#1 子育て中の亜希は、18分の休憩時間を、1050円で買った|見つけたいのは、光。

#1 子育て中の亜希は、18分の休憩時間を、1050円で買った|見つけたいのは、光。

  • 幻冬舎plus
  • 更新日:2022/09/23

『本の雑誌』『日経新聞』『週刊文春』『西日本新聞』など、発売直後から各紙誌で話題沸騰の飛鳥井千砂さん5年ぶりの新刊『見つけたいのは、光。』から一部公開!

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(写真:iStock.com/galina-kovalenko)

きゃいー! と悲鳴にも聞こえるような歓声を上げて、ハイハイ姿勢の一維(いち い)がトンネルに吸い込まれていく。すぐに二メートルほど先の反対側から出てきて、きゃいー! とまた歓声。立ち上がり、足踏みをしながら上手い具合に一周し、またハイハイになり吸い込まれる。

ついさっきまでボール遊びをしていた時は、「まんまぁー! みぃてぃー!」と一回投げるごとに亜希を呼んだが、トンネルに移動してからは見向きもしない。よほど気に入ったのだろう。側面に大好きな電車が描かれているのがよかったようだ。

おかげでようやく休めると、亜希はトンネルから少し離れた場所に腰を下ろし、壁に背中をもたせかけた。壁といってもキッズプレイルームのそれだから、クッション素材で、色は目がチカチカするようなオレンジである。

マザーズバッグから携帯を取り出し、時間を確認する。16時27分。プレイルームに入室したのが16時15分だったから、一維が一人遊びを始めてくれるまでに、十二分かかったことになる。三十分制で申し込んだから、残り時間は十八分。どうかあと十八分、何事もなく一人遊びをしてくれますようにと祈る。三十分の利用料金は子供が六百円、大人が四百五十円で、計千五十円だった。亜希は十八分の休憩時間を、千五十円で買ったのだ。

お金のことを考えると鬱々とするので、頭を切り替えた。携帯でネットにつなぎ、ブックマークしているブログ、「Hikari’s Room」を開く。我ながらこの作業をする時は、手の動きが滑らかだと思う。毎日アクセスするから、もう指が慣れているのだ。今日に至っては、朝から三回目のアクセスである。天気予報を見ようとして、間違って「Hikari’s Room」につないでしまうようなことも、最近は頻繁にある。

トップ画面の背景の、淡いブルーとピンクが表示され始めた。記事は更新されているだろうかと緊張して、鼓動が速くなっている。しかし期待は裏切られた。画面すべてが表示されたが、そこに更新を示す「New」の文字はなかった。軽く溜息を吐(つ)く。

ブログ主のHikariこと光さんは、週に二度、月曜と水曜に更新することを目標としているそうだ。そしてそれは亜希が読者になってからの約一年は、ほぼ守られている。愛読し始めたばかりのちょうど去年の今頃に、上のお子さんから始まって、下のお子さん、光さん本人と、家族全員インフルエンザにかかって十日ほど更新が止まったことがあるが、亜希が覚えている限り、週二更新が守られなかったのはその時だけだ。

けれど昨日の月曜は更新がなかった。そして火曜の16時半現在になっても、まだない。流行時期だから、また誰かインフルエンザにでもかかったのだろうか。亜希も、いつ我が家にも来るかわからない、せめて一維だけでも逃れて欲しいと、少し前から怖々過ごしている。実はさっき一維がボール遊びを始めた時も、周りの目を盗んで除菌シートでボールを念入りに拭いた。

仕方がないので、先週の水曜日に更新された記事を読むことにした。読むのはもう三度目、いや四度目かもしれないが、何度読んでも面白いからよい。お正月に光さんが、二人の子供と共に里帰りした際、事件が起こったという話題だ。

下の三歳の娘のオトちゃんが、帰りのサービスエリアで少し目を離した隙に、行方不明になった。まさか駐車場に飛び出して事故に? もしかして誘拐? と血の気が引く思いで、光さんは上の五歳の息子のチカラ君と共に、汗だくになって探し回った。十分後、オトちゃんはキッズスペースで見つかった。一人で椅子に座って、のんびり水筒のお茶を啜(すす)っていたという。

『飲んでいた、じゃなくて、啜っていた、だったんですよ! 両手で水筒を抱えて、ずずっ、ぷはーってね。三歳児なのに、まるで縁側のおばあちゃん! 見つけた瞬間、チカラと共に、よかった! じゃなくて、おいっ! って思い切り叫んじゃいました。笑』

緊迫感の後の、光さんの軽快な文章が心地よい。読み終えて亜希はにんまりとした。

「お子さん、トンネル遊び、すごく楽しそうですねー。かわいい。どれぐらいですか?」

不意に頭上から声がして、顔を上げた。綺麗に化粧を施した女性が、にっこりと微笑(ほほえ)みかけながら、亜希の隣に腰を下ろすところだった。茶色い髪が顎下辺りでさらさらと揺れる。一維がボール遊びをしていた時、すぐ近くで絵本を見ていた女の子のママだろう。女の子は今、おままごとキッチンのスペースで、リンゴのオモチャをこねくり回している。

「どうも。もうすぐ一歳四カ月です。どれぐらいですか?」

携帯を閉じて、亜希は微笑み返した。

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飛鳥井千砂

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