭遇 1968年の出来事を追体験するドキュメンタリー

インドで偶然ビートルズに遭遇 1968年の出来事を追体験するドキュメンタリー

  • Forbes JAPAN
  • 更新日:2022/09/24
No image

旅には出会いがある。時には思いもしなかった人たちに出会うこともある。

この映画の主人公も、恋人から別れの手紙を受け取ったインドで、意外な人物たちと出会う。ザ・ビートルズだ。しかし、彼はその貴重な想い出を、32年間、自宅の倉庫に仕舞い込んでいた。

「ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド」は、直接ビートルズを描いた作品ではない。彼らを題材にしたドキュメンタリーではあるが、主役となるのはカナダの映像作家(エミー賞を受賞している)ポール・サルツマンという人物だ。

1968年、サルツマンはかねてから心惹かれていたインドへと渡る。23歳で自分のテレビ番組を持ち、サクセスストーリーを謳歌していた彼だったが、突如、内なる声に導かれ、映画の録音スタッフとして「神秘の地」の土を踏む。

しかし彼を待っていたのは、故郷に残してきた恋人からの別離宣告だった。打ちのめされた彼は、傷ついた心を癒すため、ニューデリーからガンジス川を250キロほどさかのぼったマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのアシュラム(僧院)へとたどり着く。

No image

(C)B6B-II FILMS INC. 2020. All rights reserved

マハリシは超越瞑想の創始者であり、1日2回20分間、目を閉じて瞑想することで意識の深みに達し、精神の安定と集中を得られると唱えていた。自らの心の再生を望み、マハリシのアシュラムの前に立ったサルツマンだったが、その願いがすぐに叶えられることはなかった。

そのときアシュラムには、世界で最も有名なスーパースター、ビートルズのメンバーが超越瞑想を学ぶために滞在していたからだ。

インドで偶然ビートルズに出会う
ビートルズは、日本公演の2カ月後の1966年8月29日を最後に、コンサート活動を終了していた。

翌年、音楽史に残る名盤「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」を発表したが、デビュー前から彼らを支えてきたマネージャーのブライアン・エプスタインの急逝で、精神的な支柱を失いかけていた。

そんな状況下で出会ったのが超越瞑想運動の創始者であるマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーだった。マハリシからインドのリシケシュにあるアシュラムへと招待されたビートルズは、パートナーも伴ってメンバー全員でこの地を訪れることになった。

No image

(C)B6B-II FILMS INC. 2020. All rights reserved

1968年2月、ビートルズのメンバーはマハリシの施設で超越瞑想のセッションを始めるが、そこに偶然遭遇したのが、前出のサルツマンだった。当初、彼はビートルズが来ているとは知らずにアシュラムの門を叩いたが、入ることを許されず、敷地外にテントを張って許可が出るのを待っていた。

門の外で待つこと8日間、サルツマンは運良くアシュラムに入ることが許され、超越瞑想の指導を受けることが叶った。セッション後、彼は失恋の痛手からすっかり立ち直っていた。心の安寧を得た彼がアシュラム内を歩いていると、ガンジス川を見下ろすテーブルを囲んで座る、見覚えのある4人の顔を見つける。

No image

(C)B6B-II FILMS INC. 2020. All rights reserved

サルツマンが「一緒にいいかな?」と訊くと、ジョン・レノンが「もちろん」と答え、「座れよ」とポール・マッカートニーが続けたという。こうして、サルツマンは同じ施設で超越瞑想を学ぶ人間として、ビートルズのメンバーと親しく交流することになる。

当時、世界的な人気グループがインドを訪れるということで、メディアによる取材合戦も過熱していた。そのなかで、もともと彼らが来ていることなど知らず、突然アシュラムに現れた20代の青年に、ビートルズのメンバーは親しみを感じて胸襟を開いていった。

