“優しさ”頼りの援助では、自分に余裕があるときしかできない【ブレイディみかこ】

“優しさ”頼りの援助では、自分に余裕があるときしかできない【ブレイディみかこ】

  • mi-mollet(ミモレ)
  • 更新日:2022/06/24

「家族の成長物語」として評判を呼んだ『ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー』。
でも著者ブレイディみかこさんが同作で本当に描きたかったのは、英国と日本の子供の貧困に対する意識の違い、そしてそれに直結する教育の問題だったといいます。現在はコロナ休校のあおりを受けて広がった教育格差を補うため、「知人で大学の先生が公民館で始めた補習クラスを手伝っている」というブレイディさん。「中学入学時点でちゃんとした読み書きや、二桁の足し算ができない子供たちがいる」というイギリスの現状を、日本よりひどいと思う人もいるかもしれませんが、これはもちろん「移民」の子供たちも含めたもの。2万人を超える未就学の外国籍の子供たち、その実数さえ把握されていない無戸籍児童など、日本ではただ「見えない存在」にされているだけかもしれません。

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「体育座り」は話を聞く姿勢で 意見をいう姿勢じゃない

イギリスで保育士になったブレイディさん。保育の現場ですごく驚いたのは、子供たちに「あぐら」で座らせることだったといいます。

ブレイディみかこさん(以下、ブレイディ):座り方が悪い子を叱る時は「Open your knees(膝を開きなさい)」。膝を開いて背筋を伸ばす、いわゆる「あぐら」に近い形で座らせるんです。そういう姿勢だと、言葉が出るんですよね。絵本を読んでいる最中に「それどういうことなの?」とか「なんでそういうことしてるの?」って聞いてくるし、保育士も「終わるまで待って」なんて言わず、子供たちとやり取りします。日本は膝を閉じて抱えて、小さく閉じる「体育座り」がほとんどですよね。あれは話を聞く姿勢であって、自分の意見をいう姿勢じゃないと思うんです。日本の教育現場は先生がいろんなことを決めるトップダウン性が強いけれど、イギリスはそれが緩く、先生は「私の話を聞いていればいい」とか「いうとおりにしなさい」とは言わないんです。

その著書でご存知の方も多いかもしれませんが、ブレイディさんが保育士になったのは、彼女が言う「底辺託児所」でのボランティアがきっかけです。その背景にあるのは、当時政権を担っていた労働党の、教育でも福祉でもない、財政政策があります。

英国が貧困家庭の幼児教育に介入するのは かわいそうだからじゃない

ブレイディ:ブレア政権時代に財務大臣だったゴードン・ブラウンが、財政政策の一環として「子供の貧困と貧困の連鎖を断ち切ること」を打ち出したんです。つまり子供は未来の経済の担い手でもあるのに、彼らが社会保障で生きる大人になれば、国の税収は減り社会保障費はどこまでも膨らんでしまう。だから子供の貧困をなくすことは財政政策なんだと。

その時の保育の大改革では、保育士を単に「子供のケアをする存在」でなく「幼児教育の担い手」と位置づけ、「**か月までにはこれができるように」とびっちりとしたカリキュラムが組まれました。そういった政策の根拠は、小学校入学時点で、育った家庭環境によって子供たちの知識や情緒的発育のレベルに大きな差があったからなんです。そのまま学校生活が始まれば格差が再生産されていくことになるから、保育の段階でなるべく同じスタートラインに立てるようにしようと。一部のリベラル層には「おむつカリキュラム」と揶揄され不評でしたが、実際に子供の貧困率もずっと減っていい方向に向かっていたんです。

つまり貧困解消や教育の充実は経済政策であって、「かわいそうだから」やってあげることじゃない。でも日本は湿ったものの考え方が好きで、「かわいそう=シンパシー」のほうが崇高みたいな感覚があるじゃないですか。でもリアルな経済と政治の話として、社会が社会全体のためにやるべきことなんです。

育児や教育は「家族の問題」とする日本と 「社会で育てるもの」と考えるイギリス

「かわいそうだから支援する」という考え方に潜むもうひとつの大きな問題点については、後に触れるとして。イギリスの場合は「かわいそう」の前に「子供は社会が育てるもの」という感覚、共通認識が根付いているようです。「子供は村全体で育てるものだ」ということわざもあるそうです。

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ブレイディ:保育士になると一番最初に「保育士の仕事は保育だけでなく、地域の子供たちに目配せすることだ」と教えられます。つまりそれは親にも目配せするってことなんですね。密室での子育ては非常に不健康なことで、閉じこもっている親子がいたら外に出す。それが親の虐待や育児放棄を社会が監視し、子供たちに手を差し伸べ助けるためでもあると教わりました。危険な状況だと分かれば、英国では福祉がすぐ保護する。昔から、産んで育てられないなら修道院や教会を頼ったりという伝統が欧州にはありました。

