=LOVE・野口衣織が「泣きたい私は猫をかぶる」を語る「生きやすくなるなら猫をかぶってもいい」【連載:いおはにほへと。#12】

=LOVE・野口衣織が「泣きたい私は猫をかぶる」を語る「生きやすくなるなら猫をかぶってもいい」【連載:いおはにほへと。#12】

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  • 更新日:2022/09/23
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=LOVEの野口衣織が「泣きたい私は猫をかぶる」を語る! /  撮影=booro/スタイリスト=稲葉有理奈(KIND)/ヘア&メーク=水野花菜

【写真】家を出る前に前髪を整えている平成ギャル風な野口衣織

指原莉乃がプロデュースするアイドルグループ・=LOVE(イコールラブ)のメンバーであり、アニメ好きの野口衣織が「神セリフ」からアニメの魅力をひもといていく連載企画。第12回では、2020年6月にNetflixで全世界独占配信され、先日の地上波初放送でSNSでもトレンドに上がった映画「泣きたい私は猫をかぶる」について語る。※この記事には、作品のネタバレが含まれています。

「泣きたい私は猫をかぶる」ってどんな作品?

空気を読まない言動から“ムゲ(無限大謎人間)”というあだ名で呼ばれている笹木美代(CV.志田未来)は、クラスメイトの日之出賢人(CV.花江夏樹)に想いを寄せている。かぶると猫になれる不思議なお面をもらったことで、猫の太郎として日之出の家に通っていたムゲだったが、いつしか“人間”と“猫”の境界があいまいになっていき…。人間に戻るために奮闘する中で自分を支えてくれていた本当に大切な存在に気付く、青春ファンタジー作品。

人間の私だからこそ得られる幸せがある

最初にこの作品が気になったのは、タイトルがキッカケでした。「猫をかぶる」という言葉は、普通はいい意味で使わないですよね。だから「泣きたい私は猫をかぶる」ってどういう意味が込められているんだろう?と気になって、見ようと思いました。

主人公のムゲちゃんはいつも笑顔で、一見すごく明るくて活発なんですが、実は家庭環境が複雑で、心の中では闇を抱えている部分もある女の子。ある日、こんな世界なんか嫌いだ、滅びちゃえ、と思っていた時に“猫になれる仮面”をもらいます。

いつもは素っ気ない態度を取ってくる大好きな日之出くんも、猫の姿で会うと優しくしてくれるし、見たことのない一面を見ることができる。そこに家族との問題や、日之出くんに最悪な形でフラれるといった事件も重なり、「人間の私を必要としてくれる人なんていない」と絶望したことで猫になることを選んでしまうんです。現実でもよく「猫って気ままでいいな」「猫になりたいな」なんて言ったりしますが、ムゲちゃんもきっとそんな気持ちだったんじゃないかと思います。

人間になることを望んでいた飼い猫のきなこと交換する形で猫になり、その方がお互いにもっと幸せになれるし、大切な人を幸せにできるとも思っていました。でも実際は、それぞれ人間の姿・猫の姿でしか得られない幸せやエネルギー、関係値みたいなものがあって、違う姿になったことでそれを失ってしまうんですね。そこで初めて、本当に欲しいものはこれじゃなかったんだって気づくんですけど、そこに至るまでの葛藤というか“ないものねだり感”にすごく共感できて。人間の私だからこそ得られる幸せみたいなものを、改めて感じさせてくれた作品でした。

みんなの思いを総括したセリフだと思います

「俺、昔から気づくのが遅くて。自分が誰に支えられてるのか、誰に元気づけられてるのか…いなくなってから気づくんだ‬」日之出賢人

日之出くんのこのセリフって、ほとんどの人に当てはまることだと思うんです。日之出くん自身にそういうストーリーがあったから出た言葉ではありますが、ムゲちゃんや「自分以外の誰かになりたい」と思っている生き物たち、みんなの思いを総括したセリフだと感じました。

それに、日之出くんは「自分を支えてくれていた人が消えてしまったことで、その大切さに気付いた」という意味で言ったと思うんですけど、人間に戻れなくなってしまい、自分が生きてきた上での“当たり前”を失ってしまったムゲちゃんにとっては、「猫になったことで、人間の自分にしか生きられない立ち位置の大切さに気づいた」という意味にもなると思うんです。いろんな立場から見ても共感できるセリフだったので、すごく深いと思いましたし、だからこそ忘れちゃいけないことなんだろうなと感じました。

猫をかぶってる度合いによって、猫になる姿の範囲が変わるのかも

劇中では仮面をかぶることで人間が猫の姿になれるので、それがタイトルの「猫をかぶる」にかかっているんだと思いますが、猫をかぶってる度合いというか、どれくらい自分を偽って生きてるかによって猫になる姿の範囲が変わるんじゃないかなっていうのを、見てて思ったんです。

というのも、ムゲちゃんはお面をかぶったら猫になれたのに、日之出くんがムゲちゃんを助けようとしてお面をかぶっても、手だけしか猫になれませんでした。それは、日之出くんのおじいちゃんが陶芸工房を畳むという話を聞いた時に、何も言えなかったことが関係しているのかもしれないなって。本当はやめてほしくないし、俺が継ぐよって言いたいのに、そこまでの自信がなかった。ろくろを回しながら手で作る陶芸を好きという気持ちに嘘をついた日之出くんは、“手が猫をかぶった”から手だけ猫になった…そう考えてみると、めちゃめちゃ深い!!って感動しました。

だから“猫をかぶる”という言葉は決して悪い意味だけじゃなくて、「猫の仮面をつけて嘘の自分で生きてしまっている」という切なさも感じられますよね。そして「泣きたい私は猫をかぶる」というタイトルにも、本当は泣きたいのに笑顔で過ごしてるムゲちゃんが抱えているストレスだったり、“泣きたい私は全身で仮面をかぶって生きてるんだよ”っていう叫びが込められているのかもしれない、と思いました。

生きやすくなるなら、猫をかぶることも選択肢の1つ

ムゲちゃんは猫をかぶっていましたが、実はすごく周りの人に恵まれていて、家族も友達もちゃんとムゲちゃんのことを想っていることが伝わってきます。今すぐじゃなくてもいいから、その愛を少しずつ感じて、たくさんの幸せに包まれて生きていってほしいなと感じる素敵な終わり方でした。

結果的に、ムゲちゃんは猫をかぶらなくても生きていけるかもしれない世界線にいけたし、そういう環境に恵まれることが一番だとは思います。ただ、やっぱり自分を守るためには猫をかぶるしかないこともある気がしていて。人の見方や空気感によって感じるものって変わってしまうので難しいんですが、この作品を見た後は、猫をかぶることで生きやすくなるなら、それも1つの選択肢に入れていいんだと思えました。

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