ブレイディみかこ「エリザベス女王の追悼で英国が喪に服す中、一人で暮らすおじいさんの飼い猫〈リズ〉が亡くなって」

ブレイディみかこ「エリザベス女王の追悼で英国が喪に服す中、一人で暮らすおじいさんの飼い猫〈リズ〉が亡くなって」

  • 婦人公論.jp
  • 更新日:2022/11/25
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イギリス在住のブレイディみかこさんが『婦人公論』で連載している好評エッセイ「転がる珠玉のように」。今回は「リズたちのはなし」。英国のエリザベス女王が亡くなった。近所に住むおじいさんの亡くなった飼い猫もまた同名で長寿を全うし、生前は女優猫と呼ばれていた――(絵=平松麻)

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エリザベスからもう一人のエリザベスへ

英国のエリザベス女王が亡くなった。

「ひとつの時代が完全に終わったって感じだな」

連合いはそう言っていた。とくに王室好きでもない(どちらかと言えば、嫌いな)人がそういうことを言うのだから、英国の人々が先を争うようにして喪に服しているのも不思議ではないだろう。

王室制度についてどう思うか、ということは脇に置いても、エリザベス女王という個人について敬意を表したい人は多い。息子たちの世代はそうでもないが、年齢が上にいくほどそうだ。とにかく在位期間が長かったから、ずっとそこにいるものと思っていた人たちも多い。だから、亡くなったことに衝撃を受けたという声をたくさん聞いた。

個人的には、亡くなる2日前に新首相の任命を行っていたという事実に凄絶なものを感じた。杖をついて、しゃきっと一人で立ち、笑顔で新首相と言葉を交わしていた。が、よく見ると、女王の右手の甲には黒いあざが広がっている。ここから点滴を入れ続けながら、新首相の任命が終わるまではと踏みこたえたのだろうか。この気合いというか執念は、やはり尋常ではない。

実は、新首相のリズ・トラの「リズ」は「エリザベス」を短縮した呼称だ。だから、女王の最後の仕事になった新首相の任命は、エリザベスたちの邂逅とも言われた。わたしが1980年代に初めてこの国に来たときに驚いたことの一つは、公式の場で女性が男性の一歩後ろを歩いていないということだった。というか、英国ではそれが完全に裏返っていた。女王は常に夫のフィリップ殿下の一歩前を歩いていたし、サッチャー元首相もぞろぞろ男性官僚や議員を従えて先頭を歩いていた。こういう写真や映像を見て育つ人は、日本で育つ人とは違うマインドセットを持つようになるだろうと思った。

このマインドセットも、あの任命式で、エリザベスからもう一人のエリザベスへと引き継がれたということだろう。

うちの近所にもリズが住んでいた

ところで、エリザベスといえば、うちの近所にも亡くなったエリザベスがいる。わが家の裏にある(裏庭のフェンス一枚でつながっている)お宅の猫が、やっぱりリズという名前だった。そのお宅は高齢のおじいさんの一人暮らしで、エリザベス・テイラーの大ファンだったことから飼い猫をリズと呼ぶことにしたのだった。

これがやっぱり長寿の猫で、うちの息子が生まれる何年も前からいたから、ことによると20歳ぐらいまで生きたかもしれない。若い頃はすらっとした白猫で、長い首を優雅に傾けながら裏庭のフェンスの上に座っている姿など、大女優の名を持つ猫にふさわしいエレガンスを感じさせた。年齢を重ねてからはだんだん体が重そうになり、すいっとフェンスに飛び上がれず、ぼてっと落ちるようになった。だが、それでもしぶとくフェンスによじ登り、ふくよかになった顔の中心から二つの目をぎらっと光らせ周囲を見渡している様子には、これまた往年の大物女優じみた迫力と凄みがあった。

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絵=平松麻

そのリズが、わたしが旅行に行っていた間に亡くなっていた。おばあさんが亡くなって以来、ずっとリズと二人で暮らしていたおじいさんの落胆は大きく、家に引きこもって庭にさえ出てこなくなってしまった。

だが、宮殿に住んでいたもう一人のリズが亡くなった数日後、おじいさんが家から出てきた。そして、この元公営住宅地の多くの住人がそうしているように、家の前庭に不要になったものを並べ始めたのだ。

家の前に置かれた日用品や食品の数々

もともと英国では、大掃除の季節(英国では春だ)になると、不要になった家具や装飾品を家の前庭や歩道に並べて、「どうぞご自由にお持ち帰りください」と書いた紙を貼っておく古い習慣がある。それがいまは、家具や装飾品だけでなく、服や玩具、絵本や缶詰や食器など、生活必需品が並べられている。物価高と光熱費の高騰で暮らしに困る人々が増え、誰ともなしに家の前に不要なものを並べるようになったのだ。

おじいさんの家の前にも、キャットフードの缶詰や猫の玩具、猫のベッド、キャットタワーなどがずらりと並んでいた。さすがは女優猫、セレブな暮らしをしていたのだなと感心するような猫用品の数だった。が、それらと一緒に、さりげなく人間用の缶詰や冬のコートも置かれていた。必要とする人が持って帰れるようにである。

バッキンガム宮殿やウィンザー城やバルモラル城の前に置かれた花束の数が増えるように、わたしたちのストリートの家々の前に置かれた日用品や食品の数も増え続ける。

女王に捧げる花束を買う人があまりに多くて、売り切れになる花屋さんも出てきたらしい。だけど、ストリートに並ぶ物品は切れることがない。後から後から出てくる。どこかの家の前のものがなくなったら、今度は隣の家から出てくる。そこもなくなったら、また違う家から出てくる。

互いの生命をつなぐ相互扶助の精神に、わたしは時おりストリートで立ち止まる。そして一礼したくなるのだ。長い生を終えた一人の女性の棺に頭を垂れる人々と同じように。

ブレイディみかこ

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