キリスト教の影響もあると思いますが、やっぱりイギリスは福祉国家だった時代があるんですよね。共助も盛んだし、公助も日本よりは充実している。共助に国の資金が入っていることもあるし。労働党のブレア政権の時代は特にそうでした。例えばイギリスではあの頃、保育士をーー特に多様性という観点から外国人の保育士を増やすために、保育所を手伝っているボランティアは国の補助金で、保育士のコースを無料で受講できたんです。私もそれを使って保育士になりました。

この制度がいいのは、一度社会に出たことがある人が保育士になること。保育士って、どうしても学校出たての若い女性になりがちじゃないですか。でも子供を包括的な人間に育てるには、人種や性別、年齢的にも多様な大人に触れさせることもすごく大事だと思うんです。実際に私が受けた保育士のコースでは、人種も年齢も性別もめちゃくちゃ多様でした。

ブレイディさんの最新刊である小説『両手にトカレフ』の中には、生活に困窮した人たちに食事を提供する「カウリーズ・カフェ」という場所が出てきます。そしてそこの食事で育ちソーシャルワーカーになったというキャラクターも。「いかにもイギリス的なエピソード」とブレイディさんは言います。

ブレイディ:日本って何でも「最終的には身内で」でになってしまう。ニュースを見ていると、 赤ちゃんが駐車場に置き去りにされていたとか、人知れずホテルの一室で生まれて放置されて亡くなったとか。虐待の疑いで保護しても、最後にはまた親の所に戻して、結局はなくなってしまう子供も結構いますよね。生活保護も少し前までは家族や親族に照会がいっていたと。この話をイギリス人にすると「国に助けを求めてるのに、なんで親族に連絡するの? 国の責任放棄だ」と驚かれます。税金を払っている個人が困った時、国が助けるのは当然の話。 いろんなところでゆがみが出るのは、最終的に家族になんとかさせようとするからだと思います。

自分に余裕があるときしか“優しく”できない

もちろんイギリスも多くの問題を抱えています。特に2010年の選挙で保守党が勝利してからは緊縮財政が始まり、最初に削減されたのは教育と福祉の予算です。

ブレイディ:どの国であれ保守系の政党が最初に削減するのはその分野なんです。保守党の支持層は富裕層~ミドルクラスが多く、彼らは子供を私立の学校に通わせているし、福祉制度の世話にもならないから、削られても関係ないんですよね。でもイギリスはなんだかんだ言っても政権交代をしてきた国です。日本は同じ政党がずーっと政権を握っていますよね。

昔、太宰治が「子供より親が大事、と思いたい」と書きましたが、今の日本は「大人たちの老後が大事」というのがむき出しで、子供に関する政策が後回しにされている感じがします。コロナ禍や戦争があり物価が上がり、貧困はこれからずっと激しくなることは見えているじゃないですか。そのしわよせがどこに行くかといえば一番弱い者、つまり子供なんです。子供は働けませんから。

経済が上向きになると思えない、誰もが殺伐とした気持ちになっている時代には「シンパシー」はあまり役には立ちません。ブレイディさんは、小説『両手にトカレフ』の中でその「悪気のない優しさ」を、ミアに心を砕く幼馴染のイーヴィーを通じて描きます。彼女ミアへの優しさは「かわいそうな人への目線」であり「ふとした拍子に嘲笑的な目線に」裏返ることもあります。もうひとつ付け加えるなら「他人のことなんて構っちゃいられない」という余裕のない時には、あっさりとなくなってしまうものでもあります。

ブレイディ:みんなが目先のことばかり考えずにーーとなればいいんですよね。例えば年金は、自分の老後のための貯金ではなく、現役世代が働けなくなった世代を支えるシステムなんです。どんどん高齢化し年金の支払いが増えてゆく日本で、支える世代が貧困だったらどうにもなりません。だから安心して子供を産み育てられる環境を整えなきゃいけないし、子供は国家の政策として育てなきゃいけない。それなのに「今が良ければいい」という考えで、そこに全然目が行ってない。長期的に日本を変えることを考えても、教育や福祉に真剣に取り組むべきだし、ミアみたいな子供を守り、救うことが国や社会の未来につながる。これは急務です。

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ブレイディみかこ
1965年、福岡県生まれ。1996年から英国ブライトン在住。2017年、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』で新潮ドキュメント賞を受賞。2019年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で毎日出版文化賞特別賞、Yahoo!ニュース | 本屋大賞 ノンフィクション本大賞などを受賞。ほか著書に『女たちのテロル』『ワイルドサイドをほっつき歩け ハマータウンのおっさんたち』『他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ』『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』など多数ある。

撮影/Shu Tomioka
取材・文/渥美志保
構成/川端里恵

前編「「めでたしめでたし」でごまかさないで。厳しい現実から目を背けないのも大人の役目【ブレイディみかこ】」>>

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ブレイディ みかこ

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