新聞が読まれなくなった至極当然の理由、それでも刷り続けるしかない裏事情

新聞が読まれなくなった至極当然の理由、それでも刷り続けるしかない裏事情

  • 現代ビジネス
  • 更新日:2021/04/07
No image

男女格差を是正せよ、中国は高圧外交をやめろ、民主主義の価値を大切に、官僚接待は許されない・・・・・・

新聞の発行部数は、この3年で700万部も減少した。自分たちのことを棚に上げながら、理想論ばかりのご高説を垂れるメディアに耳を傾ける読者はもはや絶滅危惧種だ。「社会の公器」の最期は近い。

天に唾して

〈総務省接待問題 なれ合い生んだ可能性ないか〉

3月16日、読売は、東北新社とNTTによる官僚接待を憂う社説を出した。

〈公務員が利害関係を持つ企業から接待を受ければ、なれ合いや癒着が疑われかねない〉〈接待攻勢で行政が歪められていないかどうかが焦点だったが、十分な解明に至らなかったのは残念だ〉と総務省の対応を非難している。

読売ばかりではない。産経は、〈接待官僚の処分 「国民の奉仕者」胸に刻め〉と断罪し、日経も〈行政への不信高める政官の緩み猛省を〉と釘を刺した。

ご説、ごもっとも。時代劇に登場する悪代官さながらの高額接待など、今の世の中で断じて許されるはずがない。

No image

photo by iStock

ただ、当の新聞社はどうなのか。読売の'20年10月4日付「菅首相の一日」にはこうある。

〈【午前】7時24分、東京・神宮前のレストラン「エッグスンシングス原宿店」。報道各社の担当記者と懇談〉

菅首相の大好物というパンケーキを一緒に食べながら意見交換するというスタイルで、会食は2時間近くにおよんだ。

朝日は欠席したと伝えられている。しかし安倍首相時代には編集委員などがたびたび会食に参加している。

とはいえ、誰も好き好んで政治家に媚びへつらっているわけではないだろう。すべてはその先にあるスクープのため……。そう精を出していたはすが、いつの間にか、権力に取り込まれているのである。

総務省問題は、新聞社にとっては天に唾するようなものだ。

やっていることと書いていることがまるで違う―。この指摘は「女性の社会進出」についての報道では特に顕著だ。

毎日の今年3月8日付の社説〈国際女性デーと日本 「おじさん政治」と決別を〉を見てみよう。

森元首相の女性蔑視発言に触れ、〈古い考え方のリーダーが、均質な組織を率いる。そこでは挑戦より現状維持が優先され、少数意見は無視されるか排除される〉と、日本の現状を嘆いている。

No image

photo by iStock

同日付の東京新聞の社説〈ジェンダー平等 政策の中心に据えねば〉も、衆議院の女性議員の割合が、わずか9・9%であることに触れて、〈政権は「女性活躍」の旗を振りながら、足元の不平等には目を閉ざしたままだ〉と糾弾している。

しかし、そのように「女性の活躍」を謳う新聞社の現状はどうか。

新聞労連が発表した最新の統計によれば、新聞社38社中、女性従業員の割合はたった19・9%。そのうち管理職は7・7%だ。

38社の役員319人中、女性はわずか10人。新聞協会の役員も、53人中女性はゼロとなっている。

もともとは「夜討ち朝駆け」などもあり、ハードな仕事であるから、女性にはできないとばかりに、男性優位の社内機構が作られてきた。

それがいつの間にか時代に取り残されてしまったわけだ。

では、御社は?

そんな新聞が〈働き手の幸福が最優先だ〉と論陣を張る。'20年8月24日付の毎日の社説を見よう。

〈「会社第一」の発想から脱却し、働き手の幸福を最優先とする社会への転換を急ぎたい。/日本型の雇用は、社員に終身雇用や年功賃金を保障する一方、会社の都合で恒常的な残業や単身赴任を強いてきた。家庭を犠牲にするような慣行は改めるべきだ〉