サルツマンが彼らと一緒に過ごしたのは、奇しくも門の外で待っていたのと同じ8日間。その奇跡の時間に、彼は特にジョンとジョージ・ハリスンとは親しく話し、ジョンとポールが曲をつくる現場にも居合わせた。アシュラムでは彼らは完全にプライベートな時間を楽しんでおり、サルツマンは手にしていたカメラでその姿を次々とフィルムに収めていった。

No image

(C)B6B-II FILMS INC. 2020. All rights reserved

サルツマンにとってインドへの自分探しの旅は、失恋の痛手を癒す超越瞑想への導きとなり、素顔のビートルズたちと過ごす愉楽の時間ともなったが、カナダへの帰国後、彼は現地で撮った写真を自宅の地下室に仕舞い込み、その存在すら忘れてしまっていた。

1968年の出来事を追体験する旅
その失われた記憶を呼び覚ましたのは、彼の娘であるデヴィアニ・サルツマンだった。インドから帰国して32年後、作家でありキュレーターでもある彼女のひと言によって、サルツマンは地下室に眠っていたビートルズの写真に気がつき、それらを基にして今回のドキュメンタリー映画「ミーテイング・ザ・ビートルズ・イン・インド」をつくり上げた。

No image

(C)B6B-II FILMS INC. 2020. All rights reserved

もちろん作品には、サルツマンがインドで撮影したビートルズの写真も多数登場する。マハリシを中心にビートルズのメンバーと彼らのパートナーが一堂に会した写真は、リバプールの博物館「ビートルズ・ストーリー」にも飾られている有名なもの。その他未公開のショットも作品には数多く散りばめられている。

それらの写真は記録としてたいへん貴重なものではあるが、このドキュメンタリーが他の「ビートルズもの」と異なるのは、サルツマン自身が辿ってきた人生の軌跡が色濃く投影されているからだ。

インドで素顔のビートルズに出会ったことで、彼自身にどんな変化が起きたのか、そして、それはいまの彼にどんな影響を及ぼしているのか、それらがロンドン、リバプール、ムンバイ、ニューデリー、そしてリシケシュと1968年の出来事を追体験する旅を通して描かれていく。

作品では監督・脚本・製作も務めるサルツマンは、ビートルズ研究家の第一人者であるマーク・ルイソンとともに、マハリシのアシュラムがあった場所を訪ねて、かつて彼が目撃したビートルズの創作の現場を検証する。

No image

9/23(金・祝)よりヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次ロードショー (C)B6B-II FILMS INC. 2020. All rights reserved

ビートルズが1968年に発表した通称「ホワイト・アルバム」という30曲入りのアルバムは、多くの曲がインドで書かれたと言われているが、その曲数についてサルツマンとルイソンが論争するシーンなどはとても興味深く、彼らの音楽を研究するうえでも一級の記録になっている。

ビートルズがインドにまで赴いて修得しようとしたマハリシの超越瞑想については、この作品の製作総指揮も務める映画監督のデヴィッド・リンチが示唆に富む発言を寄せている。また、当時、インドへの旅に参加したジョージの最初の配偶者であるパティ・ボイド(のちにエリック・クラプトンと結婚する)などの証言もあり、このような関係者のコメントも耳に新しいものばかりだ。

No image

デヴィッド・リンチ(C)B6B-II FILMS INC. 2020. All rights reserved

本作は、サルツマンが半世紀以上も前にインドで出会ったビートルズの解き放たれた姿を描きながら、そのプライペートな創作現場も目撃し、彼自身が自らを再発見する内容ともなっている。そのあたりが単なる音楽ドキュメンタリーとは一線を画する、深く観る者の心にも響くところなのかもしれない。

ちなみにビートルズが超越瞑想を学んだアシュラムは、毀誉褒貶(きよほうへん)の激しかったマハリシの人生を反映するかのように、その後1990年代には廃墟となっていたが、現在は「ビートルズ・アシュラム」として、多くのファンが訪れる人気スポットとなっている。

連載:シネマ未来鏡
過去記事はこちら>>

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加