しかし、毎日新聞の中堅社員は嘆息する。

「勤務地の希望を出すことはできますが、それが叶う人は限られています。私も単身赴任を経験しました。残業時間なんて気にしたこともありません。

No image

photo by iStock

でもそんなことは構わない。記者になった時に、世の中のために働くと覚悟を決めたからです。後輩にもそうした志を持って入社してくる者は多い。

しかし、いまやそうした考え自体が、まるで『悪』であるかのように言われてしまいます。自社の社説を読んで少し戸惑っています」

最近では、話題の環境問題について指摘する社説も目立つ。

読売は〈温室効果ガスを出さない「脱炭素」を実現するには、目標を掲げるだけでは不十分だ〉('20年12月27日付)と豪語し、朝日は〈プラごみ対策「使わぬ社会」めざして〉('20年10月19日付)で〈自然由来の素材にかえる「代替」は対策の一つではあるが、森林伐採などの新たな環境問題を引き起こす恐れをはらむことに留意しなければならない〉と一歩進んだ議論にまで踏み込んでいる。

だが、新聞社が「押し紙」と呼ばれる廃棄前提の新聞発行を続け、膨大な紙資源の無駄遣いをしているのは周知の事実だ。

元毎日新聞常務の河内孝氏が語る。

「新聞社は、中折りチラシなどの広告費で利益を得ています。この広告費は部数によって決まります。そのため、注文以上の部数を販売店に引き取ってもらい、発行部数を水増しするのが押し紙です。

今はできるかぎり減らしいますが、一気に失くすことはできません。まだ膨大に処理すべき部数が残っているのが現状です」

No image

photo by iStock

新聞業界は、誰にも読まれない新聞によって成り立っているという業を背負っているのだ。

豹変する「社論」

中国に関する社説についてはもはや誰に向けたものなのかもわからない。

〈中国の唱える「平和発展」をどう信じろというのだろうか〉(「朝日新聞」'21年3月7日付)

〈習近平政権は、強硬路線が自国に不利益をもたらし、地域の安定も損ねている現実を自覚すべきだ〉(「読売新聞」'21年3月6日付)

なぜ日本の新聞が中国に意見するのか。しかし、新聞がこうした高説を垂れるのには背景がある。

社会学者の西田亮介氏が解説する。

「新聞の社説に教養主義的な雰囲気があるのは、いまも読者共同体があると想定して書いているからです。

例えば、朝日を読んでいる人は基本的人権を擁護し、安全保障については抑制的な態度を示すということを大前提としたうえで社説などを出しているようです。

でも実際は購読者数の減少とともに、そうした共同体が消滅してしまっているのが現状です」

いまだに自らが「社会の公器」であるかのようなご託を並べているが、当の社会のほうが変化し、新聞だけが時代に取り残されてしまったのだ。

No image

photo by iStock

西田氏が言うように、朝日をはじめとした新聞各社は紙面でことあるごとに民主主義の重要性を説いてきた。

〈対立する意見が交わることのできる対話の場を取り戻す。弱者や少数者への視点を守り育てる。そこから民主主義の再生を図っていかねばならない〉(「朝日新聞」1月3日付)

とはいえ、新聞は常に最新の情報を載せる場である。情報が更新するたびに意見も微調整していかなければならない。傍から見ると一貫性がないと非難されることになる。

昨年、第1回目の緊急事態宣言が発出された翌日の4月8日のことだ。

朝日は〈朝日新聞の社説は、市民の自由や権利を制限し、社会全体に閉塞感をもたらす緊急事態宣言には、慎重な判断が必要だと主張してきた〉と、政府を諌めた。

ところが、今年の3月19日、菅首相が緊急事態宣言の解除を決めると、〈より感染力の強いとされる変異ウイルスの拡大も心配だ。にもかかわらず、菅首相は緊急事態宣言の全面解除に踏み切った〉と非難した。

緊急事態宣言など〈自由を制限する措置は最小限〉('20年1月30日付)にすべきと主張してきたのに、それを今度は延長すべきだと言うのだ。

民主主義でみんなの意見を聞いていては、コロナに対応できないことがわかってきたからだ。

過去にはこんな例もある。'09年、当時厚労省局長だった村木厚子さんが、障害者団体に適用される郵便料金割引制度を悪用したとして逮捕された。

朝日は、〈障害者を守るべき立場の厚労省幹部が違法な金もうけに加担した疑いをもたれてしまった事実は重い〉('09年6月16日付)と糾弾し、毎日も同日付の社説で〈村木厚子容疑者はどうしてこんな危ない橋を渡らなければならなかったのか〉と嘆いた。

これが冤罪だと判明すると、今度は一斉に検察を叩いた。

朝日は〈村木被告は大阪地検特捜部に逮捕された当初から容疑を否認し、一貫して無実を訴えていた〉('10年9月11日付)とまるで、初めから村木さんの味方であったかのような論調だ。しかし、これにも理由がある。

誤報を打ち消すには、それ以上のインパクトがある情報を流さなければならないのだ。

オリンピック開催の可否をめぐっても、主張が変遷している。

No image

photo by iStock

〈東京五輪 都民は望んでいるか〉

これは'11年6月18日付の朝日の社説の見出しだ。中には〈東京都には招致のために積んできた基金が4千億円ある。これだけの資金を未来に生かす方法はいくらもある〉と五輪招致に懐疑的な意見を述べている。

毎日も社説で〈ただでさえ多くの弊害が出ている東京の一極集中がより加速するのではないかという懸念も消えない〉('11年6月27日付)と朝日とは別の角度から懸念を示した。

態度の豹変が見られたのは'13年9月7日、東京招致が決まってからだ。

毎日は〈'20年東京五輪 未来への遺産を作ろう〉('13年9月10日付)と社説欄をすべて使って大盛りあがり。

同日付の朝日は〈東京五輪 成熟時代の夢を紡ごう〉の見出しで、〈日本にいながらにして世界がやってくる。人も文化も混じり合う世界の息吹を体験し、記憶に刻み、思考を広げる機会となろう〉と、明るい未来に胸膨らませた。

その2年4ヵ月後、'16年1月22日には、2社は揃って社告を出した。

No image

photo by getty images

〈平和をつくる、五輪精神に共感 「東京2020オフィシャルパートナー」に朝日新聞社〉(朝日)、〈東京2020大会に協賛〉(毎日)。

朝日、毎日、読売、日経の新聞社4社が東京五輪・パラリンピック組織委員会と「オフィシャルパートナー契約」を締結したのだ。

「新聞社がオリンピックのスポンサーになるなど前代未聞です。毎日新聞をはじめ、主要紙すべてが合わせて何十億円という大金をはたいたわけです。これでは公正な報道などできるはずがありません」(前出・河内氏)

正しさとは何か

それ以降、オリンピックへの準備は混迷を極めた。コロナ禍に加えて、森喜朗元首相の蔑視発言や、開会式の責任者・佐々木宏氏の引責辞任は記憶に新しい。

聖火ランナーの走者は次々と辞退を申し出ており、日本では56%の人が開催に反対しているというデータもある。

にもかかわらず、社説を見れば〈五輪組織委 混迷打開に刷新を急げ〉(「朝日新聞」'21年2月11日付)と、あくまで開催を前提とした論説になっている。

五輪の東京招致が決まった時には日本中が沸き上がった。マスコミとしての自分たちの役割がここにあるかもしれない……そう思った日もあるだろう。しかし、いまやありがたがる人など誰もいない。

歴史学者の與那覇潤氏は、「新聞のSNS化」が問題だと語る。

No image

photo by iStock

「ネットでは、ネガティブな炎上ネタほど、読者が群がって『これはひどい』と大騒ぎになります。そうした言説のSNS化が、新聞にも浸透してきたように見えます。

一昔前の新聞は、『全国民に向けて発信する』という気概がありました。だからこそ、意見や感性が違う人にも、『最低限、日本はこうであってほしい』というポジティブなメッセージを届けてきた。

しかし、いまは購読者数が減り、批判を恐れるあまり、目指すべき社会像を示さずに『悪しきもの』だけを叩いている。結果、減点法的な思考で同調圧力をかける論調が強まってしまったのです」

時代の波に流されて、人は時に間違いを犯すものだ。それでも、自分の信じる正しさを支えに、歩んでいくのが人間なのかもしれない。

『週刊現代』2021年4月3日号より

この記事をお届けした
グノシーの最新ニュース情報を、

でも最新ニュース情報をお届けしています。

外部リンク

  • このエントリーをはてなブックマークに追加